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第九部・贖罪 編

謝罪

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「お久しぶりです」

 スイートルームにはすでにアドラー、節子、アロイス、クラウス、マティアスがいた。
 めいめい好きな場所にいた彼らは、佑と香澄の姿を見て集まってくる。

 香澄が挨拶をすると、節子以外の全員はばつが悪そうな顔をして会釈をする。

「香澄さん、元気だったかね」
「はい。アドラーさんもお元気でしたか?」

 微笑んだ香澄の屈託なさが堪えたのか、アドラーは「ああ」と言って視線を逸らす。

「カスミ、もう元気なの?」
「ちゃんと食べてる?」

 アロイスとクラウスは相変わらずそっくりだ。

「はい、元気です。家で食べて寝てばかりで太ってしまうので、最近またトレーナーさんに来てもらって、体を動かしていますよ」

「健康でイイコトだね」

 心なしか、双子の軽口もいつものキレがないように思える。

 そして最後に、離れた場所に立っているマティアスを見て――、香澄から近付いた。

『お久しぶりです』

 微笑みかけると、感情の起伏が小さい彼が僅かに動揺したのが分かった。
 感情を押し殺した表情の下で、様々な想いがせめぎ合ったあと――、彼は無言で一礼した。

「節子さんもお久しぶりです。相変わらずお着物なんですね。今日も素敵です」
「うふふ、ありがとう。香澄さんは私の隣にお座りなさい」

 節子は香澄の手を引き、スイートルームのソファに腰掛ける。
 佑も香澄の隣に座り、視線だけで残りに座るよう促した。

 それを察して、剣崎が英語で挨拶をする。

『私は御劔社長の顧問弁護士をしております、剣崎と申します。今回、必要と判断した箇所には口出しさせて頂きますので、どうぞ宜しくお願い致します』

 室内には他にもアドラー、双子の秘書や弁護士、護衛とおぼしき人物がいて、異様な雰囲気だ。

 ルームサービスの紅茶が行き渡ったあと、佑が英語で切り出した。

『今回集まってもらったのは、他でもない。香澄に対する謝罪と、賠償金に対する相談だ』

 謝罪、賠償金と聞きたくない単語が出て、香澄は俯く。
 だが佑はまっすぐ祖父と従兄、幼馴染みを見据え、作成した書類をテーブルに出す。

『この通り、訴える用意はできている。だがそちらの言い分を聞いた上で、和解する準備もできている』

 日本語と英語の両方で書かれた書類を手に取り、アドラー、双子、マティアスはじっくりと内容を読む。
 後ろに立った彼らの弁護士も覗き込んで読んでいたが、今のところ口出しする様子はない。

『まず、香澄に詫びてほしい。話はそれからだ。香澄が女性としてどれだけ恐ろしい目に遭い、今も苦しんでいるか……。直接手を下したマティアス、この事態を引き起こした爺さん、見て見ぬふりをしたアロイスとクラウス。それぞれきっちり詫びてくれ』

 佑の強い口調に、香澄はそこまできつい言い方をしなくても……と口を開きかけた。
 だが佑の手が香澄の手を握り、「何も言うな」と言外に語る。

 男四人は押し黙ったが、まずマティアスが頭を下げた。

『――フラウ・カスミ申し訳ない。俺はあんたを酷く傷付けた。あんたからなら、何をどれだけ求められても構わない。そちらの言い分にすべて従おう』

 そのあと、双子が同時にバッと頭を下げる。

『俺たちからも謝罪する。俺たちはカスミに何が起こるか分かっていて、忠告も何もしなかった。黙ってカスミがマティアスに襲われるのを見守っていた。エミにひどい事をされるのを放っておいた。カスミには怒る権利がある。なじっていい。殴ってもいいし、どれだけ金を求めてもいい』

『本当に申し訳ない。カスミがすべてを決めていいよ』

 目の前で綺麗な色の金髪が二つ並んでつむじを見せている。
 こんな姿が見たかった訳じゃない、と香澄は視線を落とした。

 最後にアドラーが深く頭を下げる。

『マティアスに色々入れ知恵をしたのは私だ。アロクラがマティアスに一枚噛んでいたのも知っていた。この場で私が一番罪が重いだろう。縁を切るなり、訴えるなり、好きにするといい』

 ドイツで関わった、これから自分の親戚となる人が自分に謝罪している。
 友達になれると思った人が、自分に謝罪している。

 ――やめてほしい。
 ――そんな事をしないでほしい。
 ――頭を上げてほしい。

 香澄は何度も首を横に振り、頭を下げた四人に向かって手を伸ばす。

『……頭を……、上げてください。お願いします』

 佑が香澄の手を握って下ろさせようとしたが、香澄はそれに逆らう。
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