487 / 1,550
第九部・贖罪 編
謝罪
しおりを挟む
「お久しぶりです」
スイートルームにはすでにアドラー、節子、アロイス、クラウス、マティアスがいた。
めいめい好きな場所にいた彼らは、佑と香澄の姿を見て集まってくる。
香澄が挨拶をすると、節子以外の全員はばつが悪そうな顔をして会釈をする。
「香澄さん、元気だったかね」
「はい。アドラーさんもお元気でしたか?」
微笑んだ香澄の屈託なさが堪えたのか、アドラーは「ああ」と言って視線を逸らす。
「カスミ、もう元気なの?」
「ちゃんと食べてる?」
アロイスとクラウスは相変わらずそっくりだ。
「はい、元気です。家で食べて寝てばかりで太ってしまうので、最近またトレーナーさんに来てもらって、体を動かしていますよ」
「健康でイイコトだね」
心なしか、双子の軽口もいつものキレがないように思える。
そして最後に、離れた場所に立っているマティアスを見て――、香澄から近付いた。
『お久しぶりです』
微笑みかけると、感情の起伏が小さい彼が僅かに動揺したのが分かった。
感情を押し殺した表情の下で、様々な想いがせめぎ合ったあと――、彼は無言で一礼した。
「節子さんもお久しぶりです。相変わらずお着物なんですね。今日も素敵です」
「うふふ、ありがとう。香澄さんは私の隣にお座りなさい」
節子は香澄の手を引き、スイートルームのソファに腰掛ける。
佑も香澄の隣に座り、視線だけで残りに座るよう促した。
それを察して、剣崎が英語で挨拶をする。
『私は御劔社長の顧問弁護士をしております、剣崎と申します。今回、必要と判断した箇所には口出しさせて頂きますので、どうぞ宜しくお願い致します』
室内には他にもアドラー、双子の秘書や弁護士、護衛とおぼしき人物がいて、異様な雰囲気だ。
ルームサービスの紅茶が行き渡ったあと、佑が英語で切り出した。
『今回集まってもらったのは、他でもない。香澄に対する謝罪と、賠償金に対する相談だ』
謝罪、賠償金と聞きたくない単語が出て、香澄は俯く。
だが佑はまっすぐ祖父と従兄、幼馴染みを見据え、作成した書類をテーブルに出す。
『この通り、訴える用意はできている。だがそちらの言い分を聞いた上で、和解する準備もできている』
日本語と英語の両方で書かれた書類を手に取り、アドラー、双子、マティアスはじっくりと内容を読む。
後ろに立った彼らの弁護士も覗き込んで読んでいたが、今のところ口出しする様子はない。
『まず、香澄に詫びてほしい。話はそれからだ。香澄が女性としてどれだけ恐ろしい目に遭い、今も苦しんでいるか……。直接手を下したマティアス、この事態を引き起こした爺さん、見て見ぬふりをしたアロイスとクラウス。それぞれきっちり詫びてくれ』
佑の強い口調に、香澄はそこまできつい言い方をしなくても……と口を開きかけた。
だが佑の手が香澄の手を握り、「何も言うな」と言外に語る。
男四人は押し黙ったが、まずマティアスが頭を下げた。
『――フラウ・カスミ申し訳ない。俺はあんたを酷く傷付けた。あんたからなら、何をどれだけ求められても構わない。そちらの言い分にすべて従おう』
そのあと、双子が同時にバッと頭を下げる。
『俺たちからも謝罪する。俺たちはカスミに何が起こるか分かっていて、忠告も何もしなかった。黙ってカスミがマティアスに襲われるのを見守っていた。エミにひどい事をされるのを放っておいた。カスミには怒る権利がある。なじっていい。殴ってもいいし、どれだけ金を求めてもいい』
『本当に申し訳ない。カスミがすべてを決めていいよ』
目の前で綺麗な色の金髪が二つ並んでつむじを見せている。
こんな姿が見たかった訳じゃない、と香澄は視線を落とした。
最後にアドラーが深く頭を下げる。
『マティアスに色々入れ知恵をしたのは私だ。アロクラがマティアスに一枚噛んでいたのも知っていた。この場で私が一番罪が重いだろう。縁を切るなり、訴えるなり、好きにするといい』
ドイツで関わった、これから自分の親戚となる人が自分に謝罪している。
友達になれると思った人が、自分に謝罪している。
――やめてほしい。
――そんな事をしないでほしい。
――頭を上げてほしい。
香澄は何度も首を横に振り、頭を下げた四人に向かって手を伸ばす。
『……頭を……、上げてください。お願いします』
佑が香澄の手を握って下ろさせようとしたが、香澄はそれに逆らう。
スイートルームにはすでにアドラー、節子、アロイス、クラウス、マティアスがいた。
めいめい好きな場所にいた彼らは、佑と香澄の姿を見て集まってくる。
香澄が挨拶をすると、節子以外の全員はばつが悪そうな顔をして会釈をする。
「香澄さん、元気だったかね」
「はい。アドラーさんもお元気でしたか?」
微笑んだ香澄の屈託なさが堪えたのか、アドラーは「ああ」と言って視線を逸らす。
「カスミ、もう元気なの?」
「ちゃんと食べてる?」
アロイスとクラウスは相変わらずそっくりだ。
「はい、元気です。家で食べて寝てばかりで太ってしまうので、最近またトレーナーさんに来てもらって、体を動かしていますよ」
「健康でイイコトだね」
心なしか、双子の軽口もいつものキレがないように思える。
そして最後に、離れた場所に立っているマティアスを見て――、香澄から近付いた。
『お久しぶりです』
微笑みかけると、感情の起伏が小さい彼が僅かに動揺したのが分かった。
感情を押し殺した表情の下で、様々な想いがせめぎ合ったあと――、彼は無言で一礼した。
「節子さんもお久しぶりです。相変わらずお着物なんですね。今日も素敵です」
「うふふ、ありがとう。香澄さんは私の隣にお座りなさい」
節子は香澄の手を引き、スイートルームのソファに腰掛ける。
佑も香澄の隣に座り、視線だけで残りに座るよう促した。
それを察して、剣崎が英語で挨拶をする。
『私は御劔社長の顧問弁護士をしております、剣崎と申します。今回、必要と判断した箇所には口出しさせて頂きますので、どうぞ宜しくお願い致します』
室内には他にもアドラー、双子の秘書や弁護士、護衛とおぼしき人物がいて、異様な雰囲気だ。
