上 下
438 / 1,536
第八部・イギリス捜索 編

マティアスの事情

しおりを挟む
 そしてアロイスとクラウスが代わる代わる、現在に至るまでの状況説明をした。

 聞いているテオはどんどん表情を暗くし、無意識に連続で溜め息をつく。

『エミってさ、テオのこと大好きだったじゃん。子供時代にも我が儘な面を見せてたけど、テオの言う事なら一発で聞いた。だから今回、最後の手段として頼りたいと思ったんだ。僕らもこのままじゃ一生結婚できないし、恋愛もできない。マティアスがこの日のために用意した脱税のシナリオと私生活のスキャンダルの、ダブルトラップで仕留めないともう駄目な気がするんだ』

 双子はテオに妹を陥れると白状した。
 テオがどういう経緯なのか、実家――特にエミリアを毛嫌いしている点に賭け、手の内をすべて明かしたのだ。

 いつも切り札は最後まで隠しておく双子らしくなく、今は手当たり次第に問題解決を試みている。

 テオは長いあいだ目を閉じ、やがて細く長く息を吐いた。

『分かった。今はエミリアとフラウ・カスミがどこにいるか分からないが、見つかって俺の出番となったらできる事をしよう。愚妹がカイの婚約者まで手を出したとなれば、俺も寝覚めが悪い』

 ぬるくなったコーヒーを飲み、テオは金髪を掻き上げ息をつく。

『マティアスも苦労を掛けたな。ここまで我慢しなくても、秘書なんていつでも辞めればよかったんだ。それこそ俺に一言声を掛けてくれれば、コスモス・レイン社に何かしらの口利きができたかもしれない』

 テオに言われたが、マティアスは静かに首を横に振る。

『十歳の時に母さんを癌で喪って、俺は心の底からメイヤーズを恨んだ。父さんは〝こういう時のためにちゃんと保険を掛けていたのに、なぜ金が出ない?〟と半狂乱になった。あの時保険金さえ下りていれば、母さんは治療を受けて助かったと思っている。……あんなに苦しんで死ぬ事もなかったんだ』

 マティアスは目の前のシュガーポットを見つめ、さらにその向こうにある〝何か〟を凝視している。

『うちは代々メイヤー家に仕えていた。祖父はフランク爺さんに仕えていたのが誇り……のように言っていたから、そう悪い労働環境ではなかったんだろう。だがフランク爺さんが経営の前線から引いて会長職になり、テオとエミの父親……チャールズが代表取締役社長になった。悪いがチャールズは小物だ。会社の規模そのものは変わっていないように思えるが、メイヤーズには悪い噂が目立つようになった。恐らく他の役員や株主たちに強く出られず、それまでフランク爺さんが守っていたものを崩しつつあるんだろう』

 父を小物と言われたが、テオは怒らなかった。

『確かに父親は小物だ。母も体裁ばかり気にする人だ。俺はもう、家族全員に見切りを付けている。だから実家を出たんだ。今さら実家の味方なんてしないさ』

 マティアスはテオに肯定され、小さく息をついて沈黙する。
 だが気持ちを切り替えるようにコーヒーを一口飲み、話題を変えた。

『エミはクスリをやっている。覚えている限り、十代後半からそういう奴らと付き合いがあったように思える。今まで忠告はしたが、あいつは俺を奴隷みたいに思ってるからまともに相手にされなかった』

〝クスリ〟と聞いてテオは舌打ちをする。
 アロイスとクラウスも、「やっぱりね」という表情をしていた。

 さらにマティアスは続ける。

『俺の父さんは、母さんの事件があってからメイヤーズに詰め寄り、圧倒的な権力を前に敗北した。恐らく俺の学費や将来なんかも盾にされたんだろう。結果、今ではメイヤーズの奴隷だ。劣悪な労働環境でチャールズの秘書をして、人生の何が楽しみなのか分からないゾンビみたいな人間になった。その息子である俺もエミの秘書をやってるんだから、血は争えないけどな』

 マティアスは僅かに唇を歪め、不器用に笑ってみせる。
 そんな彼に、クラウスが憶測の言葉を口にした。

『多分、お前も父さんも、メイヤー家から離れようとしても逃がしてもらえなかったんだろ? メイヤー家の汚いあれこれを、他所で話したらすべてを奪ってやる、みたいな』

 その推測にマティアスは頷いた。

『必ずメイヤー家に仕返しをしてやると思っていた俺に、声を掛けてくれたのがアドラーさんだった。自分はフランク爺さんの敵だから、何でも言って欲しい。復讐するためなら何でも協力すると言われ……、俺はすべてを話した」

 マティアスの青い目が、少し遠くなる。

『……あの時、随分久しぶりに泣いた気がした。アドラーさんはすべてを黙って聞いてくれ、知恵を仕込んでくれた。今はしっかりエミの脱税の証拠を掴み、あとはメディアにバラすだけだ。だがそれだけじゃインパクトが足りない。脱税だけならニュースになってもすぐに飽きられる。名家メイヤー家の美しい女社長エミリアが、地の底に落ちて二度と這い上がれないシナリオを、完璧に遂行する必要がある』

『……それで、その可哀想なフラウ・カスミを囮に使ったのか』

 テオが溜め息をつき、双子も気まずく黙り込む。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【女性向けR18】幼なじみにセルフ脱毛で際どい部分に光を当ててもらっています

タチバナ
恋愛
彼氏から布面積の小さな水着をプレゼントされました。 夏になったらその水着でプールか海に行こうと言われています。 まだ春なのでセルフ脱毛を頑張ります! そんな中、脱毛器の眩しいフラッシュを何事かと思った隣の家に住む幼なじみの陽介が、脱毛中のミクの前に登場! なんと陽介は脱毛を手伝ってくれることになりました。 抵抗はあったものの順調に脱毛が進み、今日で脱毛のお手伝いは4回目です! 【作品要素】 ・エロ=⭐︎⭐︎⭐︎ ・恋愛=⭐︎⭐︎⭐︎

義兄に告白されて、承諾したらトロ甘な生活が待ってました。

アタナシア
恋愛
母の再婚をきっかけにできたイケメンで完璧な義兄、海斗。ひょんなことから、そんな海斗に告白をされる真名。 捨てられた子犬みたいな目で告白されたら断れないじゃん・・・!! 承諾してしまった真名に 「ーいいの・・・?ー ほんとに?ありがとう真名。大事にするね、ずっと・・・♡」熱い眼差を向けられて、そのままーーーー・・・♡。

前世で処刑された聖女、今は黒薬師と呼ばれています

矢野りと
恋愛
旧題:前世で処刑された聖女はひっそりと生きていくと決めました〜今世では黒き薬師と呼ばれています〜 ――『偽聖女を処刑しろっ!』 民衆がそう叫ぶなか、私の目の前で大切な人達の命が奪われていく。必死で神に祈ったけれど奇跡は起きなかった。……聖女ではない私は無力だった。 何がいけなかったのだろうか。ただ困っている人達を救いたい一心だっただけなのに……。 人々の歓声に包まれながら私は処刑された。 そして、私は前世の記憶を持ったまま、親の顔も知らない孤児として生まれ変わった。周囲から見れば恵まれているとは言い難いその境遇に私はほっとした。大切なものを持つことがなによりも怖かったから。 ――持たなければ、失うこともない。 だから森の奥深くでひっそりと暮らしていたのに、ある日二人の騎士が訪ねてきて……。 『黒き薬師と呼ばれている薬師はあなたでしょうか?』 基本はほのぼのですが、シリアスと切なさありのお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※一話目だけ残酷な描写がありますので苦手な方はご自衛くださいませ。 ※感想欄のネタバレ配慮はありません(._.)

所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!

ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。 幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。 婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。 王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。 しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。 貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。 遠回しに二人を注意するも‥ 「所詮あなたは他人だもの!」 「部外者がしゃしゃりでるな!」 十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。 「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」 関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが… 一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。 なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…

この満ち足りた匣庭の中で 一章―Demon of miniature garden―

至堂文斗
ミステリー
――鬼の伝承に準えた、血も凍る連続殺人事件の謎を追え。 『満ち足りた暮らし』をコンセプトとして発展を遂げてきたニュータウン、満生台。 巨大な医療センターの設立を機に人口は増加していき、世間からの注目も集まり始めていた。 更なる発展を目指し、電波塔建設の計画が進められていくが、一部の地元住民からは反対の声も上がる。 曰く、満生台には古くより三匹の鬼が住み、悪事を働いた者は祟られるという。 医療センターの闇、三鬼村の伝承、赤い眼の少女。 月面反射通信、電磁波問題、ゼロ磁場。 ストロベリームーン、バイオタイド理論、ルナティック……。 ささやかな箱庭は、少しずつ、けれど確実に壊れていく。 伝承にある満月の日は、もうすぐそこまで迫っていた――。 出題篇PV:https://www.youtube.com/watch?v=1mjjf9TY6Io

自称ヒロインに「あなたはモブよ!」と言われましたが、私はモブで構いません!!

ゆずこしょう
恋愛
ティアナ・ノヴァ(15)には1人の変わった友人がいる。 ニーナ・ルルー同じ年で小さい頃からわたしの後ろばかり追ってくる、少しめんどくさい赤毛の少女だ。 そしていつも去り際に一言。 「私はヒロインなの!あなたはモブよ!」 ティアナは思う。 別に物語じゃないのだし、モブでいいのではないだろうか… そんな一言を言われるのにも飽きてきたので私は学院生活の3年間ニーナから隠れ切ることに決めた。

待つわけないでしょ。新しい婚約者と幸せになります!

風見ゆうみ
恋愛
「1番愛しているのは君だ。だから、今から何が起こっても僕を信じて、僕が迎えに行くのを待っていてくれ」彼は、辺境伯の長女である私、リアラにそうお願いしたあと、パーティー会場に戻るなり「僕、タントス・ミゲルはここにいる、リアラ・フセラブルとの婚約を破棄し、公爵令嬢であるビアンカ・エッジホールとの婚約を宣言する」と叫んだ。 婚約破棄した上に公爵令嬢と婚約? 憤慨した私が婚約破棄を受けて、新しい婚約者を探していると、婚約者を奪った公爵令嬢の元婚約者であるルーザー・クレミナルが私の元へ訪ねてくる。 アグリタ国の第5王子である彼は整った顔立ちだけれど、戦好きで女性嫌い、直属の傭兵部隊を持ち、冷酷な人間だと貴族の中では有名な人物。そんな彼が私との婚約を持ちかけてくる。話してみると、そう悪い人でもなさそうだし、白い結婚を前提に婚約する事にしたのだけど、違うところから待ったがかかり…。 ※暴力表現が多いです。喧嘩が強い令嬢です。 ※史実とは関係ない異世界の世界観であり、設定はゆるゆるで、ご都合主義です。魔法も存在します。 格闘シーンがお好きでない方、浮気男に過剰に反応される方は読む事をお控え下さい。感想をいただけるのは大変嬉しいのですが、感想欄での感情的な批判、暴言などはご遠慮願います。

【R18】溺愛される公爵令嬢は鈍すぎて王子の腹黒に気づかない

かぐや
恋愛
公爵令嬢シャルロットは、まだデビューしていないにも関わらず社交界で噂になる程美しいと評判の娘であった。それは子供の頃からで、本人にはその自覚は全く無いうえ、純真過ぎて幾度も簡単に拐われかけていた。幼少期からの婚約者である幼なじみのマリウス王子を始め、周りの者が シャルロットを護る為いろいろと奮闘する。そんなお話になる予定です。溺愛系えろラブコメです。 女性が少なく子を増やす為、性に寛容で一妻多夫など婚姻の形は多様。女性大事の世界で、体も中身もかなり早熟の為13歳でも16.7歳くらいの感じで、主人公以外の女子がイケイケです。全くもってえっちでけしからん世界です。 設定ゆるいです。 出来るだけ深く考えず気軽〜に読んで頂けたら助かります。コメディなんです。 ちょいR18には※を付けます。 本番R18には☆つけます。 ※直接的な表現や、ちょこっとお下品な時もあります。あとガッツリ近親相姦や、複数プレイがあります。この世界では家族でも親以外は結婚も何でもありなのです。ツッコミ禁止でお願いします。 苦手な方はお戻りください。 基本、溺愛えろコメディなので主人公が辛い事はしません。

処理中です...