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第十部・ニセコ 編

澪からの電話

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「いつもありがとうございます。サンプルをおつけしますね」

 会計をカードで済ませ、ラッピングを待つ。
 いつもならジョン・アルクールならではの、アイボリーと黒のコントラストが特徴的な箱に商品が入れられるが、香澄はエコを重視して巾着に入れてもらった。

「またのご来店をお待ちしております」

 にこやかに言うスタッフに会釈をし、香澄はまたブラブラと歩きながら内心天井を仰いだ。

(あーあ、買っちゃった。結局私、佑さんに属するものから離れられないんだな……)

 ――でも、そんな自分も嫌いじゃない。

 と、前向きに思う事にした。

 同じフロアを歩いていると、いつも基礎化粧品を使っているブランドや、佑が一式買い占めたのでは? と思うほどカラーバリエーションがある有名ブランドのリップやアイシャドウ、チークなどを目にする。

(佑さんと会うまでは、普通にドラッグストアで買えるメイクで済ませていたのになぁ)

 ぼんやりとそんな感想を持ち、忙しそうなスタッフを横目にチラリと商品を見てゆく。

 佑が言うには、メイク業界でもプチプラでも優秀なアイテムが出てきて熾烈な争いがあるようだ。
 コスパが良い物は手が伸びやすい。対してデパコスはブランドならではの根強い人気がある。
 しかしある程度の値段を超えると、化粧品としての成分や中身はほぼ同じらしい。
 なのでドラッグストアで買える少し高めの物ぐらいが、本来なら一番コスパがいいとも言われている。

 とりあえず現在肌に馴染んでいるので、当面基礎化粧品は必要だと思っていつも使っているポーイドラテに入った。
 そこでいつも使っている基礎化粧品一式と拭き取り化粧水用のコットンを頼み、カードで会計した。

(私も佑さんと付き合うようになってから、買い物する物の値段が上がったかも……)

 白地に銀色の文字でブランド名が刻まれた紙袋を手に、香澄は地下に向かう。

 帰りに北海道スイーツブランドの『かのえや』でプリンロールケーキを一本買い、ほくほくしながら駅構内一階にあるドラッグストアに向かった。

 ボディケア用にジャブジャブ使える化粧水を購入し、ハンドクリームやネイルクリーム、リップクリームやその他雑貨を購入し、「これからは節制しないと」と気持ちを引き締めて帰路についた。

 本当なら買わなくても生活していける物もあった。

 だがどうしても香澄は、離れていても佑に褒められる体でいられるよう、最低限のケアはしていたかった。



**



 街を歩き回るのは一日で満足してしまい、香澄は残る日々を市内の公園などを回って過ごした。

 秋なのでもう楽しめる花はほとんどないが、広々とした景色は心を解放してくれる気がする。
 初夏であれば藤棚やライラックが美しい、手稲(ていね)区の前田森林公園を散策したり、別の日は足を伸ばして東区にあるモエレ沼公園にも行った。
 モエレ沼公園は料金を払うタイプの花火大会が行われる公園で、敷地内には有名な芸術家が手がけた作品が多くある。

 また北海道銘菓で有名なチョコレートファクトリーにも行き、札幌生まれなのに観光客のような気分になる。





 そんな日々を過ごしていると、澪から電話があった。

(まさか佑さんが澪さんに?……?)

 とりあえず電話に出て、「もしもし」と言う。

『あ、香澄さん? その……。げ、元気?』
「はい、お久しぶりです」

 いつもように返事をしたからか、澪は安堵したように少し笑う。

『元気そうだね。良かった。佑から聞いたけど、いま北海道に戻ってるんだって?』
「そうなんです。ちょっと息抜きっていうか……。あはは、ちゃんと働けって怒られそうですが」

『ううん、そんな事はない。香澄さんには息抜きが必要だよ』

 同意してくれる澪に感謝し、香澄は苦く笑う。

「戻ったらまたきちんと働きます」

 すると澪は大きな息をついた。

『あのさぁ、そういうの……いいよ』
「え?」

 そういうの、と言われて香澄は目を瞬かせる。
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