488 / 1,559
第九部・贖罪 編
罰を受けて楽になろうと思っていませんか?
しおりを挟む
『私は……怒っていません。これから私は、予定通り佑さんと結婚したいと思っています。その時に、アドラーさんにも、アロイスさんとクラウスさんにも、可能ならマティアスさんにも祝福してもらいたいです。あなたたちと、仲良くなりたいと思っています。……ですから、頭を上げてください』
少ししてクラウスが頭を上げ、アロイスも同様に背筋を伸ばす。
やがてアドラーも姿勢を直したが、マティアスは最後まで頭を下げたままだった。
『……マティアスさん』
香澄に声をかけられたマティアスは、頭を上げるどころか、ソファから下りて床に座り込み深く頭を下げた。
『――本当に申し訳なく思っている。あんたみたいな純粋な人に酷い事をしたんだと思うと……、恥ずかしくて顔が上げられない』
香澄は立ち上がり、マティアスの前に膝をつく。
『お願いします。顔を上げてください』
『殴ってくれ』
『……え?』
突然の言葉に、香澄は面食らう。
そこで初めてマティアスは顔を上げ、青い瞳でまっすぐに香澄を見つめた。
『俺はあんたに酷い事をした。あんたが俺に心を許してくれたのを利用して、女性としての尊厳を一度はすべて奪った。あんたは俺の事を殺したいぐらいに憎んでいるはずだ。カイにも殴られたが、あんたからも殴られる覚悟はしている』
そう言ってマティアスは目を閉じた。
このまま香澄に打たれようが、すべて甘んじるという顔だ。
香澄は困って佑を見るが、彼は厳しい顔をしてこちらを見ているだけだ。
決定権は自分にある。
理解したあと、香澄はマティアスの顔を凝視した。
そして当時の事を思い出しながら、気持ちを整理しつつ伝えていく。
『……確かにあの時、本当に怖かったです。すべて……奪われたのかと思いました。佑さん以外の男性に肌を見られて……、…………最後まで、されたのかと思いました』
言葉を口にすると、封じていた感情が浮かび上がってくる。
怖い。
叫び出したくなるような恐怖がお腹の底からこみ上げたが、「今は大丈夫! もう終わってる!」と自分に言い聞かせ、堪えた。
『怖かったんです。……それに、悲しかった。マティアスさんと友達になれると思ってたんです。日本の事が好きだって言っていたし、タヌキが好きだって言って可愛いなって思いました。お酒やお祭りの事、京都が好きだって聞いて同士だって思いました。……あれは、嘘だったんですか?』
少し昂ぶった香澄の声に、マティアスは小さく首を振る。
『……話していた事はすべて真実だ。俺は日本に興味がある。日本と、日本人が好きだ』
『……私の事が、憎いですか?』
『憎くない。エミリアの命令さえなければ、友人になりたかった。あんたは賢くて上品で、気が利いて可愛らしい。あんたみたいな人に手を出すと知って気が重たくなったし、ただただ申し訳なく思っている』
『だったら……』
『だからこそ、殴って、罵ってくれ。俺はあんたに恐怖と絶望を与えた。それに応じたものを、あんたは俺に向けるべきだ』
――彼は、傷付きたがっている。
――罰を受けたがっている。
理解した香澄は、床の上に正座をし大きな体を縮込ませている彼を見て、憐憫を抱いた。
『……エミリアさんに逆らえなかったですか?』
その問いに、彼は沈黙を返す。
やがて、呟いた。
『確かに命令は受けた。だが実行したのは俺だ』
『それはそうですが、あなたに私を憎み、加害してやろうという感情はなかった』
マティアスの青い目に、困惑が浮かび上がる。
ずっと、彼の事を正体の分からない巨大な化け物のように感じていた。
会っていない間、想像のマティアスはとても醜悪な男性になり、大きな体で香澄を圧倒していた。
けれど実際会えば、彼は一人のドイツ人男性だ。
感情を表すのが苦手そうな表情をしていて、それでも誠実に飾らず自分の言葉を伝えてくる。
彼の青い目はとても綺麗だ。
そして、悲しげな、放っておくと自滅してしまいそうな危うさまでもある。
『あなたの望みは叶えません』
告げると、マティアスは目を見開く。
『確かに、罪には罰が必要な場合もあります。けれど暴力や精神的な暴力で傷付け、やり返しておあいこというのを、私は望みません。……辛辣な事を言いますが、マティアスさんは傷付く事に慣れていて、どんな痛みでも請け負うのが自分の役目と思っているように感じます』
図星を突かれたのか、彼はまた目を見開く。
『苦しいのは分かります。でも、罰を受けて楽になろうと思っていませんか?』
香澄は優しく、辛辣な言葉を掛けた。
少ししてクラウスが頭を上げ、アロイスも同様に背筋を伸ばす。
やがてアドラーも姿勢を直したが、マティアスは最後まで頭を下げたままだった。
『……マティアスさん』
香澄に声をかけられたマティアスは、頭を上げるどころか、ソファから下りて床に座り込み深く頭を下げた。
『――本当に申し訳なく思っている。あんたみたいな純粋な人に酷い事をしたんだと思うと……、恥ずかしくて顔が上げられない』
香澄は立ち上がり、マティアスの前に膝をつく。
『お願いします。顔を上げてください』
『殴ってくれ』
『……え?』
突然の言葉に、香澄は面食らう。
