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第十部・ニセコ 編
北海道でなすべき事
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『いつまでこっちいるの?』
「んー、一か月くらいは。ちょっと長いお休みをもらったの」
『いいなぁ。じゃあさ、今週の土日使って定山渓の温泉に泊まりに行かない? 女子会して、お酒でもゆっくり飲みながら話そうよ』
定山渓とは、札幌市の南区にある温泉地区だ。
「大賛成! 私、良さそうなところ探して押さえておこうか? あとで予算教えて」
『分かった! 土曜日にランチしてから私の車でホテル向かおう』
「私、ラーメン食べたい!」
『あはは! 分かった! それも香澄の行きたいお店見繕っておいて?』
「うん、分かった。ありがとう!」
親友と会える約束を取り、香澄は嬉しくて堪らない。
そのあとも共通の友人の近況などを話していたが、麻衣は明日も普通に会社があるので、早めに通話を切り上げておいた。
アプリを開いて『土日楽しみにしているね』と語尾にハートマークつきでメッセージを送り、キャラクターが投げキッスをしているスタンプを送る。
すぐに既読がつき、麻衣からも『私も!』とキャラクターが盛り上がって、ハイテンションになっている動くスタンプが送られてきた。
スタンプの動きのコミカルさに香澄はケラケラと笑い、自分のベッドに仰向けになる。
「…………いいのかな」
今頃、佑は出迎える者のいない家に戻っているだろう。
彼の寂しさと引き換えに、こんな楽しい気持ちになっていていいんだろうか。
自然に手が動き、今朝撮ったばかりのツーショット写真を画面に映す。
「……佑さん」
彼の名を呟いたが、それ以上写真を見ていると恋しくなりそうで、慌ててスマホを閉じた。
「……療養期間なんだから。……彼から離れて、心の栄養をたっぷり取る時なの」
自分に言い訳をし、香澄はハァ……と溜め息をついた。
随分ガランとしてしまった香澄の部屋は、大学を卒業してからここから巣立った事を示している。
西区にある実家と、中央区にあった香澄の住処は車で移動すればすぐの距離だが、独り立ちした子供の距離だとも思っている。
特に「就職したら家を出なさい」と言われていた訳ではない。
学生のうちに母から料理や家事のあれこれを教わっていたので、就職する頃には自分から「一人暮らしをしたい」と思うようになっていた。
八谷に就職したあとは、札幌を離れなければいけなかった。
八谷グループの店舗がある他の地方都市を転々とし、店長業務を続けてその成績が良いところに目を付けてもらい、エリアマネージャーに昇格した。
希望の勤務地を尋ねられ、それで生まれ故郷の札幌を希望したのだ。
その頃にはある程度貯金もできていたので、中央区にあるやや家賃の高い賃貸マンションを住処にできた。
最初こそ、数年ぶりに娘が札幌に戻ってきて、近くに住んでいる娘の世話を焼こうと、母が頻繁に訪れていた。
けれどそのうち、香澄が一人でも立派にやれていると分かると、その頻度も低くなっていった。
この部屋にいると、自分がのし上がる事ができたという自身が湧き起こる。
あのまま八谷にいれば、いずれ東京の本社に異動となっていたかもしれない。
だが香澄は佑の手を取ってしまった。
紆余曲折あり今がある。一度外れてしまった道には、もう戻れない。
何より心から愛する人を見つけ、その人の手を離すつもりもない。
「……随分、遠くに来ちゃったなぁ」
スタート地点に寝転びながら、心はとても遠いところにある。
とはいえ、今は療養期間なので札幌で何をするかを考えるべきだ。
(最初の一週間は、まず札幌を満喫しよう。見たい映画を見て、普段着る用の服も少し買い足そう。それから麻衣と女子会をする。……二週目から何か行動を起こさなくちゃ)
「……そうだ」
不意にある事に思い至り、香澄は飛び起きた。
部屋を出て「おかーさーん」と呼びながら、階段を下りる。
「どうしたの?」
昼間録画した海外ドラマを見ている栄子に、香澄は自分の思いつきを話した。
「ねぇ、お父さんの弟の秋成(あきなり)叔父さんって、ニセコで夫婦でペンションやってたよね? それ、お手伝いいらない? 私、英語話せるしドイツ語もいける。一か月こっちで、何かしたいの」
せっかくの休みだというのに働こうとする娘を見て、両親は顔を見合わせる。
ニセコは現在海外からの土地の買い手が増え、自然の豊かさに惹かれて外国人が住んでいる事でも有名だ。
もしかすれば、言葉を話せる事で叔父の役に立てるかもしれない。
