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第八部・イギリス捜索 編

愛しい彼女への依存

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 香澄が好きだと言ってくれたヘーゼルの瞳は光を失い、目の前にあるビーフシチューを無気力に見ている。

「タスク、髭剃ってないだろ」
「…………」

 アロイスに言われたが、剃っていない理由をきちんと説明する気持ちにもなれない。

「カスミを見つけた時、無精髭で会うのか?」
「……分かった。剃るよ」

 だがそう言われると、剃らなければ、と思った。

 ボソッと返事をしたあと、手で顎を確認する。
 確かにそこは少しザラザラしていた。

「心配する気持ちも分かるけどさ、まず自分の体調を管理しなよ。カスミが無事でもお前がボロボロだったら意味がないんだから」

「……ああ」

 確かに一理ある。

 社長という立場にいて、自己管理は最優先項目としている。
 責任ある立場だからこそ、風邪を引かないようにし、太る事で病気のリスクを負わないように努力している。

 病院の検診もこまめに行っているが、いざという時にこうでは話にならない。

 自分自身で体調を整えた上で、どうしても香澄が必要だ。
 香澄と出会ってから、いかに自分が彼女に精神的に依存していたのかが分かった。

「……香澄……」

 佑は婚約者の名前を口にし、ぐしゃりと髪をかき回した。

 エミリアは双子が恋をしようとしただけで、同級生に信じられない仕打ちをした。
 双子の事を特に愛してもいないのにだ。

 その嫉妬が香澄に向いたと思うだけで、恐ろしくて堪らない。

「なぜ」とエミリアに尋ねても、こちらが望む答えは得られないだろう。
 双子から話を聞いただけで、彼女が尋常ではない思考の持ち主だと分かった。

 エミリアと答えの出ない〝話し合い〟をするより、物理的に香澄を取り戻して引き離し、もう二度と手が届かないようにするのが一番いい。

 双子たちはエミリアが犯罪を起こすのを待っていた。
 現時点で誘拐という事にはなるだろう。

 しかし万が一これ以上の〝何か〟が起こったら……。

 そこまで考え、佑はゾクッと身を震わせた。

 マティアスが相手の時は、まだ彼が手心を加える余地があったので、かろうじて「まだマシ」と言えたかもしれない。

 だが今回の相手は、完全な異常者だ。
 想像すればするほど、頭の中で香澄はどんどんひどい目に遭っていく。

「あんま、考えんな」

 そこでアロイスに声を掛けられ、佑はハッと我に返った。

 意識を現実に引き戻し、目の前にある肉にフォークを刺す。

(これを完食すれば香澄を助けるためのエネルギーになる)

 そう思い込み、彼はろくに味わいもせずビーフシチューを胃に詰め込んだ。



**



 それから五日間、香澄は夢の狭間にいた。

 エミリアに支えられて何とか立ち上がり、食事をして用を足す。
 だがそれ以外の時間はベッドで寝てばかりだった。

 風呂に入る気力もなく、肌や髪がべとついている。
 もし少しでも佑の事を考える気力があれば、「彼のために綺麗でいたい」とシャワーを浴びただろう。

 しかし香澄は佑の事すら思い出せず、エミリアが望んだように生きる肉塊のようになっていった。
 彼女に話しかけられても内容を忘れてしまい、返事をしようとしても思考が纏まらない。

 ある日、エミリアに助けられてシャワーを浴び、着替えさせられた。

 一人では歩けないため、移動は護衛に背負われた。
 本来なら佑以外の男性に触られたくないので、手助けを断っただろう。

 しかしすっかり薬によって思考を奪われた香澄は、その日が何月何日なのか、その時が昼なのか夜なのかも分からなくなっていた。





『カイはまだリッチ・カーティスにいるの?』

 ホテルの裏口から車に乗り込んだエミリアは、サマードレスの下で脚を組み護衛に尋ねる。
 後部座席では香澄がぐったりと横になり、寝息を立てていた。

『双子の片割れはロンドンを離れたようですが、もう一人とタスク・ミツルギはまだホテルにいます。ホテル側にはレディ・エミリアのストーカーがいると言って、移動のための融通を利かせました』

 エミリアの問いに、護衛が答える。
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