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第八部・イギリス捜索 編

病院での処置

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 車の一台に佑と香澄、河野が乗り、残りはそれぞれの車に分散した。

 佑は999に電話を掛けて救急車を待つより、自分で病院に向かう方が早いと判断した。
 香澄を抱えて急いでヘリコプターに乗り、ウィンダミア湖近くでは比較的大きな街、ランカスターへ飛んだ。

 ヘリポートのある病院まで飛んだあとは、病院へはすでにマルコから連絡があり、すみやかに処置室に入る。

 本来ならイギリスの医療現場はかなり待たされる事もある。
 それを何とかしてくれたマルコの顔の広さに、心から感謝した。

 佑は救急スタッフに早口の英語で状況説明をする。
 そのあと、ストレッチャーに乗せられた香澄は、ドアの向こうに消えていった。

 廊下にある椅子で全員が押し黙り、香澄が出てくるのを待つ。

 赤ランプが消え、ドアが開いてやっと現れた香澄は青白い顔をしていた。

『胃洗浄をして溜まっていた薬剤を出しました。かなりの数の薬を投与されていたようです。一晩入院して頂き、強制的に残りの中毒物質を出す処置もします。大勢いらっしゃっても病室に入りませんので、付き添いの方以外はお引き取りください』

 言われて五人は顔を見合わせ、アロイスが溜め息交じりに言う。

『じゃあ、俺たちは外すよ。ランカスター内のホテルにいるから、何かあったらすぐ連絡して』
『分かった』

 双子、マティアス、河野、そして護衛たちは一度病院を出て行った。

 テオとマルコはあの騒ぎがあった別荘に留まり、佑の代わりに警察に事情を説明する役割を引き受けてくれた。

 佑は必要な手続きを取り、香澄が入院する個室に入る。
 看護師たちは佑用のエキストラベッドを用意し、香澄の様子を見てから『何かあったらナースコールを押してください』と言って退室していった。

 借り物のタキシード姿に黒髪のまま、佑は重たい溜め息をつく。

 椅子を引いてベッドの横に座り、酸素マスクをつけられた香澄を見る。

 腕には点滴がされ、ベッドの足元には尿道カテーテルのパックがある。
 説明ではまだ体内に残っている薬を、利尿剤で体外に出すらしい。

 それでもすぐに薬がすべて消える訳ではなく、しばらくは意識がハッキリしないなど後を引くようだ。

「……香澄」

 彼女の黒髪に手を伸ばし、そっと頭を撫でた。

「……ごめん、な」

 一言謝っただけで涙が滲み、ジャケットの袖で乱暴に目元を拭う。

 こんな風に病院のベッドに寝た香澄を見下ろす状況を、少し前にも体験した。
 ブルーメンブラットヴィルで香澄は車に撥ねられ――、信じられないほど飛ばされた。

「あの時も、今回も、…………俺は役立たずだ」

 胸の奥はポッカリと虚ろになり、今まで築き上げた様々なものが音を立てて崩れているのを感じる。

 祖父がドイツ貴族だろうが、世界で名を知られるアパレルブランドの経営者だろうが、長者番付に名前が載っていようが……。

「……好きな女一人守れないなら、こんな無力な事はない……」

 掠れた声で呟き、佑は俯いて背中を丸める。
 しばらくそのまま息を詰め、何かに耐えるように目を瞑っていた。

「……それでも」

 呟いて、ゆっくりと顔を上げる。
 空虚な心にあるのは、この事件をきちんと片付けて、相応に責任を取ってもらわなければいけないという思いだ。

 それでなければ佑自身が納得できない。

 体も心も、脳も、とても疲弊していた。
 もし自分を心配する人が誰もいなければ、このまま深酒して強引に寝てしまいたいほどだ。

 少なくとも、二十代半ばに体を壊す直前までは、そういう事をしていた。

「……きっと、……香澄に怒られるもんな」

 いつか戻る平和な日常を信じ、佑は痛々しく笑う。

「香澄、すぐ日本に戻ろう。それで二人でゆっくりするんだ」

 会社の事が頭に浮かんだが、疲労の向こうに追いやった。
 帰国すれば事情を話しても、松井が笑顔で出社を促すのは分かっている。

「……どうして日本にはバカンスがないんだ」

 誰かを呪うような声で言い、佑は荒々しく溜め息をつく。

 頭の中ではチラチラと、帰国してからの仕事の予定や、日本で香澄をどうするかなどがよぎる。
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