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第九部・贖罪 編

やっぱり、大好きだ

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『あの子が三十歳になった時に真実を伝えた。幸い節子が母親で、兄弟全員に日本の血が混じっていたから、あの子も強い確信は持てなかったそうだ。だが違和感は覚えていたと言っていた。真実を伝えても動揺しないだろうと思った年齢に伝えたあと、私はエルマーに選択させなかった』

『選択……させなかった?』

 香澄の問いにアドラーは深く微笑む。

『どんな事があっても、私の子である事をやめるなどあり得ない。メイヤー家へ行く事や、フランクを父と呼ぶ選択を、私はエルマーに与えなかった。これからも私の息子でい続けろと言った。……そしていつか必ずフランクを潰すが、恨むなとも伝えた』

 深い――、深すぎる愛情に、香澄は溜め息をつく。

 思わず涙が零れ、頬を伝っていった。

 しばらく、誰も何も言えなかった。

 双子は半ば放心している。

 やがて、アロイスが自分と憎い女との関係に気付き、皮肉げに笑う。

『……俺たちはフランク爺さんの血を引いていたのか』

『今さらだよ。あの女が血縁関係にあると分かったとしても、僕らの感情も、あいつにされた事も何も変わらない』

 アロイスの言葉に、クラウスが自分自身を励ますように言う。
 それに兄は『そうだな』と頷いた。

 クラウスはアドラーを見つめ、問う。

『……オーパは、もしかして父さんに遠慮して、僕たちがどんな我が儘を言って騒ぎを起こしても、強く言わなかったの?』

『そんな訳あるものか』

 アドラーはきっぱりと否定し、温かみのある笑みを浮かべる。

『我が儘なのは、お前たちだけじゃないだろう。自由にやらせているという意味でなら、孫世代、ひ孫世代、全員自由にやらせている。お前たちはただ性格が強烈なだけで、それは個性だ。私はエルマーの子だからと言って、お前たちを特別扱いした覚えはない。そもそもにして、エルマーの事も特別扱いしていない』

 その時、香澄の手を柔らかな手が握った。
 隣を見ると、節子が柔和な笑みを浮かべている。

『香澄さん、愚かな人でごめんなさい。妻として私からもお詫びします。でもあなたが受けた仕打ちは酷いものだわ。だからあなたは、この人の〝理由〟など気にせず、自分のしたいようになさい』

 節子の言葉だけ聞けば、夫を遠慮なく裁いてくれと言っている。

 だがその言葉からも、節子がアドラーを夫という関係以上に深く信じ、愛しているのを感じた。
 愛しているからこそ、アドラーが何をしてどんな罰を受けたとしても、自分は見捨てず最期まで添い遂げる。

 そんな愛情を見せられて、香澄が何も言える訳がない。

(やっぱり、大好きだこの人たち)

 微笑んだ香澄は、佑の祖父母や従兄、それに友人の生き様を見せられ、改めて好意を持つ。

 自分が手を取り、この人の側にいたいと思ったのは佑だ。

 そしてアドラー達に会い、「仲良くなりたい」と本心から思った。
 一時は裏切られたと思ってとても悲しく感じたが、彼らは彼らの人生があり、愛と優しさのままに生きる人たちだった。

 知りたがった〝理由〟に、香澄はとても満足していた。

 もう、香澄は何も迷わなかった。

『アドラーさん、どうかお座りください。あなたの謝罪も、理由も、すべてお聞きして私は納得しました。これ以上の言葉は必要ありません』

 香澄の声に、アドラーは少し黙ったあと立ち上がり、ソファに戻った。

『私……、やっぱり皆さんの事が好きだなって思いました。クラウザー家は、家族を大事にする愛情深い人たちでした』

『だが香澄の事は大事にしていないだろう』

 佑が口を挟む。

 けれどその声は、今までと比べるとかなり力を失っていた。

『私は外から嫁に入ろうとしている存在ですし、軽んじられても仕方ありません。むしのいい話をすれば、これらの理由がなければ、私はもっと大切にしてもらえたかな? とも思ってしまいます。……でも、皆さんには人生を懸けてでも守りたいものがあった。ただそれだけの話なんです』

 香澄はそっと佑の手を握り、目の前に座る罪深い男たちに微笑んだ。

『お話が聞けて満足です。私の望みは先ほど言った事だけです。これから、一生をかけて私と佑さんの味方になってください。私と佑さんの結婚を祝福してください。本当に望む事はそれだけです』

 反対側から、節子が香澄の手を握った。

『本当に香澄さんは素敵なお嬢さんね。佑は幸せ者だわ。私は、香澄さんを孫嫁にしたい。香澄さんが佑のお嫁さんになりたいって思ってくれるなら、私は今後残っている人生すべてをかけて、香澄さんの味方になります』

「ありがとうございます」

 節子の言葉が何より嬉しくて、香澄はにっこり笑った。
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