443 / 1,550
第八部・イギリス捜索 編
キスに応える彼女の声
しおりを挟む
本当なら何も考えたくなく、ただ香澄の事だけを想っていたかった。
けれどこういう時まで役員や社員の顔、取引先の事、今後のスケジュールなどが思い浮かぶ。
十年近く社長業しかしていない佑は、根っからの経営者なのだ。
「……意識を戻した香澄に『行かないで』って言われたら、その通りにするのにな。……でもそれじゃあ、香澄が何か言われるか」
香澄に向かって微笑みかけ、「なぁ?」と返事をしない彼女に相槌を求める。
「……生きている限り、〝先〟を考えないとならないんだ。香澄は休んでいていい。そのあいだ俺がしっかり働いて、香澄を支えるから」
自分自身に語りかけると、仕事をしたくないという気持ちも和らいできた。
「何が必要になるかな。ベッドは普通のベッドでいいんだろうか。いや、それよりも香澄を側で見てくれて、メンタルケア的にも支えてくれる専門の女性だな。可能なら雑談をして、香澄の気持ちを和らげてくれるような気さくな人がいいな。幾ら払ってもいいから、俺がいない時に香澄を支えてくれる人を……」
考え始めると、佑の気持ちもしっかりしてきた。
「東京は今……、午前中か。丁度連絡してもいい頃合いだな」
時差が分かるGMT表示の腕時計を見て東京の時刻を確認すると、佑はスマホで松井に連絡をした。
少し長文になったが、事のあらましや香澄の状態を細かに説明する。
河野が役立ってくれたので、その礼も書いた。
近いうちに戻るので環境を整えてほしいと送ると、佑の文章を読んだタイミングで簡潔に「承知致しました」と返事があった。
その後、帰国の目処がついたら教えてほしいと言葉が続き、香澄を案じる文章と挨拶があり連絡が終わる。
「……俺も寝るか」
アロイスは恨んでいる相手の一人だが、彼に「何かあった時のためにまず体力だ」と言われたのは、その通りだと思っている。
このまま香澄の寝顔を見つめていたい気持ちもあるが、イギリスではそう長く入院させてくれないので明日には退院だ。
病院で適切な処置が終わったのなら、それもそうなのだろう。
河野からもメッセージがあり、ランカスターのホテルを押さえたとあった。
もちろん双子とマティアスもそこに泊まり、あとからテオも合流するそうだ。
マルコからは別口で連絡があり、彼は孫娘の心配もあるのですぐロンドンに戻るらしい。
『お互いバタバタしているから、落ち着いた頃にまた必ず会おう。私は君の友人だ』とメッセージに書かれてあるのが、なんとも心強い。
もちろん純粋な好意だけでなく、ビジネスの話を望まれるだろう。
それはそれでこちらも利用させてもらうだけなので、むしろ望むところだ。
「……香澄、もう安心して眠っていいからな。君とまた話ができるのを、楽しみにしている」
キスはできないので、彼女の前髪を掻き上げてそこに唇を押しつけた。
――温かい。
しばらく香澄の頭に手を置き、触れるほどの近さで彼女の体温を感じる。
佑はまだ悲しさを残した目で、それでも安堵した表情で彼女に微笑みかけた。
**
翌日香澄に付けられていた様々な医療器具は取り去られ、退院となる。
「香澄?」
ぼんやりと目を開いた香澄に向かって、佑は優しく話しかけた。
彼女の手を握り、仰向けになったままの香澄に不器用に微笑みかける。
懸命に笑ってみせているのだが、ポツッと涙が滴ってしまった。
香澄は頬に落ちた水滴に瞬きをし、懸命に視界のピントを合わせているようだ。
やがて乾いた唇が小さく名前を呼ぶ。
「……たすく…………さん……?」
「ああ、俺だよ。香澄」
看護師がまだいるが、構わず佑は香澄にキスをした。
相変わらず柔らかい唇を堪能し、何度も食む。舐めて、ついばんで、上唇も下唇も甘噛みする。
力ない手が佑の腕をトントンと叩き、彼は顔を離した。
「……くるし、……よ」
そう言って香澄は微かに笑い、佑も微笑み返す。
『ミスター・ミツルギ。退院の手続きを取っても宜しいですか?』
『はい。お世話になりました』
夜はほとんど眠れなかったが、明るくなると河野に連絡をして病院まで車を回してもらうよう手配した。
医療費は少し掛かってしまったが、香澄が助かった事を考えるとどうって事はない。
佑は香澄のためなら、金で解決するタイプだ。
金に物を言わせて香澄を楽にできるのなら、幾ら札束を積んでも構わない。
けれどこういう時まで役員や社員の顔、取引先の事、今後のスケジュールなどが思い浮かぶ。
十年近く社長業しかしていない佑は、根っからの経営者なのだ。
「……意識を戻した香澄に『行かないで』って言われたら、その通りにするのにな。……でもそれじゃあ、香澄が何か言われるか」
香澄に向かって微笑みかけ、「なぁ?」と返事をしない彼女に相槌を求める。
「……生きている限り、〝先〟を考えないとならないんだ。香澄は休んでいていい。そのあいだ俺がしっかり働いて、香澄を支えるから」
自分自身に語りかけると、仕事をしたくないという気持ちも和らいできた。
「何が必要になるかな。ベッドは普通のベッドでいいんだろうか。いや、それよりも香澄を側で見てくれて、メンタルケア的にも支えてくれる専門の女性だな。可能なら雑談をして、香澄の気持ちを和らげてくれるような気さくな人がいいな。幾ら払ってもいいから、俺がいない時に香澄を支えてくれる人を……」
考え始めると、佑の気持ちもしっかりしてきた。
「東京は今……、午前中か。丁度連絡してもいい頃合いだな」
時差が分かるGMT表示の腕時計を見て東京の時刻を確認すると、佑はスマホで松井に連絡をした。
少し長文になったが、事のあらましや香澄の状態を細かに説明する。
河野が役立ってくれたので、その礼も書いた。
近いうちに戻るので環境を整えてほしいと送ると、佑の文章を読んだタイミングで簡潔に「承知致しました」と返事があった。
その後、帰国の目処がついたら教えてほしいと言葉が続き、香澄を案じる文章と挨拶があり連絡が終わる。
「……俺も寝るか」