このまま札幌でグズグズと実家で過ごすのではなく、それこそ初心に戻ってアルバイトのような形で働いたら、きっと自立心が育っていくのではないだろうかと思ったのだ。
「んー、一か月くらいは。ちょっと長いお休みをもらったの」
『いいなぁ。じゃあさ、今週の土日使って定山渓の温泉に泊まりに行かない? 女子会して、お酒でもゆっくり飲みながら話そうよ』
定山渓とは、札幌市の南区にある温泉地区だ。
「大賛成! 私、良さそうなところ探して押さえておこうか? あとで予算教えて」
『分かった! 土曜日にランチしてから私の車でホテル向かおう』
「私、ラーメン食べたい!」
『あはは! 分かった! それも香澄の行きたいお店見繕っておいて?』
「うん、分かった。ありがとう!」
親友と会える約束を取り、香澄は嬉しくて堪らない。
そのあとも共通の友人の近況などを話していたが、麻衣は明日も普通に会社があるので、早めに通話を切り上げておいた。
アプリを開いて『土日楽しみにしているね』と語尾にハートマークつきでメッセージを送り、キャラクターが投げキッスをしているスタンプを送る。
すぐに既読がつき、麻衣からも『私も!』とキャラクターが盛り上がって、ハイテンションになっている動くスタンプが送られてきた。
スタンプの動きのコミカルさに香澄はケラケラと笑い、自分のベッドに仰向けになる。
「…………いいのかな」
今頃、佑は出迎える者のいない家に戻っているだろう。
彼の寂しさと引き換えに、こんな楽しい気持ちになっていていいんだろうか。
自然に手が動き、今朝撮ったばかりのツーショット写真を画面に映す。
「……佑さん」
彼の名を呟いたが、それ以上写真を見ていると恋しくなりそうで、慌ててスマホを閉じた。
「……療養期間なんだから。……彼から離れて、心の栄養をたっぷり取る時なの」
自分に言い訳をし、香澄はハァ……と溜め息をついた。
随分ガランとしてしまった香澄の部屋は、大学を卒業してからここから巣立った事を示している。
西区にある実家と、中央区にあった香澄の住処は車で移動すればすぐの距離だが、独り立ちした子供の距離だとも思っている。
特に「就職したら家を出なさい」と言われていた訳ではない。
学生のうちに母から料理や家事のあれこれを教わっていたので、就職する頃には自分から「一人暮らしをしたい」と思うようになっていた。
八谷に就職したあとは、札幌を離れなければいけなかった。
八谷グループの店舗がある他の地方都市を転々とし、店長業務を続けてその成績が良いところに目を付けてもらい、エリアマネージャーに昇格した。
希望の勤務地を尋ねられ、それで生まれ故郷の札幌を希望したのだ。
その頃にはある程度貯金もできていたので、中央区にあるやや家賃の高い賃貸マンションを住処にできた。
最初こそ、数年ぶりに娘が札幌に戻ってきて、近くに住んでいる娘の世話を焼こうと、母が頻繁に訪れていた。
けれどそのうち、香澄が一人でも立派にやれていると分かると、その頻度も低くなっていった。
この部屋にいると、自分がのし上がる事ができたという自身が湧き起こる。
あのまま八谷にいれば、いずれ東京の本社に異動となっていたかもしれない。
だが香澄は佑の手を取ってしまった。
紆余曲折あり今がある。一度外れてしまった道には、もう戻れない。
何より心から愛する人を見つけ、その人の手を離すつもりもない。
「……随分、遠くに来ちゃったなぁ」
スタート地点に寝転びながら、心はとても遠いところにある。
とはいえ、今は療養期間なので札幌で何をするかを考えるべきだ。
(最初の一週間は、まず札幌を満喫しよう。見たい映画を見て、普段着る用の服も少し買い足そう。それから麻衣と女子会をする。……二週目から何か行動を起こさなくちゃ)
「……そうだ」
不意にある事に思い至り、香澄は飛び起きた。
部屋を出て「おかーさーん」と呼びながら、階段を下りる。
「どうしたの?」
昼間録画した海外ドラマを見ている栄子に、香澄は自分の思いつきを話した。
「ねぇ、お父さんの弟の秋成(あきなり)叔父さんって、ニセコで夫婦でペンションやってたよね? それ、お手伝いいらない? 私、英語話せるしドイツ語もいける。一か月こっちで、何かしたいの」
せっかくの休みだというのに働こうとする娘を見て、両親は顔を見合わせる。
ニセコは現在海外からの土地の買い手が増え、自然の豊かさに惹かれて外国人が住んでいる事でも有名だ。
もしかすれば、言葉を話せる事で叔父の役に立てるかもしれない。
このまま札幌でグズグズと実家で過ごすのではなく、それこそ初心に戻ってアルバイトのような形で働いたら、きっと自立心が育っていくのではないだろうかと思ったのだ。
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