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第九部・贖罪 編

傷付いた代償は金

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『ねぇ、突然だけど今日お邪魔したら駄目かしら? 香澄さんに会ってお詫びをしたいの』

「……それは」

 節子はさすがに香澄に悪意を持っていないだろう。
 しかし香澄の現状を知らない祖母に、何と言うべきか佑は悩む。

『メイヤー家のエミリアさんがしでかした事も、アロクラから聞いたわ。香澄さんは元気なの? まだ臥せってる?』

 そこまで知っているのか……と佑は溜め息をついた。
 タブレット端末で今日のスケジュールを確認し、比較的今日は時間があるのを知る。

「直接家に行く前に、昼ぐらいに一度会いませんか? その時に少し説明をします」

『分かったわ。場所を指定してちょうだい。たまにはお祖母ちゃんにもメッセージをちょうだい?』

「……分かりました。ではまた後で」

 一度電話を切り、佑は息をつく。

「松井さん、今日昼に祖母と会います。会社近くにある個室の和食レストランを押さえてもらえますか?」
「かしこまりました」

 赤坂からChief Every本社がある品川まで来るのに、途中に白金を挟む。
 どう考えても遠回りになってしまうのだが、なんの予備知識もなく自宅に行かれるより、足を伸ばしてもらって説明をしたい。

「……二人きりにしてほしかったが、そうもいかないか……」

 時間は流れる。

 事件があった忌まわしい八月は終わり、もう九月も中旬になろうとしていた。

 メイヤー家には、佑の顧問弁護士の剣崎が日本の裁判所越しに訴状を提出した。

 マティアスが一度だけ連絡をよこし、エミリアがどのような経路を使って香澄に嫌がらせのメールを送ったかという書類を送ってきた。
 その書類はもともと約束していた物なので許容範囲だ。

 香澄の処置をしてもらったランカスターの病院にも、診断書を書いてもらった。

 マティアスの情報により、エミリアがロンドンで世話になっている家庭医の情報も調べ、彼がエミリアに大量の向精神薬を渡した証拠も握った。

 エミリアが香澄をザ・パンテオン東京から連れ去った証言は、佑の他にもマティアス、双子からも取れる。
 ホテルからは、刑事事件になり警察が動かなければ情報が得られない。

 それらの証拠を短期間に集め、あとは弁護士に任せた。

 刑事事件にしなかったのは、香澄がマスコミに騒がれるのが可哀想だからだ。

 現在あちら側の答弁書を待っている状態だが、相手は現在大炎上中のエミリアとメイヤー家だ。
 期日までに答弁書が来たとしても、十分な反論が得られていない状態での形式答弁書に留まるとみている。
 また第二回の期日にも、姿を見せないだろう。

 なにせあちらは脱税やドラッグ使用において刑事事件になっている。
 フランクやエミリアがどれだけ優秀な弁護士を雇っていても、対応できる仕事量は限られている。

 結果的に、遠方だからという理由で電話会議で審理を進め、簡単に罪を認めて賠償金を支払う事に同意するだろう。

 エミリアもフランクも法廷に立たず、金だけで解決される。
 へたをすればエミリアは精神鑑定により、実刑を逃れるかもしれない。

 しかしそうならないために、アドラーは香澄を利用した。

 双子とマティアスを自分の手足として使い、香澄が薬漬けになった状態を、どこかで証拠として写真、動画などに収めているだろう。
 それを盾にアドラーはフランクとエミリア、そしてメイヤー家を追い詰めるつもりでいる。

『うちの孫の嫁を、よくもこんな目に遭わせてくれたな!』と。

 香澄がそうなるのを分かってて見て見ぬフリをしたのに、アドラーは自分の目的のためにそう言ってメイヤー家を責めるのだ。

(……もう、誰も信用できない。したくない)

 佑自身、精神的にギリギリに追い詰められていた。

 しかし何もせずに手をこまねいている訳にはいかない。

 自分ができる事をし、むしれる相手から金をむしり取る。
 アドラー達がメイヤー家から金をむしり取ったのなら、佑が彼らに謝罪を求め、さらに香澄のために金を求める。

「……金、金、金。…………あれだけ傷ついた香澄を癒やすために差し出されるものが、金だけか……」

 空しく呟き、佑は目を閉じる。

 金ほしさにやっている訳じゃない。

 香澄が何も望まない現状、佑自身が少しでも何かしなければ気が済まないのだ。

 あの事件があった直後、佑は世界中の知り合いに、エミリアが〝しでかした〟事をぼかしてメールを送った。
 佑のパイプラインは、世界五大投資家と呼ばれている人物にも繋がっている。
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