アロイスは恨んでいる相手の一人だが、彼に「何かあった時のためにまず体力だ」と言われたのは、その通りだと思っている。
このまま香澄の寝顔を見つめていたい気持ちもあるが、イギリスではそう長く入院させてくれないので明日には退院だ。
病院で適切な処置が終わったのなら、それもそうなのだろう。
河野からもメッセージがあり、ランカスターのホテルを押さえたとあった。
もちろん双子とマティアスもそこに泊まり、あとからテオも合流するそうだ。
マルコからは別口で連絡があり、彼は孫娘の心配もあるのですぐロンドンに戻るらしい。
『お互いバタバタしているから、落ち着いた頃にまた必ず会おう。私は君の友人だ』とメッセージに書かれてあるのが、なんとも心強い。
もちろん純粋な好意だけでなく、ビジネスの話を望まれるだろう。
それはそれでこちらも利用させてもらうだけなので、むしろ望むところだ。
「……香澄、もう安心して眠っていいからな。君とまた話ができるのを、楽しみにしている」
キスはできないので、彼女の前髪を掻き上げてそこに唇を押しつけた。
――温かい。
しばらく香澄の頭に手を置き、触れるほどの近さで彼女の体温を感じる。
佑はまだ悲しさを残した目で、それでも安堵した表情で彼女に微笑みかけた。
**
翌日香澄に付けられていた様々な医療器具は取り去られ、退院となる。
「香澄?」
ぼんやりと目を開いた香澄に向かって、佑は優しく話しかけた。
彼女の手を握り、仰向けになったままの香澄に不器用に微笑みかける。
懸命に笑ってみせているのだが、ポツッと涙が滴ってしまった。
香澄は頬に落ちた水滴に瞬きをし、懸命に視界のピントを合わせているようだ。
やがて乾いた唇が小さく名前を呼ぶ。
「……たすく…………さん……?」
「ああ、俺だよ。香澄」
看護師がまだいるが、構わず佑は香澄にキスをした。
相変わらず柔らかい唇を堪能し、何度も食む。舐めて、ついばんで、上唇も下唇も甘噛みする。
力ない手が佑の腕をトントンと叩き、彼は顔を離した。
「……くるし、……よ」
そう言って香澄は微かに笑い、佑も微笑み返す。
『ミスター・ミツルギ。退院の手続きを取っても宜しいですか?』
『はい。お世話になりました』
夜はほとんど眠れなかったが、明るくなると河野に連絡をして病院まで車を回してもらうよう手配した。
医療費は少し掛かってしまったが、香澄が助かった事を考えるとどうって事はない。
佑は香澄のためなら、金で解決するタイプだ。
金に物を言わせて香澄を楽にできるのなら、幾ら札束を積んでも構わない。
22
お気に入りに追加
2,552
あなたにおすすめの小説
社長室の蜜月
ゆる
恋愛
内容紹介:
若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。
一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。
上司は初恋の幼馴染です~社内での秘め事は控えめに~
けもこ
恋愛
高辻綾香はホテルグループの秘書課で働いている。先輩の退職に伴って、その後の仕事を引き継ぎ、専務秘書となったが、その専務は自分の幼馴染だった。
秘めた思いを抱えながら、オフィスで毎日ドキドキしながら過ごしていると、彼がアメリカ時代に一緒に暮らしていたという女性が現れ、心中は穏やかではない。
グイグイと距離を縮めようとする幼馴染に自分の思いをどうしていいかわからない日々。
初恋こじらせオフィスラブ
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~
椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」
私を脅して、別れを決断させた彼の両親。
彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。
私とは住む世界が違った……
別れを命じられ、私の恋が終わった。
叶わない身分差の恋だったはずが――
※R-15くらいなので※マークはありません。
※視点切り替えあり。
※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。
若社長な旦那様は欲望に正直~新妻が可愛すぎて仕事が手につかない~
雪宮凛
恋愛
「来週からしばらく、在宅ワークをすることになった」
夕食時、突如告げられた夫の言葉に驚く静香。だけど、大好きな旦那様のために、少しでも良い仕事環境を整えようと奮闘する。
そんな健気な妻の姿を目の当たりにした夫の至は、仕事中にも関わらずムラムラしてしまい――。
全3話 ※タグにご注意ください/ムーンライトノベルズより転載
ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~
菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。
だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。
車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。
あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。
『逃れられない淫らな三角関係』番外編 ヘルプラインを活用せよ!
臣桜
恋愛
『逃れられない淫らな三角関係』の番外編です。
やりとりのある特定の読者さまに向けた番外編(小冊子)です。
他にも色々あるのですが、差し障りのなさそうなものなので公開します。
(他の番外編は、リアルブランド名とかを出してしまっている配慮していないものなので、ここに載せるかは検討中)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる