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第九部・贖罪 編
残酷な女
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――嬉しい。
――けれど、彼女が壊れてしまっては意味がない。
香澄を想えば想うほど愛しくて、「なんて悲しくも脆い女性(ひと)なのだろう」と抱き締めたくなる。
できるなら、自分のこの図太い性格を分けてあげたい。
人の視線を浴びても動じず、野次馬根性的な質問をされても怒らない。
学生時代の友人には「お前って学生時代から堂々としてたけど、最近はもう心臓に毛が生えてるんじゃって思うよ」と言われた。
起業して会社を世界的なものにするまで、ある程度のものを失った。
その代わりに得たこの鋼の精神を、香澄に分けてあげたい。
だがそんな気持ちも、彼女は「いらない」と言うのだろう。
『自分の問題は、自分のものだから』と言って――。
はぁ、と溜め息をつき、佑は香澄の頭に唇を押しつけた。
――守ってあげたい。
強く深く、そう思う。
だが香澄はそれを望んでいない。
だから明日彼女は旅立ってしまうのだ。
「……俺が、悪いのか……」
寝ている香澄にも聞こえないごく小さな声で呟き、佑はまた潤みそうになった目を瞬かせた。
いつもの香澄が「札幌に帰りたい」と言ったのなら、佑だって普通に了承していただろう。
常識人でいたいという自覚はあるし、彼女を故郷から引き離してしまった負い目はある。
だから香澄が週末や有給を使って故郷に戻りたいと言えば、もともと快く応じるつもりはあった。
だが今の彼女は、とても危うい状況にある。
ようやく回復し始めた状態とはいえ、正確にはどの程度調子が戻っているのか分からない。
おまけに先日は「不安定さのあまり人肌恋しくなっている」ととんでもない事を言った。
へたをすればよその男に抱かれかねない危うさがあり、佑が頻繁に愛して彼女を安心させていたばかりだ。
イギリスでの一件を覚えていなくても、マティアスの件がある。
目覚めたら裸で腹に精液が掛けられ、風呂場に行けば婚約者ではなく、会ったばかりの男が全裸でいる。
男である自分が想像しただけでも、女性にとってとてつもなく心理的負担があったとたやすく分かる。
それを実際に味わった香澄が、十分な休養せず加害者と顔をつきあわせ、許してしまった。
何より気遣われなければいけないのは、彼女自身なのに。
何度も何度も、「大丈夫だろうか?」と心配した。
そのたびに彼女は笑顔で「大丈夫」と言い、元気そうに見えたので佑も無理強いできなかった。
なまじ香澄に体力と気力があると、彼女の「大丈夫」を信じたいと思ってしまう自分がいる。
彼女の願いを叶えたいという自分の甘さに、自分があとから後悔するのだ。
と思っていれば昨夜、佑相手のセックスだというのにとうとう限界が訪れてしまった。
いちゃいちゃして幸せに過ごしていれば、香澄も安心して調子を取り戻していくのではと思った佑の読みは甘かったのだ。
――今はこの手を離すしかない。
自然治癒力を信じて、故郷の空気を吸わせるのはいい案なのだろう。
だがどうしても、不安で堪らない。
自分の目が届かない場所で、香澄が一人怖い思いをしないだろうか。事件を思い出して辛くなって、うずくまって動けなくなったりしないだろうか。
考え出したらキリがない。
それでも香澄は、「佑さんに頼っていたら、一人で立てなくなる」と言って、行ってしまう。
「……本当に……。残酷な女だ」
かすれた声で呟き、佑は香澄の髪を撫でる。
頑固なまでにまっすぐな髪を、何度も、何度も。
「……でも、そこが好きなんだ……。飾らないで、バカがつくほど真っ直ぐで……。俺が持っていないものをすべて持っている。傷ついても傷ついても、誰にも文句を言わず、一人で立ち上がってまた歩こうとする……」
ぽと、と佑の目元から雫が滴った。
このところ、すっかり涙腺が弱ってしまっている。
だが香澄が愛しくて堪らない涙なら、それもいいかと思っていた。