ルームサービスの紅茶が行き渡ったあと、佑が英語で切り出した。
『今回集まってもらったのは、他でもない。香澄に対する謝罪と、賠償金に対する相談だ』
謝罪、賠償金と聞きたくない単語が出て、香澄は俯く。
だが佑はまっすぐ祖父と従兄、幼馴染みを見据え、作成した書類をテーブルに出す。
『この通り、訴える用意はできている。だがそちらの言い分を聞いた上で、和解する準備もできている』
日本語と英語の両方で書かれた書類を手に取り、アドラー、双子、マティアスはじっくりと内容を読む。
後ろに立った彼らの弁護士も覗き込んで読んでいたが、今のところ口出しする様子はない。
『まず、香澄に詫びてほしい。話はそれからだ。香澄が女性としてどれだけ恐ろしい目に遭い、今も苦しんでいるか……。直接手を下したマティアス、この事態を引き起こした爺さん、見て見ぬふりをしたアロイスとクラウス。それぞれきっちり詫びてくれ』
佑の強い口調に、香澄はそこまできつい言い方をしなくても……と口を開きかけた。
だが佑の手が香澄の手を握り、「何も言うな」と言外に語る。
男四人は押し黙ったが、まずマティアスが頭を下げた。
『――フラウ・カスミ申し訳ない。俺はあんたを酷く傷付けた。あんたからなら、何をどれだけ求められても構わない。そちらの言い分にすべて従おう』
そのあと、双子が同時にバッと頭を下げる。
『俺たちからも謝罪する。俺たちはカスミに何が起こるか分かっていて、忠告も何もしなかった。黙ってカスミがマティアスに襲われるのを見守っていた。エミにひどい事をされるのを放っておいた。カスミには怒る権利がある。なじっていい。殴ってもいいし、どれだけ金を求めてもいい』
『本当に申し訳ない。カスミがすべてを決めていいよ』
目の前で綺麗な色の金髪が二つ並んでつむじを見せている。
こんな姿が見たかった訳じゃない、と香澄は視線を落とした。
最後にアドラーが深く頭を下げる。
『マティアスに色々入れ知恵をしたのは私だ。アロクラがマティアスに一枚噛んでいたのも知っていた。この場で私が一番罪が重いだろう。縁を切るなり、訴えるなり、好きにするといい』
ドイツで関わった、これから自分の親戚となる人が自分に謝罪している。
友達になれると思った人が、自分に謝罪している。
――やめてほしい。
――そんな事をしないでほしい。
――頭を上げてほしい。
香澄は何度も首を横に振り、頭を下げた四人に向かって手を伸ばす。
『……頭を……、上げてください。お願いします』
佑が香澄の手を握って下ろさせようとしたが、香澄はそれに逆らう。
32
お気に入りに追加
2,552
あなたにおすすめの小説
社長室の蜜月
ゆる
恋愛
内容紹介:
若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。
一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。
上司は初恋の幼馴染です~社内での秘め事は控えめに~
けもこ
恋愛
高辻綾香はホテルグループの秘書課で働いている。先輩の退職に伴って、その後の仕事を引き継ぎ、専務秘書となったが、その専務は自分の幼馴染だった。
秘めた思いを抱えながら、オフィスで毎日ドキドキしながら過ごしていると、彼がアメリカ時代に一緒に暮らしていたという女性が現れ、心中は穏やかではない。
グイグイと距離を縮めようとする幼馴染に自分の思いをどうしていいかわからない日々。
初恋こじらせオフィスラブ
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~
椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」
私を脅して、別れを決断させた彼の両親。
彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。
私とは住む世界が違った……
別れを命じられ、私の恋が終わった。
叶わない身分差の恋だったはずが――
※R-15くらいなので※マークはありません。
※視点切り替えあり。
※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。
若社長な旦那様は欲望に正直~新妻が可愛すぎて仕事が手につかない~
雪宮凛
恋愛
「来週からしばらく、在宅ワークをすることになった」
夕食時、突如告げられた夫の言葉に驚く静香。だけど、大好きな旦那様のために、少しでも良い仕事環境を整えようと奮闘する。
そんな健気な妻の姿を目の当たりにした夫の至は、仕事中にも関わらずムラムラしてしまい――。
全3話 ※タグにご注意ください/ムーンライトノベルズより転載
ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~
菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。
だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。
車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。
あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。
『逃れられない淫らな三角関係』番外編 ヘルプラインを活用せよ!
臣桜
恋愛
『逃れられない淫らな三角関係』の番外編です。
やりとりのある特定の読者さまに向けた番外編(小冊子)です。
他にも色々あるのですが、差し障りのなさそうなものなので公開します。
(他の番外編は、リアルブランド名とかを出してしまっている配慮していないものなので、ここに載せるかは検討中)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる