上 下
501 / 1,548
第九部・贖罪 編

東京観光

しおりを挟む
「うーん……。まだ詳しくは考えていないけど、香澄が行きたいならどこにでも。ランドに泊まりがけでもいいし、温泉にリベンジしてもいいし。どこか国内の都市に行ってゆっくりしてもいいし」

 双子に聞かれないよう、佑が小声で言うのがおかしくて堪らない。

「ふふ、楽しみにしておくね。でも佑さんの誕生日の時に、ドイツで骨折しちゃって、何もできなかったのにごめんね?」

 佑の誕生日は六月三十日で、ちょうどドイツで交通事故に遭った時だ。
 言ってみればエミリアに台無しにされたのだが、香澄は交通事故の真相を知らない。

「香澄が生きていてくれるだけで、この上ないご褒美なんだ。何も気にする事はないよ」

 イギリスでのあの惨憺たる事件を、当の香澄は覚えていない。
 香澄は佑がは交通事故の事を言っていると思い、やんわりと微笑んだ。

「大丈夫だよ。私、そう簡単に死ぬほど美人じゃないもの」

〝美人薄命〟になぞらえて冗談を言ったのだが、佑は悲しげに表情を歪ませたかと思うと、ギュッと抱き締めてきた。

「……ったすくさ……っ?」

 息が詰まるほど強く抱かれ、香澄は半ば放心する。
 佑は何度も「香澄」と呟き、腕の中の存在を確かめるように彼女の髪を撫で、匂いを嗅いだ。

「ど……したの? 何か……変、……だよ?」

 その声に、佑も我に返った。

「……ごめん」

 名残惜しそうに腕が離れ、最後に指の背がスルリと香澄の頬を撫でた。
 彼はもとの体勢にもどったと思ったが、シートの上で小指が香澄の小指に絡んでくる。

 その愛情表現に、香澄は嬉しさを感じると同時にどこか違和感も覚えた。
 まるで何かに怯え、何者かに香澄を攫われないよう必死に捕まえているようにも思える。

(……私、何かしたっけ……?)

 自問しても思い当たる事はない。

 心配は常に掛けてしまっているかもしれないが、こんなに必死になるほどの事ではない気がする。
 マティアスに犯された――ように見えた事件や、佑に黙ってイギリスに行き心配を掛けてしまった事。

 それらが理由なのは分かっているが、それももう解決しているし、アドラーたちが関わった事への責任も今日取ってもらい、解決したはずだ。

(家に帰ったら、甘えるふりをして聞き出してみようかな)

 我ながらあくどい事を考えつつ、香澄も佑の小指にきゅっと指を絡ませた。



**



 スカイツリーや浅草寺など有名な観光所をまわると、モデルのような外国人男性三人と御劔佑の姿を見て、女性たちがざわついた。

 香澄も「しまったな」と内心思ったのだが、護衛もいるので警護は任せる事にする。

 それでもサングラスをしているとは言え、佑や双子、マティアスが見世物のようにスマホで写真を撮られている姿を見ると、申し訳なくて堪らない。

 おまけにミーハーな言葉も飛び込んでくる。

「何かの撮影かなぁ? すっごい迫力イケメン……」
「見て! ナマ御劔様! やっぱり格好いい~! 結婚してほしい!」
「テレビや雑誌で見るより背が高いよね。それにスーツ着てるのにすっごいいい体してるって分かる! 抱かれたい!」
「隣にいる外国人の人、友達かなぁ? あっちもいい男ぉ」
「誰でもいいからあの四人の誰かに抱かれたーい」
「私も! 愛人でもいいから囲ってほしい」

 本人が目の前にいるというのに、そんな言葉がポンポンと耳に飛び込んでくる。

(私、婚約者なんだけどなぁ……)

 聞いている香澄は立場がなく、いたたまれなくなる。

 隣に〝女〟がいると思われてはいけないと思い、香澄は秘書モードの雰囲気を発して一歩遅れた位置を歩く。
 すると、振り向いた佑にグイッと手を引っ張られた。

「どうして隣を歩かないんだ?」
「いえ……あの」

 その途端、周囲からキャアッと悲鳴が聞こえたが、佑は一向に構っていないようだ。

「香澄は俺の婚約者なんだから、堂々と隣を歩いていればいいんだよ」
「う……うん」
「そうそう。僕らとも親戚になるんだしね?」

 反対側にクラウスがつき、香澄の肩を抱こうとして佑に手を叩かれる。

『フラウ・カスミ。あの煙はなんだ?』

 マティアスが前方にある浅草寺の常香炉を指差し、不思議そうに煙を浴びている人々を見る。
しおりを挟む
感想 555

あなたにおすすめの小説

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

『逃れられない淫らな三角関係』番外編 ヘルプラインを活用せよ!

臣桜
恋愛
『逃れられない淫らな三角関係』の番外編です。 やりとりのある特定の読者さまに向けた番外編(小冊子)です。 他にも色々あるのですが、差し障りのなさそうなものなので公開します。 (他の番外編は、リアルブランド名とかを出してしまっている配慮していないものなので、ここに載せるかは検討中)

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

ドSな彼からの溺愛は蜜の味

鳴宮鶉子
恋愛
ドSな彼からの溺愛は蜜の味

地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~

あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

ナイトプールで熱い夜

狭山雪菜
恋愛
萌香は、27歳のバリバリのキャリアウーマン。大学からの親友美波に誘われて、未成年者不可のナイトプールへと行くと、親友がナンパされていた。ナンパ男と居たもう1人の無口な男は、何故か私の側から離れなくて…? この作品は、「小説家になろう」にも掲載しております。

処理中です...