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第九部・贖罪 編

どうしてそんな事をしたの?

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「ありがとう。……なに? ……美味しそう」

 香澄は両手でマグカップを受け取り、すん、と匂いを嗅ぐ。

「ハニージンジャーミルクティーだって。斎藤さんが前に教えてくれたんだ。生姜のチューブと蜂蜜があれば、簡単に作れるよ」

「……ありがとう」

 ふぅ、ふぅと冷まして一口飲むと、蜂蜜で甘く味付けされたミルクティーの味わいに、ほんのり生姜が香る。

「香澄、おいで」

 佑はソファに座って自分の脚の間を叩く。
 今度は大人しく言う事を聞いた香澄は、素直に彼に抱かれる形で座った。

「俺に触られて怖くないか?」
「ん……、平気。佑さんは大丈夫」

「そうか」

 彼は嬉しそうに笑い、後ろから香澄を抱き締める。
 肩口に顔を置き、耳に声が掛からない姿勢で、彼はポツポツと語り出した。

「……本題だけど、香澄は本当にマティアスに犯されていない。あいつは潤滑ゼリーとコンディショナーを混ぜて、擬似的な精液を作った」

 例の事に触れられてドキッとするが、その内容に興味を引かれる。

「なに……それ。だって……体の中に……」

「香澄、とてもデリケートな質問だけど、生理の時にタンポンって使った事あるか?」
「う、ううん……。いつも……ナプキンで……」

 いきなりな質問をされ、恥ずかしくなって俯く。

「変な事を答えさせてごめん。気まずいよな。……俺もよく仕組みは分からないけど、タンポンって膣の奥に何かを押し込むんだろ?」

「うん……きっと、多分」

 使った事はないが、生理用品を買いに行った時、興味本位でタンポンのパッケージを手に取った事があった。
 タンポン派の友達に話を聞いた事もあるので、大体の仕組みは理解している。

「マティアスはタンポンを押し込むような道具で、その擬似的な精液を香澄の体内に入れたみたいだ」
「じゃあ……、やっぱり……裸になって……。色々……見られた、んだよね……」

 力が抜けたように呟くと、佑の腕に力がこもる。

「それは否定しない」
「…………」

 恥ずかしい。

 佑以外の男性に裸や秘部を見られたのが情けなくて、香澄は黙り込む。

 そんな彼女の心境を慮り、佑はしばし彼女の頭を撫でる。
 落ち着いた頃に、彼は結論を口にした。

「中出ししたように見せかけて、香澄をレイプしたと思わせるのが目的だったようだ。本当はレイプするように命令を受けていた。だが奴は見せかけの方法をとった。事実として、香澄はあいつとセックスしていない。……それでも、香澄が大きな精神的負担を得たのは事実だ。あいつを許さなくていい。俺も許さない」

 佑が言った事を理解するまで少し時間がかかる。
 ゆっくり少しずつ、飴を口内で転がすように理解したあと、香澄は深い溜め息をつく。

「……本当に抱かれてないの?」
「ああ」

 しっかりと肯定され、香澄はまた溜め息をついた。
 今度は少しだけ、安堵が含まれている。

 安心したあとは、「どうして」がこみ上げてくる。

「どうして……そんな事をしたの……? 私、何か気に障るような事したかな?」

 当時を思い出そうとするが、双子やエミリア、マティアスとも、上手く話せていた気がする。
 何か自分にミスや失礼があれば、佑がさりげなくフォローしてくれていただろう。

 それにあの場にいた全員に共通する事だが、上流階級に位置する人たちで、ちょっとやそっとの事で怒るような、狭量な人ではないと思う。

 マティアスとも数時間しか付き合いはないが、どこかズレたようなマイペースな人という印象を抱いた。
 淡々としていて感情の起伏は乏しく、カッとなって怒るイメージはない。
 彼を怒らせた覚えはないし、レイプに見せかけ襲われるまでの事をした覚えもない。

 佑はしばらく黙り、何かを考えるように口を噤んでいた。

「……やっぱり私みたいなのが、出しゃばったらいけない世界だったのかな……」

 自信なげに呟くと、佑がギュッと抱き締めてきた。

「……香澄、俺の知人がひどい事をして、本当にすまない」

 佑の声はとても苦しそうで、ガラスの破片でも呑み込んだかのように痛切だ。

「……何でもいいから教えて? 傷つくかもしれないけど、佑さんが傍にいてくれるならきっと耐えられる。知らないままが一番いや」

 佑に守られるのは、とても心地いい。

 すべてを委ね、駄目人間になってしまいそうになる時がたびたびある。
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