495 / 1,550
第九部・贖罪 編
昼食でも挟まない?
しおりを挟む
『これでこの書類は効果を失いました。私も佑さんも、皆さんを訴える気持ちはありません』
香澄がそう言った次に、佑が「剣崎さん」と声を掛ける。
「え?」と香澄が呆気にとられているあいだ、剣崎は別の書類をテーブルに並べた。
『これは、金を払って和解した以上、これ以上香澄に過剰な謝罪や接触をしないという、覚書だ。よく読んだ上でサインを頼む』
アドラー、双子、マティアスは書類を読んだ上で、それぞれの弁護士にも確認させる。
『これってさ、今後俺たちが香澄と会っちゃいけないっていう奴じゃないでしょ? この件に関して蒸し返さない、それだけと取るけど』
『そのつもりだ』
『なら良かった』
双子はそれぞれの書類を読み、交換してからもう一度読む。
アドラーは弁護士に任せ、マティアスも自分の弁護士に確認してもらってから、サインをした。
『佑、これであなたの気は済んだのかしら?』
節子に言われ、佑が頷く。
『……そうですね。本当はもっと怒っていたつもりだったのですが……。色々と聞かされて、まだ怒っていたら香澄に人でなしと言われそうです』
ゆるりと後頭部を撫でられ、香澄は笑う。
『なら、昼食でも挟まない? 香澄さんも疲れたんじゃないかしら?』
『ありがとうございます』
節子の気遣いが嬉しく、香澄は微笑んで礼を言った。
『佑も、もういい歳なんだから、遺恨を残さずご飯を食べられるわね?』
『……オーマ、俺を幾つだと思っているんですか』
節子に小さい子扱いをされ、佑が呆れて眉を上げる。
そんな彼を香澄はクスクスと笑って見ていた。
『私、和食が食べたいの。コンシェルジュにも伝えてあるから、お膳を部屋まで運んでもらいましょう』
やんわりとした口調ながらも、節子の言葉にはしっかりとした決定権がある。
『日本で食べる和食は、またひと味違うからな』
アドラーが同意し、妻の機嫌を窺うように節子を見る。
『あなたの好きな天ぷらも、用意して頂きましょうね』
だが節子が何事もなかったかのように微笑むと、アドラーは心から嬉しそうな笑みを浮かべ『ああ』と頷いた。
それをきっかけに、双子たちも「あーあ」と大きな声を上げて伸びをする。
そして言葉を日本語に切り替えて話しかけてきた。
「カスミ、デートではなんっでも言うこと聞くからね?」
「あ、はい。……ふふ、楽しみにしてます」
「……香澄、俺は何も聞いてないが」
佑が脚を組み、香澄の肩を抱いてじとりと見つめてくる。
「んー、ふふ。私も言いませんでした」
「なんかさ、カスミってどことなくオーマみたいになる雰囲気があるよね。大事な部分はタスクにも言わないで自分で決めちゃうところとか」
「そ、そうですか?」
また以前のように双子と話せるようになり、香澄は内心安堵していた。
――と、マティアスが口を開く。
『フラウ・カスミ。俺は本当にあんたの友人になっていいのか?』
『勿論です!』
ぴっと背筋を伸ばししっかり頷くと、マティアスがボソッと呟いた。
『……俺も日本語学ぼうかな』
どうやら日本語での会話に参加したいようだ。
『そーしたら? マティアスが日本文化に興味あるのホントだって僕らも知ってる。何ならレッスンしてやってもいいけど。言葉知ったら、一人でフラッと旅行しても楽しいもんだよ』
『そうする』
こくりと頷き、マティアスは双子に向き直る。
『で、レッスン料取るんだろ?』
『まーねぇ。でもエミリアに関するあれこれもっと漏らしてくれるんなら、タダで幾らでも教えてやるよ?』
アロイスがただで済まない事を言い、思わずマティアスは黙る。
『あ、あの……。マティアスさんって今どういう状況なんですか?』
香澄がそう尋ねるのも無理はない。
マティアスは表向きエミリアの秘書をしていたはずだ。本来なら現在燃えに燃えているエミリアの側で、サポートしなければいけない立場である。
『あぁ、色々とメディアに漏れて大騒ぎになる前に、訴状と辞表を出してとんずらしてきた。アドラーさんが実績のある弁護士を紹介してくれて、今の騒ぎになる前にスピード解決をしてくれた。エミリアの側も俺を敵に回すのは得策じゃないと思ったらしく、メディアに対してノーコメントで通すのを条件に、こちらの条件に応じた金額を払い離職にも応じてくれた』
『今までの仕打ちを考えると、随分あっさりなんじゃないか?』
その会話に佑も混ざる。
香澄がそう言った次に、佑が「剣崎さん」と声を掛ける。
「え?」と香澄が呆気にとられているあいだ、剣崎は別の書類をテーブルに並べた。
『これは、金を払って和解した以上、これ以上香澄に過剰な謝罪や接触をしないという、覚書だ。よく読んだ上でサインを頼む』
アドラー、双子、マティアスは書類を読んだ上で、それぞれの弁護士にも確認させる。
『これってさ、今後俺たちが香澄と会っちゃいけないっていう奴じゃないでしょ? この件に関して蒸し返さない、それだけと取るけど』
『そのつもりだ』
『なら良かった』
双子はそれぞれの書類を読み、交換してからもう一度読む。
アドラーは弁護士に任せ、マティアスも自分の弁護士に確認してもらってから、サインをした。
『佑、これであなたの気は済んだのかしら?』
節子に言われ、佑が頷く。
『……そうですね。本当はもっと怒っていたつもりだったのですが……。色々と聞かされて、まだ怒っていたら香澄に人でなしと言われそうです』
ゆるりと後頭部を撫でられ、香澄は笑う。
『なら、昼食でも挟まない? 香澄さんも疲れたんじゃないかしら?』
『ありがとうございます』
節子の気遣いが嬉しく、香澄は微笑んで礼を言った。
『佑も、もういい歳なんだから、遺恨を残さずご飯を食べられるわね?』
『……オーマ、俺を幾つだと思っているんですか』
節子に小さい子扱いをされ、佑が呆れて眉を上げる。
そんな彼を香澄はクスクスと笑って見ていた。
『私、和食が食べたいの。コンシェルジュにも伝えてあるから、お膳を部屋まで運んでもらいましょう』
