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第九部・贖罪 編

彼の小さな背中

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 理解してもらえたと香澄は安堵し、さらに二、三歩後ろに歩く。

 夕焼けの浜辺というシチュエーションで、香澄は「青春だなぁ」と我ながら思いつつ、双子にエールを送った。

「幸せになってくださいね!」

 満面の笑みを浮かべた香澄に言われ、双子は虚を突かれたようにポカンとし、――それから破顔した。





 そのあとは香澄と双子のデートは終了し、五人で夕食をとった。

 双子とマティアスは明日の朝にプライベートジェットでドイツに戻るらしく、あまり遅くならないようにと別れた。

「またね」と双子とハグをしたあと、遠慮しているマティアスに向かって香澄は握手を求める。
 彼は一瞬驚いた顔をしたが、「いいのか?」と尋ねたあとおずおずと香澄の手を握る。

『マティアスさんも、どうか幸せになってください』
『……あんたはいい女だな、カスミ』

 そんな別れをしてから、香澄は佑と一緒に御劔邸に戻った。



**



 車の中で二人は沈黙し、佑が香澄の手を握ってくる。

 だが気持ちが迷子になっている香澄は何も応えられず、ただ窓の外を見ていた。





 家に入っても香澄は何を言っていいか分からず、「着替えるね」と言って自室に戻った。

 ルームウェアに着替えて洗面所でメイクを落とし、そのまま一人で二階のバスルームに入ってしまう。
 軽くシャワーを浴びて汗を流すと、リビングには向かわず部屋でパソコンを開いた。

 新千歳空港行きのチケットが取れるか見ていると、午前十時半にいつも使っている航空会社の便があったので、それをポチッとクリックした。

 チケットの手配は秘書業務で慣れており、そのあと自分のカードで支払いを済ませてしまうと、「ふぅ」と溜め息をつく。

「実家に帰るんだし、荷物もなるべく軽くしよう」

 呟いて、明日持って行く物を整理し始めた。

 少し考えて、ボストンバッグに着替えと下着類を入れる。
 あとは普段使っているメイク道具と、スマホや充電関係。
 財布の中身もチェックして、自分で稼いだ金で利用できるクレジットカードのみお供とする。あとは通帳や印鑑、充電器などだ。

 支度が済むと、「明日か……」と呟く。

 家の中から物音が聞こえないが、佑は何をしているのだろうか。

 顔を合わせて話をするには、ばつが悪い。
 それでも彼に対して申し訳ない事をするのは確かで、別れる前日の夜ぐらいはちゃんと話しておきたい。

 嫌な雰囲気になったまま一か月……というのは、香澄にとってもつらい。

 ルームウェアのポケットにスマホを入れ、香澄は覚悟を決めてリビングに下りていった。





 静かに階段を下りたあと、リビングの入り口で香澄は足を止めた。

 Tシャツにジーンズ姿になった佑が、リビングのソファで背中を丸め、項垂れて座っている。

 その姿に、ズキン……と胸の奥に深い痛みが走った。

 いつもなら背筋を伸ばし堂々としている佑の、こんな小さくなっている姿を見た事がない。

 ――私のせいだ。

 そう思い、グラグラと心が揺れ動く。

 自意識過剰かもしれないが、このままだと自分が彼をもっと駄目にしてしまうかもしれない。

 佑にとって自分が大切な存在だと思うのは、厚かましいと分かっている。
 それでも彼がこうして落ち込む理由は、十中八九自分のせいだ。

 我が儘を言って距離を取りたいと言ったから、彼は落ち込む羽目になった。

 どうしたらいいか分からず、それでも、ここまでして自分を想ってくれる佑の想いこそ、香澄がつらいと思っている理由であった。

 佑が側いれば、すぐ駆けつけて助けてくれる。

 香澄が少しでも「つらい」と言って涙を流せば、どんな手を使ってでも泣き止ませ、障害となるものを排除するだろう。

 ――飯山たちを解雇したように。

 それに慣れてしまってはいけない。
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