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第十部・ニセコ 編

ニセコの叔父へ電話

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「そうねぇ。お父さん、聞いてみて?」
「ああ、分かった」

 栄子に言われて崇は電話の子機を持ち、電話をかける。
 崇がリビングから出て行ってしばらく電話をしている間、栄子が呆れたように言う。

「あんたはせっかく帰ってきたと思ったのに、じっとしてないのねぇ」

「んー、何て言うかね。ただゆっくり休みに来たんじゃなくて、自分の力で立てる事を照明するために戻って来たの」

「……御劔さんの過保護が原因?」

 どこか分かったように微笑む母に、香澄は曖昧に笑う。

「過保護……って言うのかな。分からないけど、でも似ている気がする。一か月、佑さんと連絡を取らないでしっかり武者修行したら、また東京に戻るよ」

「……分かった。好きなようにやりなさい」

 母の言葉をもらった時、父が子機を片手に戻って来た。

「いいって言ってたぞ。英語を話せる学生バイトを雇っているとはいえ、やっぱり客の多様性に戸惑っているようだ。香澄ぐらいペラペラ話せるなら、即戦力になるんじゃないか?」

 即戦力という言葉に、香澄は武者震いする。
 どうやら自分は根っから、仕事が好きなようだ。

「ちょっと電話で挨拶をしなさい」
「うん」

 父に子機を渡され、香澄は叔父に挨拶をする。

「もしもし、秋成叔父さん? お久しぶりです。いきなりの申し出なのに、引き受けてくれてありがとう!」
『香澄ちゃんに前に会ったの、いつだったかな。東京行って元気にやってたのか?』

「お陰様で」

『それでニセコでの話だけど、うちのペンションは母屋があって、叔父さんと聡子(さとこ)と、学生バイトの子たちは母屋で暮らしてる。あと一部屋空いてるから、香澄ちゃんの分も大丈夫だ。学生バイトの子は、男の子と女の子がいる。シェアハウスみたいになってるけど、大丈夫か?』

「全然平気だよ」

 異性については双子の距離感で慣らされたので、特に動じない自信がある。

『じゃあ、いつぐらいからくる? 香澄ちゃん免許持ってたっけ?』

「あ、じゃあ来週……十月の頭から宜しくお願いします。免許はないので、電車で行くね。駅は比羅夫(ひらふ)とニセコ駅と、どっちが近いかな?」

 ニセコと言っても範囲は広いが、叔父のペンションがある場所は、羊蹄山(ようていざん)とニセコアンヌプリという山に挟まれている箇所だ。

 ペンションがある場所から羊蹄山を挟んだ場所に、京極(きょうごく)という町のふきだし公園がある。
 そこは湧き水で有名で、香澄も叔父が札幌に戻ってきた時に何度かタンクを受け取った事があった。

『じゃあ、ニセコ駅まできたら、車で迎えに行くから電話しなさい』
「ありがとう! 電話番号、念のために確認してもいい?」

 近くにあったメモ帳にサラサラと叔父の電話番号を書き留めると、香澄はひとつ頷く。

「じゃあ、行く前日くらいになったら、駅につく時刻とかについてもう一度連絡するね。どうもありがとう! しっかり働くから」

 そのあと少し近況などを話し、香澄は電話を切った。

「副業していいのか?」

 父の言葉に香澄は頷く。

「Chief Everyは自由な会社だから、しっかり仕事をした上での副業は許可されているよ」

 その〝しっかり仕事〟を自分は今できていないので、自分の言葉が耳に痛い。

「あはは……」と苦笑いをし、香澄はごまかすように二階の自室に行く。





「気を引き締めて、しっかり働かないと。叔父さんのところ薪ストーブとかもあるって言っていたし、力仕事もして体も鍛えるんだ」

 準備を進めたあと、香澄は定山渓での女子会に思いを馳せる。

「楽しみだな」

 ぽつんと呟き、手持ち無沙汰に部屋の本棚から昔愛読していた少女漫画を取り出す。

 ベッドに寝転んで読み始めると、学生時代の思い出が蘇った。



**



 それから麻衣と会う週末まで、香澄は故郷の街で自由気ままに遊んだ。

 電車を使って札幌駅まで行き、まずは当面北海道で生活する上の服を買った。

 御劔邸にある服を持ってこれば新たに買う必要もない。
 だが佑が用意してくれた服は、Tシャツ一枚にしても上等な物ばかりなので汚すのが怖い。

 彼との思い出のある服を着ていると、わざわざ札幌まで戻って一人になった意味がない気がし、そういう意味でも服は持ってこなかった。
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