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第九部・贖罪 編

祖母とのランチ

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 会社関係の知り合い、ドイツの親戚関係で知り合った貴族やセレブ、映画俳優など、ありとあらゆる人物と知り合いだ。
 初夏に誕生日を祝った石油王など、アラブ方面にも〝友人〟がいる。

 そういう人物たちはおしなべて、〝気配〟を察するものだ。

「こういう事があったから、あそこの株は暴落しますよ」など、明言してしまえば佑が罪に問われる。
 だから気配のみをフワッと知らせた。

 投資をしている者たちは一様に賢い。
 常に世界情勢に耳を澄ませ、少しでも株価、または通貨が下がりそうな気配を鋭敏に感じ取ろうとする。

 エミリアがやらかした事を知れば、メイヤーズ、またエミリアの会社の株は大暴落するだろう。
 佑が話しかけなかった者も、日々チャートを見ていればすぐに〝売られた〟事に気付く。
 損をしないために「自分も、自分も」と皆が売りに走り、最終的には〝ズドン〟だ。

 また、名家のメイヤー家としても、これから世間の当たりが強くなるだろう。
 パパラッチに追われ、社交界では煙たがられる。

 それこそが佑が望んだ事であり、またアドラーと双子、マティアスが望んだ結果だ。

 ドイツ国内では二つの派閥があり、アドラー派とフランク派がある。
 それもまた、今回の騒ぎで形勢が変わり、アドラーは満足するだろう。

 しかしメイヤー家を落とすだけ落としても、佑は実質何も得ていない。

 これから香澄の口座に大金が入り込むだろうが、それだけだ。
 傷ついた彼女はそのままだし、佑はスッキリも何もしていない。

 ただ事務処理をしただけだ。

 あの時エミリアを直接殴り、欲望のままに暴力を振るっていれば佑が訴えられただろう。
 だから、あの場の制裁はテオに任せたのだ。

 それにエミリア自身への個人的な制裁は、別に考えてある。
 たとえ精神的に責任能力がないとされても、佑だけはあの女を許す事ができない。

 そして、アドラーたち身内はどんな言い訳をするのだろうか。

 双子やマティアスの境遇には多少同情する。
 彼らがエミリアの支配から脱し、人らしく生きようと願ったのは理解できる。

 だが彼らの事情と、佑と香澄の平和は別物だ。
 どんな理由があっても、何も事情を知らないか弱い女性を巻き込むべきではなかった。
「助けるつもりだった」と言い訳しても、香澄がこれだけの被害を受けたのは変わらない。

 同じ事を祖父にも言いたい。

「あんたは香澄をクラウザー家の一員として認めたんじゃなかったのか? 〝家族〟を自分の利益のために、危険な目に遭わせるのか? それがオーマであっても、同じ事ができたのか?」――と。

 節子が日本に来たのなら、遠からずアドラーも姿を現すだろう。
〝クラウザーの獅子〟と呼ばれていようが、中身はただの愛妻家だ。

 本当は顔も見たくない。
 会ったら汚い言葉で罵ってしまいそうだ。

 それでも、佑は香澄が望んだように、きちんと話を聞いて、彼らの〝理由〟を一応聞いてやろうと思っていた。

 その上で、断固として「許さない」と言うつもりだった。



**



 午前中に軽い打ち合わせと社内業務を終え、佑は指定した時間に品川駅近くにある和食レストランに向かった。

「まぁ、佑。久しぶりに思えるわ」

 個室の掘りごたつに座っていた節子は、やはり着物を着ている。
 九月に入り、秋を意識した柄の単衣だ。

「それより離婚届って……本気ですか」

 いきなり本題を切り出した佑に、節子は海千山千という雰囲気で微笑んでみせる。

「どちらでもいいわ。あの人の出方次第ね。ただ、呆れたのは本当」

 先に出されていた麦茶を飲み、節子はにっこりと笑った。

「私には限度があるの。それを超えてしまったら、『あ、もういいや』って思って愛情も何も冷めてしまうのよ。そうなるギリギリであの人が追い縋って、みっともないぐらい謝罪して許しを乞うたら……『仕方がないわね』と言う〝かもしれない〟わね」

 その言葉の裏で「あなたも香澄さんの機嫌を損なわないよう、気を付けなさい」と言われている気がする。

「……爺さんはこっちに来るんですか」

「あら、オーパって呼ばなくなったのね。……それだけ怒っているのね、分かるわ」

 まず佑のアドラーへの呼び方に気付き、節子が微笑む。

「行き先も書かないで出てきたから、今頃あちこちに連絡してるでしょう。でも竹本の家族には、日本に来たっていう事は言わないでほしいって伝えたわ。せめて自分の足で探してほしいわね」

 節子もおっとりとしているようで、自分の夫には辛辣だ。

「私の話よりも、香澄さんの事を聞かせてちょうだい」

 そう言われ、佑は息をつく。

 おしぼりで手を拭いて麦茶を飲み――、現在の香澄について話し出した。
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