425 / 1,544
第八部・イギリス捜索 編
愛しい彼女への依存
しおりを挟む
香澄が好きだと言ってくれたヘーゼルの瞳は光を失い、目の前にあるビーフシチューを無気力に見ている。
「タスク、髭剃ってないだろ」
「…………」
アロイスに言われたが、剃っていない理由をきちんと説明する気持ちにもなれない。
「カスミを見つけた時、無精髭で会うのか?」
「……分かった。剃るよ」
だがそう言われると、剃らなければ、と思った。
ボソッと返事をしたあと、手で顎を確認する。
確かにそこは少しザラザラしていた。
「心配する気持ちも分かるけどさ、まず自分の体調を管理しなよ。カスミが無事でもお前がボロボロだったら意味がないんだから」
「……ああ」
確かに一理ある。
社長という立場にいて、自己管理は最優先項目としている。
責任ある立場だからこそ、風邪を引かないようにし、太る事で病気のリスクを負わないように努力している。
病院の検診もこまめに行っているが、いざという時にこうでは話にならない。
自分自身で体調を整えた上で、どうしても香澄が必要だ。
香澄と出会ってから、いかに自分が彼女に精神的に依存していたのかが分かった。
「……香澄……」
佑は婚約者の名前を口にし、ぐしゃりと髪をかき回した。
エミリアは双子が恋をしようとしただけで、同級生に信じられない仕打ちをした。
双子の事を特に愛してもいないのにだ。
その嫉妬が香澄に向いたと思うだけで、恐ろしくて堪らない。
「なぜ」とエミリアに尋ねても、こちらが望む答えは得られないだろう。
双子から話を聞いただけで、彼女が尋常ではない思考の持ち主だと分かった。
エミリアと答えの出ない〝話し合い〟をするより、物理的に香澄を取り戻して引き離し、もう二度と手が届かないようにするのが一番いい。
双子たちはエミリアが犯罪を起こすのを待っていた。
現時点で誘拐という事にはなるだろう。
しかし万が一これ以上の〝何か〟が起こったら……。
そこまで考え、佑はゾクッと身を震わせた。
マティアスが相手の時は、まだ彼が手心を加える余地があったので、かろうじて「まだマシ」と言えたかもしれない。
だが今回の相手は、完全な異常者だ。
想像すればするほど、頭の中で香澄はどんどんひどい目に遭っていく。
「あんま、考えんな」
そこでアロイスに声を掛けられ、佑はハッと我に返った。
意識を現実に引き戻し、目の前にある肉にフォークを刺す。
(これを完食すれば香澄を助けるためのエネルギーになる)
そう思い込み、彼はろくに味わいもせずビーフシチューを胃に詰め込んだ。
**
それから五日間、香澄は夢の狭間にいた。
エミリアに支えられて何とか立ち上がり、食事をして用を足す。
だがそれ以外の時間はベッドで寝てばかりだった。
風呂に入る気力もなく、肌や髪がべとついている。
もし少しでも佑の事を考える気力があれば、「彼のために綺麗でいたい」とシャワーを浴びただろう。
しかし香澄は佑の事すら思い出せず、エミリアが望んだように生きる肉塊のようになっていった。
彼女に話しかけられても内容を忘れてしまい、返事をしようとしても思考が纏まらない。
ある日、エミリアに助けられてシャワーを浴び、着替えさせられた。
一人では歩けないため、移動は護衛に背負われた。
本来なら佑以外の男性に触られたくないので、手助けを断っただろう。
しかしすっかり薬によって思考を奪われた香澄は、その日が何月何日なのか、その時が昼なのか夜なのかも分からなくなっていた。
『カイはまだリッチ・カーティスにいるの?』
ホテルの裏口から車に乗り込んだエミリアは、サマードレスの下で脚を組み護衛に尋ねる。
後部座席では香澄がぐったりと横になり、寝息を立てていた。
『双子の片割れはロンドンを離れたようですが、もう一人とタスク・ミツルギはまだホテルにいます。ホテル側にはレディ・エミリアのストーカーがいると言って、移動のための融通を利かせました』
エミリアの問いに、護衛が答える。
「タスク、髭剃ってないだろ」
「…………」
アロイスに言われたが、剃っていない理由をきちんと説明する気持ちにもなれない。
「カスミを見つけた時、無精髭で会うのか?」
「……分かった。剃るよ」
だがそう言われると、剃らなければ、と思った。
ボソッと返事をしたあと、手で顎を確認する。
確かにそこは少しザラザラしていた。
「心配する気持ちも分かるけどさ、まず自分の体調を管理しなよ。カスミが無事でもお前がボロボロだったら意味がないんだから」
「……ああ」
確かに一理ある。
社長という立場にいて、自己管理は最優先項目としている。
責任ある立場だからこそ、風邪を引かないようにし、太る事で病気のリスクを負わないように努力している。
病院の検診もこまめに行っているが、いざという時にこうでは話にならない。
自分自身で体調を整えた上で、どうしても香澄が必要だ。
香澄と出会ってから、いかに自分が彼女に精神的に依存していたのかが分かった。
「……香澄……」
佑は婚約者の名前を口にし、ぐしゃりと髪をかき回した。
エミリアは双子が恋をしようとしただけで、同級生に信じられない仕打ちをした。
双子の事を特に愛してもいないのにだ。
その嫉妬が香澄に向いたと思うだけで、恐ろしくて堪らない。
「なぜ」とエミリアに尋ねても、こちらが望む答えは得られないだろう。
双子から話を聞いただけで、彼女が尋常ではない思考の持ち主だと分かった。
エミリアと答えの出ない〝話し合い〟をするより、物理的に香澄を取り戻して引き離し、もう二度と手が届かないようにするのが一番いい。
双子たちはエミリアが犯罪を起こすのを待っていた。
現時点で誘拐という事にはなるだろう。
しかし万が一これ以上の〝何か〟が起こったら……。
そこまで考え、佑はゾクッと身を震わせた。