以前のように機械的に毎日を送り、誰にも心を動かされなかった日々と比べれば、温かな人間になれている。
――けれど、彼女が壊れてしまっては意味がない。
香澄を想えば想うほど愛しくて、「なんて悲しくも脆い女性(ひと)なのだろう」と抱き締めたくなる。
できるなら、自分のこの図太い性格を分けてあげたい。
人の視線を浴びても動じず、野次馬根性的な質問をされても怒らない。
学生時代の友人には「お前って学生時代から堂々としてたけど、最近はもう心臓に毛が生えてるんじゃって思うよ」と言われた。
起業して会社を世界的なものにするまで、ある程度のものを失った。
その代わりに得たこの鋼の精神を、香澄に分けてあげたい。
だがそんな気持ちも、彼女は「いらない」と言うのだろう。
『自分の問題は、自分のものだから』と言って――。
はぁ、と溜め息をつき、佑は香澄の頭に唇を押しつけた。
――守ってあげたい。
強く深く、そう思う。
だが香澄はそれを望んでいない。
だから明日彼女は旅立ってしまうのだ。
「……俺が、悪いのか……」
寝ている香澄にも聞こえないごく小さな声で呟き、佑はまた潤みそうになった目を瞬かせた。
いつもの香澄が「札幌に帰りたい」と言ったのなら、佑だって普通に了承していただろう。
常識人でいたいという自覚はあるし、彼女を故郷から引き離してしまった負い目はある。
だから香澄が週末や有給を使って故郷に戻りたいと言えば、もともと快く応じるつもりはあった。
だが今の彼女は、とても危うい状況にある。
ようやく回復し始めた状態とはいえ、正確にはどの程度調子が戻っているのか分からない。
おまけに先日は「不安定さのあまり人肌恋しくなっている」ととんでもない事を言った。
へたをすればよその男に抱かれかねない危うさがあり、佑が頻繁に愛して彼女を安心させていたばかりだ。
イギリスでの一件を覚えていなくても、マティアスの件がある。
目覚めたら裸で腹に精液が掛けられ、風呂場に行けば婚約者ではなく、会ったばかりの男が全裸でいる。
男である自分が想像しただけでも、女性にとってとてつもなく心理的負担があったとたやすく分かる。
それを実際に味わった香澄が、十分な休養せず加害者と顔をつきあわせ、許してしまった。
何より気遣われなければいけないのは、彼女自身なのに。
何度も何度も、「大丈夫だろうか?」と心配した。
そのたびに彼女は笑顔で「大丈夫」と言い、元気そうに見えたので佑も無理強いできなかった。
なまじ香澄に体力と気力があると、彼女の「大丈夫」を信じたいと思ってしまう自分がいる。
彼女の願いを叶えたいという自分の甘さに、自分があとから後悔するのだ。
と思っていれば昨夜、佑相手のセックスだというのにとうとう限界が訪れてしまった。
いちゃいちゃして幸せに過ごしていれば、香澄も安心して調子を取り戻していくのではと思った佑の読みは甘かったのだ。
――今はこの手を離すしかない。
自然治癒力を信じて、故郷の空気を吸わせるのはいい案なのだろう。
だがどうしても、不安で堪らない。
自分の目が届かない場所で、香澄が一人怖い思いをしないだろうか。事件を思い出して辛くなって、うずくまって動けなくなったりしないだろうか。
考え出したらキリがない。
それでも香澄は、「佑さんに頼っていたら、一人で立てなくなる」と言って、行ってしまう。
「……本当に……。残酷な女だ」
かすれた声で呟き、佑は香澄の髪を撫でる。
頑固なまでにまっすぐな髪を、何度も、何度も。
「……でも、そこが好きなんだ……。飾らないで、バカがつくほど真っ直ぐで……。俺が持っていないものをすべて持っている。傷ついても傷ついても、誰にも文句を言わず、一人で立ち上がってまた歩こうとする……」
ぽと、と佑の目元から雫が滴った。
このところ、すっかり涙腺が弱ってしまっている。
だが香澄が愛しくて堪らない涙なら、それもいいかと思っていた。
以前のように機械的に毎日を送り、誰にも心を動かされなかった日々と比べれば、温かな人間になれている。
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