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第八部・イギリス捜索 編

食虫花 ★

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『男の顔を覚える趣味はないんだが、確かにここ数日、モデル並みに顔が良くて身長の高いナイスガイが、ロビーを出入りしていた。だが見かけたのは頻繁にではなく、二、三度だ』

 佑は食い下がる。

『一番最近、いつ見ましたか?』
『今日の朝食後だったかな。私は朝食が遅かったから、十時になる前ぐらいだったかもしれない』

 佑の頭の中で、凄まじい勢いで様々な憶測が生まれてゆく。

(まだここにいる――? それとも今日発った? いや、だが二日後にロンドンと言ったのなら、すぐにロンドンに来られる場所に移動した可能性もある)

 今後どのようなアクションを起こすかを考えながら、佑はマルコが有力な手がかりを得るキーパーソンになると確信した。

『あなたはいつまでこのホテルに滞在していますか?』

『孫娘の赤ん坊が産まれたら、顔を見に行こうと思っているよ。安心したら、妻と話し合って残りのバカンスを過ごす行き先を、ゆっくり考えようと思っている』

 マルコの妻とも何度か顔を合わせたが、孫のところへ頻繁に足を向けているようで、じっくり会話をした事はない。

『俺もまだここに滞在する予定ですが、マルコの時間が許す時でいいので、またロビーでの情報を尋ねてもいいですか?』

『いいとも。暇を持て余している老人は、有効に使いなさい』
『ありがとうございます。俺はもう一度、徒歩圏内のハイブランドショップを探してみます』

 佑は立ち上がり、マルコに礼をする。

 このホテルがあるエリアには、ハイブランドの店が建ち並ぶストリートがある。
 エミリアが香澄を連れ回すなら、高級ショップや観光地、城などだろうと推測した。

 もしかしたらもう別の場所に連れて行かれているかもしれないが、エミリアは確かに今日の午前中まではこのホテルにいたのだ。

 僅かな可能性をかけ、佑はホテルを出て夏の日差しが降り注ぐロンドンを歩いた。

 多国籍な人種が溢れ、様々な言語が飛び交う。

 日本とはまったく異なるこの土地のどこに香澄はいるのだろう――。

 黒髪の女性を気を付けて見ながら、佑は何度目になるか分からない捜索を始めた。



**



 その日の夕方、香澄はウィンダミア湖の湖畔にある別荘に着いていた。

 いや、意識はもうほとんどなかったので、香澄の主観で〝別荘に着いた〟と認識できたとは言えない。

 護衛に抱きかかえられた香澄は、リビングのソファに寝かされてぐったりとしていた。

 強い向精神薬を立て続けに飲まされ、眠気に襲われてほとんどの時間を寝て過ごしていた。
 ときおり目が覚めたとしても、自分がどこにいるのか分からず、今がいつなのかも分からない。

 側にいる美女が誰かも、自分が何と言う名前で、元々どこで何をしていた人物かも理解していない可能性が高かった。

『カスミさん。明後日の夜には〝パーティー〟が始まるわ。ロンドンにいる間、あなたの衣装を準備してあげたの』

 冷やされたフルーツティーを飲んだエミリアは、ラッピングされた箱からピラリと卑猥な衣装をかざしてみせる。

『メイド風よ。イギリスっぽくていいでしょう?』

 その衣装は、メイド風の下着であった。

 胸の部分はオープンブラになっていて、胸の周りを三角形に黒いレースが囲んでいる。
 腰はコルセットになっていて、白いエプロンのみが不透明で、その下にある黒いフリルのミニスカートはチュールで透けている。

『これにアソコが丸見えにあるパンティとホワイトブリム、白いガーターベルトとストッキングを用意してあるわ。良かったわね、可愛い衣装が着られて』

 ニコッと微笑んでみせ、エミリアは虚ろに目を開いたままの香澄を見下ろす。
 そのあと、ふ……と真顔になり、聞く者が凍り付くような声音で吐き捨てた。

『私のアロクラとカイに近付く女は、みんな壊れてしまえばいいのよ。私の男たちに手を出す女は許さないわ』

 そしてエミリアはテーブルの上にあるケーキを手づかみにすると、香澄の顔面に押しつけた。
 顔の上でスポンジとクリームがぐしゃりと潰れ、香澄は呼吸を止められて苦しそうに喘く。

 その様子を、エミリアの爬虫類のような目が、ジッと見つめていた。

『あぁ……。汚い』

 やがてエミリアは自分の手がクリームまみれになっているのに気付き、香澄の髪にそれをなすりつける。
 そして立ち上がり、室内に控えていたメイドに命じた。

『その子、適当に洗って寝かせておいて頂戴』

 そう言って、エミリアは『ほんっとうに汚いわね』と呟いて手を洗いに行った。



**
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