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第十部・ニセコ 編
気を遣われ、心配し
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いきなり香澄の自宅を訪れたら、彼女の両親になんと思われるだろうか。
「喧嘩でもしているんですか?」と心配されるかもしれない。
彼女の両親だって、急に香澄が帰ってきて一か月も札幌に滞在すると聞いたら、何かあったのだとすぐ分かるだろう。
香澄は両親に何があったのか知らせたくないと言っていたので、恐らくうまく誤魔化していると思う。
しかし理由がどうであれ、佑のもとを離れたからには不満があったのだろうと思われ、彼女の両親に悪印象を持たれたら……と思うと不安で堪らない。
周りの者は〝世界の御劔〟だの〝心臓に毛が生えている〟だの言うが、それはビジネスに限ってだ。
結婚したいと思っている女性や、その家族に良く思われたいと思うのは当たり前だ。
弱気になって「らしくない」と自分でも分かっている。
今回香澄の身に起こった事は、あまりに酷すぎる出来事だった。
万が一、彼女の両親から「御劔さん、やっぱり結婚の話は……」と言われたらどうしようと、ビクビクして堪らない。
その時、テーブルの上に置いてあったスマホが着信を知らせる。
ハッとして手に取ったが、相手が律だったので思わず溜め息が出る。
「……もしもし」
『佑か? ……その、大丈夫か?』
「ん……」
こうやって聞いてくるという事は、恐らく澪あたりから香澄が出ていったと聞いたのだろう。
澪は兄三人全員に懐いているので、必要とされれば何でも話してしまう。
『……悪かったな。結果的に俺は何もできず、こうなってしまった』
律はエミリアに被害を受けていた事を言わなかったのを後悔し、責任を感じているようだ。
「いや、律のせいじゃない。……っていうか、『こうなってしまった』って、まるで別れたみたいな言い方はやめてくれ」
『はは、そうだな。ちょっと不吉だった』
そのあと、やや沈黙が訪れる。
佑も律も無口な方ではないが、兄弟同士会ったり電話をすれば話が弾むという訳ではない。
仲は悪くないが、普段も用事のある時だけ連絡をしているのみだ。
だからこうやって律が気を遣って電話をしてくるのは珍しい。
『……落ち込んでるのは分かるけど、リフレッシュしに行っただけなら必ず戻ってくる。心配だろうがちゃんと喰えよ』
「分かった。ありがとう」
そのあと、律からの電話は切れた。
佑はソファに寝転び、天井を見てから目を閉じる。
家族全員から、気を遣われているのが分かる。
家族たちだって、佑と結婚しようとしている香澄が、佑に関わったばかりに酷い目に遭ったと聞いて、なんと励ませばいいのか分からずにいるのだろう。
へたに気を遣いすぎれば、香澄だって気まずくなる。
黙っていたらいいのかもしれないが、佑や香澄に「薄情だと思われるかもしれない」と心配する可能性もある。
なのでこうやって、ちょこちょこと家族から窺うような連絡を受けていた。
「……俺はいいんだ。俺に気を遣う必要はない」
溜め息をつき、ゆっくり伸びをする。
脱力しながら、香澄の声や肌の柔らかさを思いだしていた。
「あー…………。香澄……香澄……」
悪酔いした男が恋人の名を呼ぶように、佑はうだうだと香澄の名前を口にする。
「……シャワー……入ろう」
気が済むまで香澄の名前を呼んだあと、のっそりと起き上がってバスルームに向かった。
**
香澄は麻衣と一緒に定山渓までのドライブを楽しみ、『ぬくもり温泉 ふる里』へ辿り着いた。
事前に麻衣から「久しぶりだから、ちょっと豪華な部屋でもOK」と言われていたので、少し奮発した宿だ。
車を駐車場に置き、田舎を思わせる玄関に入ると、お迎え看板に予約をした香澄の名前が書いてあった。
ロビーには看板うさぎの白うさぎがいて、思わず笑みが漏れる。
麻衣には囲炉裏を囲むような形の畳敷きの待合椅子に座ってもらい、香澄はフロントでチェックインをした。
そのあと、法被を着た男性スタッフに七階の特別フロアまで案内してもらった。
