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第八部・イギリス捜索 編

マティアスの事情

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 そしてアロイスとクラウスが代わる代わる、現在に至るまでの状況説明をした。

 聞いているテオはどんどん表情を暗くし、無意識に連続で溜め息をつく。

『エミってさ、テオのこと大好きだったじゃん。子供時代にも我が儘な面を見せてたけど、テオの言う事なら一発で聞いた。だから今回、最後の手段として頼りたいと思ったんだ。僕らもこのままじゃ一生結婚できないし、恋愛もできない。マティアスがこの日のために用意した脱税のシナリオと私生活のスキャンダルの、ダブルトラップで仕留めないともう駄目な気がするんだ』

 双子はテオに妹を陥れると白状した。
 テオがどういう経緯なのか、実家――特にエミリアを毛嫌いしている点に賭け、手の内をすべて明かしたのだ。

 いつも切り札は最後まで隠しておく双子らしくなく、今は手当たり次第に問題解決を試みている。

 テオは長いあいだ目を閉じ、やがて細く長く息を吐いた。

『分かった。今はエミリアとフラウ・カスミがどこにいるか分からないが、見つかって俺の出番となったらできる事をしよう。愚妹がカイの婚約者まで手を出したとなれば、俺も寝覚めが悪い』

 ぬるくなったコーヒーを飲み、テオは金髪を掻き上げ息をつく。

『マティアスも苦労を掛けたな。ここまで我慢しなくても、秘書なんていつでも辞めればよかったんだ。それこそ俺に一言声を掛けてくれれば、コスモス・レイン社に何かしらの口利きができたかもしれない』

 テオに言われたが、マティアスは静かに首を横に振る。

『十歳の時に母さんを癌で喪って、俺は心の底からメイヤーズを恨んだ。父さんは〝こういう時のためにちゃんと保険を掛けていたのに、なぜ金が出ない?〟と半狂乱になった。あの時保険金さえ下りていれば、母さんは治療を受けて助かったと思っている。……あんなに苦しんで死ぬ事もなかったんだ』

 マティアスは目の前のシュガーポットを見つめ、さらにその向こうにある〝何か〟を凝視している。

『うちは代々メイヤー家に仕えていた。祖父はフランク爺さんに仕えていたのが誇り……のように言っていたから、そう悪い労働環境ではなかったんだろう。だがフランク爺さんが経営の前線から引いて会長職になり、テオとエミの父親……チャールズが代表取締役社長になった。悪いがチャールズは小物だ。会社の規模そのものは変わっていないように思えるが、メイヤーズには悪い噂が目立つようになった。恐らく他の役員や株主たちに強く出られず、それまでフランク爺さんが守っていたものを崩しつつあるんだろう』

 父を小物と言われたが、テオは怒らなかった。

『確かに父親は小物だ。母も体裁ばかり気にする人だ。俺はもう、家族全員に見切りを付けている。だから実家を出たんだ。今さら実家の味方なんてしないさ』

 マティアスはテオに肯定され、小さく息をついて沈黙する。
 だが気持ちを切り替えるようにコーヒーを一口飲み、話題を変えた。

『エミはクスリをやっている。覚えている限り、十代後半からそういう奴らと付き合いがあったように思える。今まで忠告はしたが、あいつは俺を奴隷みたいに思ってるからまともに相手にされなかった』

〝クスリ〟と聞いてテオは舌打ちをする。
 アロイスとクラウスも、「やっぱりね」という表情をしていた。

 さらにマティアスは続ける。

『俺の父さんは、母さんの事件があってからメイヤーズに詰め寄り、圧倒的な権力を前に敗北した。恐らく俺の学費や将来なんかも盾にされたんだろう。結果、今ではメイヤーズの奴隷だ。劣悪な労働環境でチャールズの秘書をして、人生の何が楽しみなのか分からないゾンビみたいな人間になった。その息子である俺もエミの秘書をやってるんだから、血は争えないけどな』

 マティアスは僅かに唇を歪め、不器用に笑ってみせる。
 そんな彼に、クラウスが憶測の言葉を口にした。

『多分、お前も父さんも、メイヤー家から離れようとしても逃がしてもらえなかったんだろ? メイヤー家の汚いあれこれを、他所で話したらすべてを奪ってやる、みたいな』

 その推測にマティアスは頷いた。

『必ずメイヤー家に仕返しをしてやると思っていた俺に、声を掛けてくれたのがアドラーさんだった。自分はフランク爺さんの敵だから、何でも言って欲しい。復讐するためなら何でも協力すると言われ……、俺はすべてを話した」

 マティアスの青い目が、少し遠くなる。

『……あの時、随分久しぶりに泣いた気がした。アドラーさんはすべてを黙って聞いてくれ、知恵を仕込んでくれた。今はしっかりエミの脱税の証拠を掴み、あとはメディアにバラすだけだ。だがそれだけじゃインパクトが足りない。脱税だけならニュースになってもすぐに飽きられる。名家メイヤー家の美しい女社長エミリアが、地の底に落ちて二度と這い上がれないシナリオを、完璧に遂行する必要がある』

『……それで、その可哀想なフラウ・カスミを囮に使ったのか』

 テオが溜め息をつき、双子も気まずく黙り込む。
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