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第九部・贖罪 編

混在する二人の香澄

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「へー。ビュッフェ形式でピザとかあるんだ」
「僕は席で落ち着いて食べたいな。カスミは?」

 香澄としてもどちらかと言えば席に落ち着いていたいのだが、ここは我が儘な彼女を演じなければいけない。

「わ、私ピザ食べ放題がいいです。お二人とも、私のために取ってきてくれるでしょう?」

 言ってしまってから、あまりに普段言わない言葉なのでぶわわわっと頬が赤くなった。
 だがアロイスとクラウスは特に疑問に思わず、素直に頷く。

「分かった。カスミがそうしたいならビュッフェにしよっか」
「カスミの好きなピザ取ってきてあげる」

「じゃあ……このピザビュッフェのコースか? パスタは含まれていないようだが、香澄はパスタ好きだったんじゃないか?」

 向かいに座っていた佑がトンとメニューを指差し、香澄を覗き込んでくる。
 それに香澄の両脇にいた双子がハッとし、慌ててメニューのパスタページをめくった。

「カスミ、アラカルトのパスタなんでも好きなの頼んでいいよ」
「じゃあ、二、三品頼んで皆でわけわけしましょう」

「……っ、わけわけ……」

 クラウスがどうやらツボに入ったらしく、横を向いて肩を震わせている。
 笑いのツボはアロイスも同じだったようで、テーブルに肘をついて俯いていた。

『あ、そ、そうだ。日本語で話していてすみません。マティアスさんは何か食べたい物ありますか?』

 マティアスを放ったらかしにしていた事に気付き、慌てて香澄がフォローする。

『いや、問題ない。出てきた物を食べる』
『そうですか。でも何か気になる物がないか、見てみてください。説明が必要でしたら、私が訳しますから』
『ありがとう』

 マティアスは一通りメニューを見るが、特に食べたい物はないようで、『代わりにビールを』と飲む気満々だ。
 それに双子も乗り、彼らも昼日中からビールを頼む。

『やっぱりドイツの方ってビールに馴染んでいるんですね』

 オーダーが済んで香澄が感心したように言うと、アロイスが肩をすくめる。

『あっちでは水より安いからね。法律でもビールとワインは十六歳になったら買える事になってるんだ』
『十六歳は早いですね』

『じゃ、カスミのためにピザ取ってこよっか』
『OK』

 双子が立ち上がり、マティアスもついて行く。
 香澄は罪悪観から俯き、両手で顔を覆って溜息をついた。

「……普通の女の子がしそうな反応を、わざとしてるのか?」

 佑に尋ねられ、香澄はコクンと頷く。

「友達が彼氏と喧嘩になったきっかけとか、ドラマとかの雰囲気を見て、自分でも昨晩シミュレーションして、口出しするタイミングを考えていたんだけど……。普段やらない事するって、ちょっと疲れるね」

 苦笑すると、テーブルに頬杖をついた佑が微かに笑う。

「そこまでするのも、あいつらのためだと思うと妬ける」
「……それもそうだけど、一番は美里ちゃんのためだよ」

 札幌にいる年下のバーテンダーを思い出し、香澄はクスリと笑った。

「彼女ね、お二人のアタックに戸惑いながらも、一生懸命受け止めようとしてるの。普通なら真に受けないで終わりじゃない? でもお二人は今までの彼女全員と手を切った訳だから、何か責任を感じてるみたい」

「……あいつらは、その場のノリみたいな所があるけどな。そのうちまた女が集まり始めてもおかしくない」
「……ふぅん? そうなったら『私はお二人を許しません』って釘を刺しておかないと」

 にっこりと笑う香澄に、佑も苦笑した。

「香澄は結構怖いな?」
「ふふ。こういうところはしっかりしないと」

 何気なくピザビュッフェの方を見たが、やはり三人は目立つ。
 イタリアンの店だけあって女性客が多いが、衆目を集めていても慣れた顔つきだ。

 ぼんやりと洒落た店内を眺めているが、香澄の心はどこか遠い場所にある。

 人畜無害そうな顔でピザを見ているマティアスが、香澄を裸にして精液を掛けたなど、きっとこの場にいる誰も考えないだろう。

 今この場で笑っている香澄と、あの日絶叫して恐怖を覚えた香澄が、一人の体の中に同時に存在している。

 彼らの謝罪を受け入れた自分と、まだあの日に囚われたままの自分がいて、香澄の心は水と油のように二つの感情に分かれていた。

 それでも大人の女性らしい落ち着きと良識が表層部では上回り、なんとかこうして対応できている。
「そうできて当たり前」と自分に言い聞かせ、「やっぱり怖い」と言うもう一人の自分を押さえつけていた。

 無意識に溜め息をつく香澄を、佑はジッと見つめていた――。
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