スイートルームに当たる部屋なので、首から下げる特別なルームキーを渡され、それをエレベーターのフロアボタンにかざすとボタンが押せる仕組みだ。
「喧嘩でもしているんですか?」と心配されるかもしれない。
彼女の両親だって、急に香澄が帰ってきて一か月も札幌に滞在すると聞いたら、何かあったのだとすぐ分かるだろう。
香澄は両親に何があったのか知らせたくないと言っていたので、恐らくうまく誤魔化していると思う。
しかし理由がどうであれ、佑のもとを離れたからには不満があったのだろうと思われ、彼女の両親に悪印象を持たれたら……と思うと不安で堪らない。
周りの者は〝世界の御劔〟だの〝心臓に毛が生えている〟だの言うが、それはビジネスに限ってだ。
結婚したいと思っている女性や、その家族に良く思われたいと思うのは当たり前だ。
弱気になって「らしくない」と自分でも分かっている。
今回香澄の身に起こった事は、あまりに酷すぎる出来事だった。
万が一、彼女の両親から「御劔さん、やっぱり結婚の話は……」と言われたらどうしようと、ビクビクして堪らない。
その時、テーブルの上に置いてあったスマホが着信を知らせる。
ハッとして手に取ったが、相手が律だったので思わず溜め息が出る。
「……もしもし」
『佑か? ……その、大丈夫か?』
「ん……」
こうやって聞いてくるという事は、恐らく澪あたりから香澄が出ていったと聞いたのだろう。
澪は兄三人全員に懐いているので、必要とされれば何でも話してしまう。
『……悪かったな。結果的に俺は何もできず、こうなってしまった』
律はエミリアに被害を受けていた事を言わなかったのを後悔し、責任を感じているようだ。
「いや、律のせいじゃない。……っていうか、『こうなってしまった』って、まるで別れたみたいな言い方はやめてくれ」
『はは、そうだな。ちょっと不吉だった』
そのあと、やや沈黙が訪れる。
佑も律も無口な方ではないが、兄弟同士会ったり電話をすれば話が弾むという訳ではない。
仲は悪くないが、普段も用事のある時だけ連絡をしているのみだ。
だからこうやって律が気を遣って電話をしてくるのは珍しい。
『……落ち込んでるのは分かるけど、リフレッシュしに行っただけなら必ず戻ってくる。心配だろうがちゃんと喰えよ』
「分かった。ありがとう」
そのあと、律からの電話は切れた。
佑はソファに寝転び、天井を見てから目を閉じる。
家族全員から、気を遣われているのが分かる。
家族たちだって、佑と結婚しようとしている香澄が、佑に関わったばかりに酷い目に遭ったと聞いて、なんと励ませばいいのか分からずにいるのだろう。
へたに気を遣いすぎれば、香澄だって気まずくなる。
黙っていたらいいのかもしれないが、佑や香澄に「薄情だと思われるかもしれない」と心配する可能性もある。
なのでこうやって、ちょこちょこと家族から窺うような連絡を受けていた。
「……俺はいいんだ。俺に気を遣う必要はない」
溜め息をつき、ゆっくり伸びをする。
脱力しながら、香澄の声や肌の柔らかさを思いだしていた。
「あー…………。香澄……香澄……」
悪酔いした男が恋人の名を呼ぶように、佑はうだうだと香澄の名前を口にする。
「……シャワー……入ろう」
気が済むまで香澄の名前を呼んだあと、のっそりと起き上がってバスルームに向かった。
**
香澄は麻衣と一緒に定山渓までのドライブを楽しみ、『ぬくもり温泉 ふる里』へ辿り着いた。
事前に麻衣から「久しぶりだから、ちょっと豪華な部屋でもOK」と言われていたので、少し奮発した宿だ。
車を駐車場に置き、田舎を思わせる玄関に入ると、お迎え看板に予約をした香澄の名前が書いてあった。
ロビーには看板うさぎの白うさぎがいて、思わず笑みが漏れる。
麻衣には囲炉裏を囲むような形の畳敷きの待合椅子に座ってもらい、香澄はフロントでチェックインをした。
そのあと、法被を着た男性スタッフに七階の特別フロアまで案内してもらった。
スイートルームに当たる部屋なので、首から下げる特別なルームキーを渡され、それをエレベーターのフロアボタンにかざすとボタンが押せる仕組みだ。
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