そこで初めてマティアスは顔を上げ、青い瞳でまっすぐに香澄を見つめた。
『俺はあんたに酷い事をした。あんたが俺に心を許してくれたのを利用して、女性としての尊厳を一度はすべて奪った。あんたは俺の事を殺したいぐらいに憎んでいるはずだ。カイにも殴られたが、あんたからも殴られる覚悟はしている』
そう言ってマティアスは目を閉じた。
このまま香澄に打たれようが、すべて甘んじるという顔だ。
香澄は困って佑を見るが、彼は厳しい顔をしてこちらを見ているだけだ。
決定権は自分にある。
理解したあと、香澄はマティアスの顔を凝視した。
そして当時の事を思い出しながら、気持ちを整理しつつ伝えていく。
『……確かにあの時、本当に怖かったです。すべて……奪われたのかと思いました。佑さん以外の男性に肌を見られて……、…………最後まで、されたのかと思いました』
言葉を口にすると、封じていた感情が浮かび上がってくる。
怖い。
叫び出したくなるような恐怖がお腹の底からこみ上げたが、「今は大丈夫! もう終わってる!」と自分に言い聞かせ、堪えた。
『怖かったんです。……それに、悲しかった。マティアスさんと友達になれると思ってたんです。日本の事が好きだって言っていたし、タヌキが好きだって言って可愛いなって思いました。お酒やお祭りの事、京都が好きだって聞いて同士だって思いました。……あれは、嘘だったんですか?』
少し昂ぶった香澄の声に、マティアスは小さく首を振る。
『……話していた事はすべて真実だ。俺は日本に興味がある。日本と、日本人が好きだ』
『……私の事が、憎いですか?』
『憎くない。エミリアの命令さえなければ、友人になりたかった。あんたは賢くて上品で、気が利いて可愛らしい。あんたみたいな人に手を出すと知って気が重たくなったし、ただただ申し訳なく思っている』
『だったら……』
『だからこそ、殴って、罵ってくれ。俺はあんたに恐怖と絶望を与えた。それに応じたものを、あんたは俺に向けるべきだ』
――彼は、傷付きたがっている。
――罰を受けたがっている。
理解した香澄は、床の上に正座をし大きな体を縮込ませている彼を見て、憐憫を抱いた。
『……エミリアさんに逆らえなかったですか?』
その問いに、彼は沈黙を返す。
やがて、呟いた。
『確かに命令は受けた。だが実行したのは俺だ』
『それはそうですが、あなたに私を憎み、加害してやろうという感情はなかった』
マティアスの青い目に、困惑が浮かび上がる。
ずっと、彼の事を正体の分からない巨大な化け物のように感じていた。
会っていない間、想像のマティアスはとても醜悪な男性になり、大きな体で香澄を圧倒していた。
けれど実際会えば、彼は一人のドイツ人男性だ。
感情を表すのが苦手そうな表情をしていて、それでも誠実に飾らず自分の言葉を伝えてくる。
彼の青い目はとても綺麗だ。
そして、悲しげな、放っておくと自滅してしまいそうな危うさまでもある。
『あなたの望みは叶えません』
告げると、マティアスは目を見開く。
『確かに、罪には罰が必要な場合もあります。けれど暴力や精神的な暴力で傷付け、やり返しておあいこというのを、私は望みません。……辛辣な事を言いますが、マティアスさんは傷付く事に慣れていて、どんな痛みでも請け負うのが自分の役目と思っているように感じます』
図星を突かれたのか、彼はまた目を見開く。
『苦しいのは分かります。でも、罰を受けて楽になろうと思っていませんか?』
香澄は優しく、辛辣な言葉を掛けた。
34
お気に入りに追加
2,572
あなたにおすすめの小説
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
オオカミ課長は、部下のウサギちゃんを溺愛したくてたまらない
若松だんご
恋愛
――俺には、将来を誓った相手がいるんです。
お昼休み。通りがかった一階ロビーで繰り広げられてた修羅場。あ~課長だあ~、大変だな~、女性の方、とっても美人だな~、ぐらいで通り過ぎようと思ってたのに。
――この人です! この人と結婚を前提につき合ってるんです。
ほげええっ!?
ちょっ、ちょっと待ってください、課長!
あたしと課長って、ただの上司と部下ですよねっ!? いつから本人の了承もなく、そういう関係になったんですかっ!? あたし、おっそろしいオオカミ課長とそんな未来は予定しておりませんがっ!?
課長が、専務の令嬢とのおつき合いを断るネタにされてしまったあたし。それだけでも大変なのに、あたしの住むアパートの部屋が、上の住人の失態で水浸しになって引っ越しを余儀なくされて。
――俺のところに来い。
オオカミ課長に、強引に同居させられた。
――この方が、恋人らしいだろ。
うん。そうなんだけど。そうなんですけど。
気分は、オオカミの巣穴に連れ込まれたウサギ。
イケメンだけどおっかないオオカミ課長と、どんくさくって天然の部下ウサギ。
(仮)の恋人なのに、どうやらオオカミ課長は、ウサギをかまいたくてしかたないようで――???
すれ違いと勘違いと溺愛がすぎる二人の物語。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる