上 下
530 / 1,544
第十部・ニセコ 編

ラーメン

しおりを挟む
 結果的にその本は、何度も重版して二百万部超えという恐ろしい数字を叩き出した。

 そうなったのは、自らメディアに顔を出し知名度のある佑が、テレビ番組などでも宣伝した効果もある。
 実際にテレビ番組でも特集され、一時は世を賑わせた本になった。

 その効果が自分の親友にまで及んでいたとなると、香澄は嬉しくて堪らない。

「最初は本に書いてある通りのアイテムを、Chief Everyに行って買ってみた訳。髪型についてのアドバイスもあったから、本当に全部お手本をなぞっただけ。それでも友達と遊んだ時に褒められてさ。……嬉しかったなぁ」

「……うん、分かるよ」

 にっこり微笑み、香澄は頷く。

 自分も札幌にいた頃はジーパンにパーカーなど、カジュアルなアイテムだけで過ごしていた。
 だが佑と一緒に過ごすようになり、積極的にスカートやワンピースを着て、様々なアイテムの組み合わせを楽しむようになっていった。

 外見を褒められた時は、冴えない自分にパッとスポットライトが当たった気分にすらなった。

「今まではサイズが合えばいいやって思ってたけど、勇気を出してみるもんだね。そしたら自分に自信がついてね、顔つきも変わったって言われたよ」

「そう! 私も最初顔を見た時に思ったの。すっごい明るい印象になって、『可愛い!』って思った」

 香澄が力説すると、麻衣はケラケラ笑う。

「ありがと。そんなこんなで、私も御劔社長には恩を感じてるんだ」
「伝えておくね。あ、そこ左」

 車は北一条・宮の沢通りを通り、Vの字になった坂道の一番低い場所にあるラーメン屋に入った。
『ノボリミチ』というラーメン屋は、香澄が以前にもよく来ていた気に入りの店だ。

 カウンター席しかないこぢんまりとした店で、メニューもそれほど多くない。

 だが濃厚鯛出汁ラーメンがとても美味しく、一時通い詰めた。
 その味が懐かしくなり、ここに来たいと思ったのだ。

「入ろう! ラーメン、ラーメン」

 香澄はウキウキとして先に店に入り、「二人です」と店主に告げた。
 麻衣と二人でカウンターに座り、メニューを覗き込む。

「私、濃厚鯛出汁ラーメンお願いします」

 迷わず香澄は決め、麻衣も「私も同じのお願いします」とオーダーした。

「嬉しそうだね。やっぱり御劔さんと一緒だと、気軽にラーメン屋とか入れなかった?」

「んー……、そうだね。近所のお店とかは普通に行くけど、食べ終わる頃にはお店にいる人から注目浴びちゃって、のんびりしてられない感じかな。だから佑さんは個室のある所が安心するみたい」

「香澄、ラーメン好きなのにね」

「うん、だからラーメン食べたい時は出前とかかな。佑さんが付き合えない時は、護衛の人と一緒に行くとか」

「ほー……。護衛……」

「いや、いやいや……。あのね、……うん、色々あったの」

 慌てて胸の前で手を振り、香澄は苦笑いする。

「うんうん、それは今晩ゆっくり聞くよ。まさか御劔社長と一緒にいて、何も事件がないなんてあり得ないし」

「ん……」

 香澄はエミリアとマティアスに関わる一連の事を、麻衣に話すつもりだった。

 幾ら佑が側にいてくれてすべてケアをし、専門家を呼んでくれても、すべてが癒える訳ではない。
 親にも話せない事なので、親友にすべてを話し「大変だったね」と一言共感してもらうだけで、ずっと気持ちが楽になるような気がした。

 勿論、麻衣が自分を大切に想ってくれているのは分かっているので、彼女に嫌な話を聞かせてしまう申し訳なさはあるのだが。

「せっかくこっち戻って来たんだから、甘やかしてあげる。他にも行きたい所あるなら、寄れる所だったら行くよ?」

「じゃあ、『マザーズファーム』のソフトクリーム食べたい」

「あはは、あそこ美味しいよね。分かった。ついでに何かスイーツも買って、今晩のデザートにしちゃおうか」

「うんっ。なんなら何個か食べちゃう。悪い事するもんね」

 地元に戻って開放的になり、香澄は札幌の味を堪能するつもりでいた。

 そのあと濃厚鯛出汁ラーメンが出てきて、とろりとした濃厚スープながら鯛出汁のあっさりとした味わいに、二人して舌鼓を打った。
 最後に上に乗っていたレモンの切れ端を食べると、酸っぱさと一緒に爽快感が口内を満たす。

「ダメだ。やめられない」

 そんな事をいいつつスープもある程度楽しみ、食べたかったラーメンをコンプリートして満足した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

Nの思い出

Nの日記
青春
反抗期にぶちあたった小学生から今現在までを。。。 こんな馬鹿な事ばっかりして自由な生き方してきた私。 ドラマのようなキュンキュン、ハラハラ、ドキドキ、波乱万丈な人生 ってこの物語を信じるか信じないかはあなた次第!とかねw リアルな私の人生さーどーなる( °_° )

夫の告白に衝撃「家を出て行け!」幼馴染と再婚するから子供も置いて出ていけと言われた。

window
恋愛
伯爵家の長男レオナルド・フォックスと公爵令嬢の長女イリス・ミシュランは結婚した。 三人の子供に恵まれて平穏な生活を送っていた。 だがその日、夫のレオナルドの言葉で幸せな家庭は崩れてしまった。 レオナルドは幼馴染のエレナと再婚すると言い妻のイリスに家を出て行くように言う。 イリスは驚くべき告白に動揺したような表情になる。 子供の親権も放棄しろと言われてイリスは戸惑うことばかりでどうすればいいのか分からなくて混乱した。

皇帝陛下の寵愛なんていりませんが……何か?