マティアスが相手の時は、まだ彼が手心を加える余地があったので、かろうじて「まだマシ」と言えたかもしれない。
だが今回の相手は、完全な異常者だ。
想像すればするほど、頭の中で香澄はどんどんひどい目に遭っていく。
「あんま、考えんな」
そこでアロイスに声を掛けられ、佑はハッと我に返った。
意識を現実に引き戻し、目の前にある肉にフォークを刺す。
(これを完食すれば香澄を助けるためのエネルギーになる)
そう思い込み、彼はろくに味わいもせずビーフシチューを胃に詰め込んだ。
**
それから五日間、香澄は夢の狭間にいた。
エミリアに支えられて何とか立ち上がり、食事をして用を足す。
だがそれ以外の時間はベッドで寝てばかりだった。
風呂に入る気力もなく、肌や髪がべとついている。
もし少しでも佑の事を考える気力があれば、「彼のために綺麗でいたい」とシャワーを浴びただろう。
しかし香澄は佑の事すら思い出せず、エミリアが望んだように生きる肉塊のようになっていった。
彼女に話しかけられても内容を忘れてしまい、返事をしようとしても思考が纏まらない。
ある日、エミリアに助けられてシャワーを浴び、着替えさせられた。
一人では歩けないため、移動は護衛に背負われた。
本来なら佑以外の男性に触られたくないので、手助けを断っただろう。
しかしすっかり薬によって思考を奪われた香澄は、その日が何月何日なのか、その時が昼なのか夜なのかも分からなくなっていた。
『カイはまだリッチ・カーティスにいるの?』
ホテルの裏口から車に乗り込んだエミリアは、サマードレスの下で脚を組み護衛に尋ねる。
後部座席では香澄がぐったりと横になり、寝息を立てていた。
『双子の片割れはロンドンを離れたようですが、もう一人とタスク・ミツルギはまだホテルにいます。ホテル側にはレディ・エミリアのストーカーがいると言って、移動のための融通を利かせました』
エミリアの問いに、護衛が答える。
31
お気に入りに追加
2,509
あなたにおすすめの小説
ミックスド★バス~家のお風呂なら誰にも迷惑をかけずにイチャイチャ?~
taki
恋愛
【R18】恋人同士となった入浴剤開発者の温子と営業部の水川。
お互いの部屋のお風呂で、人目も気にせず……♥
えっちめシーンの話には♥マークを付けています。
ミックスド★バスの第5弾です。
社長の奴隷
星野しずく
恋愛
セクシー系の商品を販売するネットショップを経営する若手イケメン社長、茂手木寛成のもとで、大のイケメン好き藤巻美緒は仕事と称して、毎日エッチな人体実験をされていた。そんな二人だけの空間にある日、こちらもイケメン大学生である信楽誠之助がアルバイトとして入社する。ただでさえ異常な空間だった社内は、信楽が入ったことでさらに混乱を極めていくことに・・・。(途中、ごくごく軽いBL要素が入ります。念のため)
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
【R18】豹変年下オオカミ君の恋愛包囲網〜策士な後輩から逃げられません!〜
湊未来
恋愛
「ねぇ、本当に陰キャの童貞だって信じてたの?経験豊富なお姉さん………」
30歳の誕生日当日、彼氏に呼び出された先は高級ホテルのレストラン。胸を高鳴らせ向かった先で見たものは、可愛らしいワンピースを着た女と腕を組み、こちらを見据える彼の姿だった。
一方的に別れを告げられ、ヤケ酒目的で向かったBAR。
「ねぇ。酔っちゃったの………
………ふふふ…貴方に酔っちゃったみたい」
一夜のアバンチュールの筈だった。
運命とは時に残酷で甘い………
羊の皮を被った年下オオカミ君×三十路崖っぷち女の恋愛攻防戦。
覗いて行きませんか?
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
・R18の話には※をつけます。
・女性が男性を襲うシーンが初回にあります。苦手な方はご注意を。
・裏テーマは『クズ男愛に目覚める』です。年上の女性に振り回されながら、愛を自覚し、更生するクズ男をゆるっく書けたらいいなぁ〜と。
【R18】エリートビジネスマンの裏の顔
白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます───。
私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。
同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが……
この生活に果たして救いはあるのか。
※サムネにAI生成画像を使用しています
若妻シリーズ
笹椰かな
恋愛
とある事情により中年男性・飛龍(ひりゅう)の妻となった18歳の愛実(めぐみ)。
気の進まない結婚だったが、優しく接してくれる夫に愛実の気持ちは傾いていく。これはそんな二人の夜(または昼)の営みの話。
乳首責め/クリ責め/潮吹き
※表紙の作成/かんたん表紙メーカー様
※使用画像/SplitShire様
【R18】鬼上司は今日も私に甘くない
白波瀬 綾音
恋愛
見た目も中身も怖くて、仕事にストイックなハイスペ上司、高濱暁人(35)の右腕として働く私、鈴木梨沙(28)。接待で終電を逃した日から秘密の関係が始まる───。
逆ハーレムのチームで刺激的な日々を過ごすオフィスラブストーリー
法人営業部メンバー
鈴木梨沙:28歳
高濱暁人:35歳、法人営業部部長
相良くん:25歳、唯一の年下くん
久野さん:29歳、一個上の優しい先輩
藍沢さん:31歳、チーフ
武田さん:36歳、課長
加藤さん:30歳、法人営業部事務
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる