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第九部・贖罪 編

あの笑顔を守れるのならどんな愚かな事だって

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 現状を広い視野で見ると、誰かが行動して、事態の収拾をつけるべきというのは分かっていた。

 アドラー、双子、マティアスに責任を取ってもらうと言ったが、書類は作成しているもののまだ彼らに突きつけてはいない。

 香澄は香澄で、戦える状態ではない。
 動くならば自分だろう。

 佑は祖父からのメッセージを見て、溜め息をつく。

「……オーマをだしに、爺さんを呼ぶか。ついでにアロクラとマティアスを呼んで、全員と決着をつけたらもう少し心が軽くなるだろうか。だが当の香澄を差し置いて、俺が勝手な事をしていいはずもない」

 カウチソファに長い脚を投げ出し、佑はストレートのウィスキーを口に含む。

 これでも舌に絶対的な自信があり、酒の美味い不味いも知り尽くした。
 だが最近は何を口にしても美味しいと感じる事が減り、精神的なストレスが大きく影響している。
 気に入りの銘柄を口にしているが、どうにも美味しいと思えない。

 ありとあらゆるものを、一通り手にしたし味わった。体験したし感じた。
 だが香澄という求めても求めても飽き足りないものを得てからは、彼女に関する事で不調を感じると、すべてがつまらなく思える。
 幸せ一杯の時は、この世は天国かと思えるほどなので落差が激しい。

「……香澄に無理強いをするのは避けたい……よな」

〝どこ〟を見ているか分からない香澄に、急に現実を見て自分に加害した者たちと向き合えというのは酷な話だ。
 彼らと会って話ができたとしても、気づかない内に心の傷が深くなっている可能性も否めない。

 それでも、そろそろ解決に向けて進まなければ……と思っている。

 少なくとも年内にはすべてを片付けておきたい。
 年を越してまで引きずるのはごめんだ。

「……まず、オーマに会わせてみるか……」

 心の中で段取りをつけ、佑はアドラー、双子、マティアスに向かって「近いうちに日本に来てもらう事になるかもしれない」とだけ連絡をしておいた。
 あちらは十五時から十六時というところだが、割とすぐに全員から「了解した」と返事があった。

 この件は東京に戻り節子に会ってから……と思い、佑は香澄に買っていくお土産について考えを巡らせ始めた。

「香澄もこのまま、ずっと家にいればいいのに」

 ポツリと呟いた言葉は、とてもエゴイスティックな考えだ。

 最初こそ香澄のできる女という雰囲気に惚れ、自分のもとで働いてほしいとスカウトした。
 だが今ではすっかり、側にいて自分を愛し癒やしてほしい女性として見てしまっている。

 酷い話、香澄の働きたい意思を無視して、自分の側にいればそれでいいなど、傲慢な本音を隠している。

 今側にいるのがいつものハキハキした香澄なら、「何もかも面倒をみられるのは嫌」という意思を受け入れ、尊重したいと思っただろう。
 佑の本心はどうであれ、少なくとも香澄に強い主張があれば「叶えてあげたい」と思っている。

 しかし今の吹けば消えてしまいそうな彼女を見ていると、大切に包んでこれ以上傷つかないように、どこかに隠したくなる。

 本来の彼女を殺す事になっても、今の香澄を守りたい。

 自分の一存で香澄を休職させたり復帰させたり、随分勝手な事をしていると分かっている。
 役員たちも秘書課の者も、快く思っていないだろう。
「会社を私物化するな」と言われてもおかしくない。

 それでも佑は、自分の作った箱庭の中で香澄を大事に生かしておきたかった。

 あの笑顔を守れるのなら、どんな愚かな事だってしてもいいと思っていた。



**



「香澄、いま日本にオーマがいるんだが、会っても構わないか?」
「むふ?」

 大阪土産の豚まんに齧り付いたとき、そんな事を言われた。

「オーマって……節子さん? 日本にいるの?」

 もぐもぐと肉まんを食べてから、香澄は小首を傾げる。
 目の前にはジャスミンティーがあり、佑と二人でおやつタイムをとっていた。

「ああ、ドイツからこちらに来ているようなんだ」
「ぜひ! 何だか随分お会いしていない気がするから、嬉しい」

 香澄は節子が大好きだ。
 少し感覚や価値観がお嬢様過ぎてついて行けない時もあるけれど、とても親切にしてくれるし優しい。
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