当麻月菜
恋愛
「異世界の少女、お前は、私の妻となる為に召喚されたのだ。光栄に思え」 「……は?」  下校途中、いつもより1本早い電車に飛び乗ろうとした瞬間、結月佳蓮(ゆづき かれん)はなぜかわからないけれど、異世界に召喚されてしまった。  しかも突然異世界へ召喚された佳蓮に待っていたのは、皇帝陛下アルビスからの意味不明な宣言で。  戸惑うばかりの佳蓮だったけれど、月日が経つうちにアルビスの深い愛を知り、それを受け入れる。そして日本から遙か遠い異世界で幸せいっぱいに暮らす……わけもなかった。 「ちょっ、いや待って、皇帝陛下の寵愛なんていりません。とにかく私を元の世界に戻してよ!!」  何が何でも元の世界に戻りたい佳蓮は、必死にアルビスにお願いする。けれども、無下に却下されてしまい……。  これは佳蓮を溺愛したくて、したくて、たまらない拗らせ皇帝陛下と、強制召喚ですっかりやさぐれてしまった元JKのすれ違いばかりの恋(?)物語です。 ※話数の後に【★】が付くのは、主人公以外の視点のお話になります。 ※他のサイトにも重複投稿しています。 ※1部は残酷な展開のオンパレードなので、そういうのが苦手な方は2部から読むのをおすすめさせていただきます。

6年後に戦地から帰ってきた夫が連れてきたのは妻という女だった

白雲八鈴
恋愛
 私はウォルス侯爵家に15歳の時に嫁ぎ婚姻後、直ぐに夫は魔王討伐隊に出兵しました。6年後、戦地から夫が帰って来ました、妻という女を連れて。  もういいですか。私はただ好きな物を作って生きていいですか。この国になんて出ていってやる。  ただ、皆に喜ばれる物を作って生きたいと願う女性がその才能に目を付けられ周りに翻弄されていく。彼女は自由に物を作れる道を歩むことが出来るのでしょうか。 番外編 謎の少女強襲編  彼女が作り出した物は意外な形で人々を苦しめていた事を知り、彼女は再び帝国の地を踏むこととなる。  私が成した事への清算に行きましょう。 炎国への旅路編  望んでいた炎国への旅行に行く事が出来ない日々を送っていたが、色々な人々の手を借りながら炎国のにたどり着くも、そこにも帝国の影が・・・。  え?なんで私に誰も教えてくれなかったの?そこ大事ー! *本編は完結済みです。 *誤字脱字は程々にあります。 *なろう様にも投稿させていただいております。

愛しの婚約者は王女様に付きっきりですので、私は私で好きにさせてもらいます。

梅雨の人
恋愛
私にはイザックという愛しの婚約者様がいる。 ある日イザックは、隣国の王女が私たちの学園へ通う間のお世話係を任されることになった。 え?イザックの婚約者って私でした。よね…? 二人の仲睦まじい様子を見聞きするたびに、私の心は折れてしまいました。 ええ、バッキバキに。 もういいですよね。あとは好きにさせていただきます。

悪役令嬢の涙

拓海のり
恋愛
公爵令嬢グレイスは婚約者である王太子エドマンドに卒業パーティで婚約破棄される。王子の側には、癒しの魔法を使え聖女ではないかと噂される子爵家に引き取られたメアリ―がいた。13000字の短編です。他サイトにも投稿します。

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

オネェな王弟はおっとり悪役令嬢を溺愛する

みなと
恋愛
ライラック・シェリアスルーツ。 それは、所謂通り名。 彼女の本名を知る人は限りなく少ない。 「結婚するなら、わたくしよりも強くて、迷うことなく本名をすらすら言ってくれる人が良いわ」 ライラック、もとい、本名「フローリア・レネ・シェリアスルーツ」のささやかな願いは、叶うことなく一方的な婚約を結んだ相手から婚約破棄されてしまった。 婚約破棄の舞台は、卒業パーティーの予行演習の場所にて。 まぁそれならそれで良いか、とあっけらかんとしつつシェリアスルーツ侯爵家、次期侯爵となるために日々励んでたある日、いきなり王宮へと召集されてしまう。 「シェリアスルーツ家次期当主ともあろうものが、婚約破棄されたからと新たな我が婚約者を虐めるとはなにごとか!」と怒鳴りつけられるが身に覚えがない。 「はて、おかしなことだ。彼女はずっと次期当主としてあちこち駆けずり回っていたが」 ――助けを出してくれたのは、「鮮血の悪魔」と呼ばれている王弟殿下!? 婚約破棄され、次期当主として立つべく奮闘していたおっとり令嬢、マイペースに頑張ります!! ※カクヨム様でも掲載始めました  6/1~ 小説家になろう、でも掲載中

処理中です...