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第八部・イギリス捜索 編

味気ないビーフシチュー

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 そしてベッドに横たわっている香澄を見て、忌々しげに吐き捨てる。

『こんな日本人女、どうにでもなればいいんだわ。何の価値もない、男に体で言い寄るような下品な女、クラウザー家の男には似合わないわ』

 言ったあと、エミリアは護衛の金髪をペットでも撫でるように愛玩する。

 それから宮殿のように美しいスイートルームの天井を見上げ、笑った。

『私が一番よ。私だけがすべての男を虜にして、従わせられるの。それだけ私は美しいし、家柄に恵まれ、お金も持っているわ。みぃんな、私のもの』

 歌うように言い、エミリアは護衛の舌使いに婀娜っぽい吐息を漏らす。

『カイもアロクラも、マティアスも、いつか同じように跪いて私のココを喜んで舐めるようになるんだわ。その方が彼らのためだもの。……あぁ』

 そのあと、エミリアは護衛の頭を押さえ、獣のような声を上げ始めた。



 香澄は深く眠っていて、自分が寝ているベッドでそのような遣り取りがあったと知るよしもなかった。



**



 灯台もと暗し、と誰が言ったのだろう。

 香澄が昏々と眠り続けているスイートルームと一階違うフロアで佑は寝起きし、毎日聞き込みに向かっていた。

 アロイスも護衛たちもロンドン中を駆け回ってくれているのだが、依然香澄の行方は分からない。
 湖水地方に向かったクラウスとマティアスから連絡があったのは、イギリスに着いた翌日の夕方だった。

《タスク? エミの別荘を一日見張ったけど、人の出入りはないよ。っていうか、手入れはされてるけど使われてる形跡がない》

 クラウスから電話があり、佑は重たい溜め息をつく。
 向かいにはアロイスが座っていて、二人はロンドンのレストランで夕食をとっていた。

『……ハズレか……?』

 もともと食欲がなかったのにもっと食欲がなくなり、佑は目の前にあった皿を押しやる。
 テーブルに肘をついて重たい溜め息をつくと、向かいにいるアロイスも察したようだ。

「タスク、ちょっと電話代わって」

 アロイスに言われ、佑はスマホを手渡す。

『もしもし、クラ? 別荘はどれだけ見張った?』

《あのあと約300マイル車をかっ飛ばして、深夜一時半すぎにウィンダミア湖近くに着いた。それから車の中でマティアスと僕と運転手と、もう一台のグループで交代に見張って、今の今までかれこれ……十六時間ぐらいかな》

 弟の返事を聞き、アロイスは溜め息をつく。

『お疲れ様。……エミは一週間後にロンドンって言ったよな? で、今はロンドンにいない……と。で、そっちの別荘にもいないなら、やっぱり別の街にいるっていう事か?』

 疲れたように前髪を掻き上げたあと、アロイスは佑を見てからとりあえずの判断を下した。

『クラ。行ったり来たりで悪いけど、とりあえずバーミンガムまで来てくれる? 俺たちも向かうから。ロンドンとウィンダミア湖の中間にあるバーミンガムなら、移動しやすいだろ』

《分かった》

 そこでアロイスは電話を切り、「はい」と佑にスマホを手渡す。

「聞いてた? バーミンガムに向かおう。まさかスコットランドまで向かったとは思えない。イングランドとウェールズ内なら動きやすい地点に行こう」

「……ああ。だが大都市を離れるのか? 何かあった時にロンドンに待機していた方がいいんじゃ……」

 もうどこへ行ったらいいのか分からず、佑の顔は絶望に彩られている。

「オーパの知り合い筋情報も難航してるようだ。相手方が個人情報流す事に抵抗してるみたいなんだ。金で解決するなら幾らでも積むけどね。ホテル業界は信頼で成り立ってるから」

 佑は深く溜め息をつき、テーブルに置いた手の爪でゆっくりと卓板を引っ掻いてゆく。

 周囲の喧噪が嘘のように遠い。

 彼は目の前に置かれた食事やビールにも、ほとんど手をつけていなかった。

 それを、アロイスが注意する。

「タスク、喰えよ。何かあった時に戦える体力がないと、カスミは救えないぞ。エミの護衛は、あれでいて顔だけじゃなく腕っ節も強いぞ」

 戦闘を匂わされ、佑は大きな溜め息をつくと、緩慢な動作でフォークを握った。

 そして黒ビールで煮込んだ、イギリス風ビーフシチューを食べ始める。
 柔らかく煮込まれた牛肉を噛み、呟いた。

「……香澄は、ちゃんと食べられているんだろうか」
「……ごめん、それは俺にも分からない」

 普通、上辺だけでも励ますものなのに、アロイスはどこまでも正直だ。

 はぁ……と佑は重たい息をつき、味気ない食事を続ける。
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