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第九部・贖罪 編

痒い所はございませんか?

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 佑は内心安堵の溜め息をついていた。

 香澄に嘘をつかない。
 確かにそう言った。

 だが、「すぐにバレるような、やすい嘘はつかない」という意味でだ。

 彼女を守るためなら、たやすく嘘をつける。
 香澄以外の者からどれだけ「嘘つき」「卑怯者」と言われ誹られようが、佑は何も傷つかない。

 むしろ「好きな女を守って何が悪い?」と思っている。

 たった一人、香澄だけ守れればいいのだ。

 大人になり、自立した。
 会社も大きくなり、御劔佑という存在を世界中で認められている。

 そんな佑がたった一つ取り乱すのは、香澄の事のみだ。

 いつのまにか、香澄は佑にとってなくてならない存在となった。
 香澄のいない生活など考えられない。
 彼女を失う人生もあり得ない。

 みっともない、必死と言われようが、必ず守り抜いてみせる。

 たとえ、彼女を欺いたとしても――。



**



「痒い所はございませんか?」

 シャクシャクとシャンプーが泡立つ音がする。

「んふふ……。美容師さんがとっても上手なので、ありません」

 バスチェアに座った香澄は、佑に髪を洗われていた。

「んー……、いい匂い。このシャンプー大好きなの」
「陣内さんもイチオシのシャンプーだもんな」

 代官山にある二人が通っている美容室からも、随分足が遠のいている気がする。

「また行かないと、陣内さんに叱られちゃう」

「香澄と付き合う前は、ロングヘアってただ伸ばしていればいいのかと思ってたよ。でも綺麗なロングヘアをキープするのに、毛先をこまめに切ったり、マメにトリートメントしたり大変だな。それでこのサラサラで天使の輪がある髪が維持できるんだよな」

 随分と髪を褒めてくれるので、思わずおかしくなる。

「佑さんも頻繁に通ってるじゃない」

「俺の場合、イメチェンは面倒だからいつもの髪型をキープしているだけだよ。美容室でフットケアとハンドケアもしてもらっているし、一石二鳥かな」

 爪切りで爪を切ると、力の掛かり具合で爪によくない場合もあるので、佑はネイリストに爪磨きも含めすべて管理してもらっているらしい。

「目、閉じて」

 彼に言われて、香澄は俯いて目を閉じる。
 ザァァ……とマイクロバブルのシャワーが優しく降り注ぎ、佑の指が優しく髪を洗ってゆく。

「俺、体が二つあるなら香澄専属のヘアメイクとかマッサージ師になりたかったな」

 トリートメントを髪に揉み込みながら、佑は実に惜しそうに言う。

「ふふ、それ前にも聞いた事があるかも」
「香澄の体に触るのはやっぱり俺だけじゃないと嫌だな」

「もう……」

 苦笑するけれど、嬉しくて堪らない。

「私も佑さん専属になりたいな。肩たたきとかしかできないけど」
「ふふっ……。香澄がいきなり作ってきた肩たたき券は笑ったな」

 佑は思い出し笑いをしながら、香澄の髪をクリップで留める。

「あれ、実家のお父さんには好評だったんだけど」

 子供が思いつきそうな事だが、香澄はいつも疲れている佑を思い、肩たたき券を作った。

 ルーズリーフに十枚つづりで『肩たたき券』と書いた物に飾りなども描き込み、切り取り線を裁縫の針でプスプスと刺して本物のようにした。

 それとなく佑の書斎のデスクに置いておいたら、ある晩それを見つけた彼の笑い声が聞こえてガッツポーズを取ったものだ。

 以来、香澄はチケットを出されると、佑のマッサージを引き受けている。
 だが彼も香澄の疲労を気遣っているのか、じゃんじゃん使ってはくれない。

 香澄としては、毎日使ってくれてもいいと思っているし、彼に触れられる理由ができて嬉しい。

「あとは……デリヘルサービスKASUMIとか」

 冗談で言うと、佑が一瞬息を止めたのが分かった。
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