やんわりとした口調ながらも、節子の言葉にはしっかりとした決定権がある。
『日本で食べる和食は、またひと味違うからな』
アドラーが同意し、妻の機嫌を窺うように節子を見る。
『あなたの好きな天ぷらも、用意して頂きましょうね』
だが節子が何事もなかったかのように微笑むと、アドラーは心から嬉しそうな笑みを浮かべ『ああ』と頷いた。
それをきっかけに、双子たちも「あーあ」と大きな声を上げて伸びをする。
そして言葉を日本語に切り替えて話しかけてきた。
「カスミ、デートではなんっでも言うこと聞くからね?」
「あ、はい。……ふふ、楽しみにしてます」
「……香澄、俺は何も聞いてないが」
佑が脚を組み、香澄の肩を抱いてじとりと見つめてくる。
「んー、ふふ。私も言いませんでした」
「なんかさ、カスミってどことなくオーマみたいになる雰囲気があるよね。大事な部分はタスクにも言わないで自分で決めちゃうところとか」
「そ、そうですか?」
また以前のように双子と話せるようになり、香澄は内心安堵していた。
――と、マティアスが口を開く。
『フラウ・カスミ。俺は本当にあんたの友人になっていいのか?』
『勿論です!』
ぴっと背筋を伸ばししっかり頷くと、マティアスがボソッと呟いた。
『……俺も日本語学ぼうかな』
どうやら日本語での会話に参加したいようだ。
『そーしたら? マティアスが日本文化に興味あるのホントだって僕らも知ってる。何ならレッスンしてやってもいいけど。言葉知ったら、一人でフラッと旅行しても楽しいもんだよ』
『そうする』
こくりと頷き、マティアスは双子に向き直る。
『で、レッスン料取るんだろ?』
『まーねぇ。でもエミリアに関するあれこれもっと漏らしてくれるんなら、タダで幾らでも教えてやるよ?』
アロイスがただで済まない事を言い、思わずマティアスは黙る。
『あ、あの……。マティアスさんって今どういう状況なんですか?』
香澄がそう尋ねるのも無理はない。
マティアスは表向きエミリアの秘書をしていたはずだ。本来なら現在燃えに燃えているエミリアの側で、サポートしなければいけない立場である。
『あぁ、色々とメディアに漏れて大騒ぎになる前に、訴状と辞表を出してとんずらしてきた。アドラーさんが実績のある弁護士を紹介してくれて、今の騒ぎになる前にスピード解決をしてくれた。エミリアの側も俺を敵に回すのは得策じゃないと思ったらしく、メディアに対してノーコメントで通すのを条件に、こちらの条件に応じた金額を払い離職にも応じてくれた』
『今までの仕打ちを考えると、随分あっさりなんじゃないか?』
その会話に佑も混ざる。
32
お気に入りに追加
2,552
あなたにおすすめの小説
社長室の蜜月
ゆる
恋愛
内容紹介:
若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。
一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。
上司は初恋の幼馴染です~社内での秘め事は控えめに~
けもこ
恋愛
高辻綾香はホテルグループの秘書課で働いている。先輩の退職に伴って、その後の仕事を引き継ぎ、専務秘書となったが、その専務は自分の幼馴染だった。
秘めた思いを抱えながら、オフィスで毎日ドキドキしながら過ごしていると、彼がアメリカ時代に一緒に暮らしていたという女性が現れ、心中は穏やかではない。
グイグイと距離を縮めようとする幼馴染に自分の思いをどうしていいかわからない日々。
初恋こじらせオフィスラブ
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~
椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」
私を脅して、別れを決断させた彼の両親。
彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。
私とは住む世界が違った……
別れを命じられ、私の恋が終わった。
叶わない身分差の恋だったはずが――
※R-15くらいなので※マークはありません。
※視点切り替えあり。
※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。
若社長な旦那様は欲望に正直~新妻が可愛すぎて仕事が手につかない~
雪宮凛
恋愛
「来週からしばらく、在宅ワークをすることになった」
夕食時、突如告げられた夫の言葉に驚く静香。だけど、大好きな旦那様のために、少しでも良い仕事環境を整えようと奮闘する。
そんな健気な妻の姿を目の当たりにした夫の至は、仕事中にも関わらずムラムラしてしまい――。
全3話 ※タグにご注意ください/ムーンライトノベルズより転載
ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~
菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。
だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。
車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。
あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。
『逃れられない淫らな三角関係』番外編 ヘルプラインを活用せよ!
臣桜
恋愛
『逃れられない淫らな三角関係』の番外編です。
やりとりのある特定の読者さまに向けた番外編(小冊子)です。
他にも色々あるのですが、差し障りのなさそうなものなので公開します。
(他の番外編は、リアルブランド名とかを出してしまっている配慮していないものなので、ここに載せるかは検討中)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる