413 / 1,544
第八部・イギリス捜索 編
兄との電話
しおりを挟む
この一日だけでとてつもないストレスが溜まり、頭も体もおかしくなりそうだ。
気分を変えるためにスマホを開き、届いていたメールを処理してゆく。
松井から週明けからの予定について連絡が来ていたが、これからイギリスに向かうのなら、会社どころではなくなってしまう。
(そうだ、会社の事を忘れてた。迷惑を掛けないように連絡をしておかないと)
もう一つの現実を思い、佑は心の中で社長としての〝御劔佑〟の仮面をかけ、松井にメールの返信を打つ。
『香澄が強姦され(実際は未遂でしたが、彼女は被害を受けたと思い込んでいます)、誘拐されました。命の危険もあるので、何とかスケジュールを空けられないでしょうか。本当に逼迫しています。』
メールを送って半ば放心していると、間を置かず通知音が鳴った。
ノロノロとスマホの画面を見ると、松井から返信がある。
『了解致しました。何かあればすぐ対応致しますので、いつでもご連絡ください。業務は副社長以下にお任せし、私は逐一報告できるように待機致します。』
こういう時、深い事を詮索しない松井の気遣いがありがたい。
そのメールに『宜しくお願いします。』と返信をし、佑は兄に電話を掛けた。
スマホを耳に宛がい、窓の外を見ていると、数回コール音が鳴ったあと律が応じた。
『どうした?』
兄の声を聞き、佑はすぐに返事をできず溜め息をついた。
つい先日まで、旅行や食事会をして、香澄とは和気藹々と過ごした。
その彼女が犯罪に巻き込まれたと、気が重くてなかなか言い出せない。
(だが、身内として一言言っておかなくては)
「香澄が犯罪に巻き込まれた」
端的に伝えると、電話の向こうで律が息を呑んだのが分かった。
そしてすぐに、聞き返してくる。
『……もしかして、エミリアか?』
「どうして……」
どうしてと聞いて起きながら、双子が言っていたように兄と陽菜もまた、何かしらの被害に遭ったのかもしれないと予測した。
律は少し黙ったあと、溜め息混じりに語りだす。
『俺と陽菜も、エミリアには悩まされていた』
そして、明確な悪意とは言えないものの、不愉快と感じられる行為をされていた事を話してくれた。
「なぜ言ってくれなかったんだ」
兄と兄嫁が大変な目に遭っていた時に、何も知らず過ごしていた歯がゆさと、もしその話を事前に知っていれば、今こうなっていなかっただろうという思いがこみ上げる。
『犯罪じゃなかった。〝嫌だったからやめてほしい〟とエミリアに伝えたら、〝ごめんなさい、悪気はなかったの〟と謝られ、それで終わる出来事だった。不信感はあっても謝罪を受けたからには、必要以上に彼女を悪者にする訳にいかなかった』
「……それは、そうだろうが……」
『佑は兄弟の中でも、一番エミリアと仲が良かっただろう。俺は年齢が離れているし、翔は双子と似た性格をしていて、エミリアの好みではない。佑の落ち着いた性格を彼女は気に入っていたと思っている。……だから、あえてお前に知らせて彼女へ悪印象を与えたくなかった』
律のその気遣いが、今回は裏目に出てしまった。
『澪は本能的にエミリアを嫌っていたし、俺と陽菜にあった出来事はすぐ感づかれてしまった。だが、仮にも彼女はドイツの令嬢だし、母さんには絶対に言わないように言い含めていた。御劔家の問題じゃなく、クラウザー家、メイヤー家がどうこう……となったら面倒だ。俺はクラウザー・ジャパンの代表でもある。だから余計に……だ。それに、俺は何より陽菜を大切にしたい。大事な時期だし、彼女に不安を与えたくない』
保守的とも思える兄の行動、思考は、すべて妻を守るためだ。
それを出されると佑も何も言えない。
佑だって兄と陽菜の間に、どんな出会いがあり、紆余曲折あって結婚までたどり着いたのかを分かっている。
だから兄が彼女のために事を荒立てたくなく、そのために佑の元へ届く情報が遅れてしまったのを、責めるわけにいかない。
「分かった。俺はこれから、香澄がエミリアに連れ去られただろうイギリスに向かう。日本でできる事で構わないから、もし協力してほしい事があったら連絡する。だができるだけ、速やかに解決するつもりだ。両親にも今はまだ何も伝えられない。すべて解決した上で、香澄の気持ちが収まってからドイツ組含め、全員に問題提起したい」
『お前の言う通りにしよう』
律との電話はそれで終わり、両親に言いかねない翔と澪にも黙っておくという事になった。
ちょうどそのタイミングで、マティアスが戻って来た。
『お帰り。なに? そのビニール袋』
マティアスの手にはビニール袋があり、クラウスが尋ねる。
『疲労が溜まっていると思って、強いエナジードリンクを買って来た』
この騒ぎを引き起こした張本人であるのだが、そういう気遣いを見せるところは、さすがマイペースのマティアスだ。
気分を変えるためにスマホを開き、届いていたメールを処理してゆく。
松井から週明けからの予定について連絡が来ていたが、これからイギリスに向かうのなら、会社どころではなくなってしまう。
(そうだ、会社の事を忘れてた。迷惑を掛けないように連絡をしておかないと)
もう一つの現実を思い、佑は心の中で社長としての〝御劔佑〟の仮面をかけ、松井にメールの返信を打つ。
『香澄が強姦され(実際は未遂でしたが、彼女は被害を受けたと思い込んでいます)、誘拐されました。命の危険もあるので、何とかスケジュールを空けられないでしょうか。本当に逼迫しています。』
メールを送って半ば放心していると、間を置かず通知音が鳴った。
ノロノロとスマホの画面を見ると、松井から返信がある。
『了解致しました。何かあればすぐ対応致しますので、いつでもご連絡ください。業務は副社長以下にお任せし、私は逐一報告できるように待機致します。』
こういう時、深い事を詮索しない松井の気遣いがありがたい。
そのメールに『宜しくお願いします。』と返信をし、佑は兄に電話を掛けた。
スマホを耳に宛がい、窓の外を見ていると、数回コール音が鳴ったあと律が応じた。
『どうした?』
兄の声を聞き、佑はすぐに返事をできず溜め息をついた。
つい先日まで、旅行や食事会をして、香澄とは和気藹々と過ごした。
その彼女が犯罪に巻き込まれたと、気が重くてなかなか言い出せない。
(だが、身内として一言言っておかなくては)
「香澄が犯罪に巻き込まれた」
端的に伝えると、電話の向こうで律が息を呑んだのが分かった。
そしてすぐに、聞き返してくる。
『……もしかして、エミリアか?』
「どうして……」
どうしてと聞いて起きながら、双子が言っていたように兄と陽菜もまた、何かしらの被害に遭ったのかもしれないと予測した。
律は少し黙ったあと、溜め息混じりに語りだす。
『俺と陽菜も、エミリアには悩まされていた』
そして、明確な悪意とは言えないものの、不愉快と感じられる行為をされていた事を話してくれた。
「なぜ言ってくれなかったんだ」
兄と兄嫁が大変な目に遭っていた時に、何も知らず過ごしていた歯がゆさと、もしその話を事前に知っていれば、今こうなっていなかっただろうという思いがこみ上げる。
『犯罪じゃなかった。〝嫌だったからやめてほしい〟とエミリアに伝えたら、〝ごめんなさい、悪気はなかったの〟と謝られ、それで終わる出来事だった。不信感はあっても謝罪を受けたからには、必要以上に彼女を悪者にする訳にいかなかった』
「……それは、そうだろうが……」
『佑は兄弟の中でも、一番エミリアと仲が良かっただろう。俺は年齢が離れているし、翔は双子と似た性格をしていて、エミリアの好みではない。佑の落ち着いた性格を彼女は気に入っていたと思っている。……だから、あえてお前に知らせて彼女へ悪印象を与えたくなかった』
律のその気遣いが、今回は裏目に出てしまった。
『澪は本能的にエミリアを嫌っていたし、俺と陽菜にあった出来事はすぐ感づかれてしまった。だが、仮にも彼女はドイツの令嬢だし、母さんには絶対に言わないように言い含めていた。御劔家の問題じゃなく、クラウザー家、メイヤー家がどうこう……となったら面倒だ。俺はクラウザー・ジャパンの代表でもある。だから余計に……だ。それに、俺は何より陽菜を大切にしたい。大事な時期だし、彼女に不安を与えたくない』
保守的とも思える兄の行動、思考は、すべて妻を守るためだ。
それを出されると佑も何も言えない。
佑だって兄と陽菜の間に、どんな出会いがあり、紆余曲折あって結婚までたどり着いたのかを分かっている。
だから兄が彼女のために事を荒立てたくなく、そのために佑の元へ届く情報が遅れてしまったのを、責めるわけにいかない。
「分かった。俺はこれから、香澄がエミリアに連れ去られただろうイギリスに向かう。日本でできる事で構わないから、もし協力してほしい事があったら連絡する。だができるだけ、速やかに解決するつもりだ。両親にも今はまだ何も伝えられない。すべて解決した上で、香澄の気持ちが収まってからドイツ組含め、全員に問題提起したい」
『お前の言う通りにしよう』
律との電話はそれで終わり、両親に言いかねない翔と澪にも黙っておくという事になった。
ちょうどそのタイミングで、マティアスが戻って来た。
『お帰り。なに? そのビニール袋』
マティアスの手にはビニール袋があり、クラウスが尋ねる。
『疲労が溜まっていると思って、強いエナジードリンクを買って来た』
この騒ぎを引き起こした張本人であるのだが、そういう気遣いを見せるところは、さすがマイペースのマティアスだ。
31
お気に入りに追加
2,509
あなたにおすすめの小説
ミックスド★バス~家のお風呂なら誰にも迷惑をかけずにイチャイチャ?~
taki
恋愛
【R18】恋人同士となった入浴剤開発者の温子と営業部の水川。
お互いの部屋のお風呂で、人目も気にせず……♥
えっちめシーンの話には♥マークを付けています。
ミックスド★バスの第5弾です。
社長の奴隷
星野しずく
恋愛
セクシー系の商品を販売するネットショップを経営する若手イケメン社長、茂手木寛成のもとで、大のイケメン好き藤巻美緒は仕事と称して、毎日エッチな人体実験をされていた。そんな二人だけの空間にある日、こちらもイケメン大学生である信楽誠之助がアルバイトとして入社する。ただでさえ異常な空間だった社内は、信楽が入ったことでさらに混乱を極めていくことに・・・。(途中、ごくごく軽いBL要素が入ります。念のため)
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
【R18】豹変年下オオカミ君の恋愛包囲網〜策士な後輩から逃げられません!〜
湊未来
恋愛
「ねぇ、本当に陰キャの童貞だって信じてたの?経験豊富なお姉さん………」
30歳の誕生日当日、彼氏に呼び出された先は高級ホテルのレストラン。胸を高鳴らせ向かった先で見たものは、可愛らしいワンピースを着た女と腕を組み、こちらを見据える彼の姿だった。
一方的に別れを告げられ、ヤケ酒目的で向かったBAR。
「ねぇ。酔っちゃったの………
………ふふふ…貴方に酔っちゃったみたい」
一夜のアバンチュールの筈だった。
運命とは時に残酷で甘い………
羊の皮を被った年下オオカミ君×三十路崖っぷち女の恋愛攻防戦。
覗いて行きませんか?
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
・R18の話には※をつけます。
・女性が男性を襲うシーンが初回にあります。苦手な方はご注意を。
・裏テーマは『クズ男愛に目覚める』です。年上の女性に振り回されながら、愛を自覚し、更生するクズ男をゆるっく書けたらいいなぁ〜と。
【R18】エリートビジネスマンの裏の顔
白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます───。
私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。
同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが……
この生活に果たして救いはあるのか。
※サムネにAI生成画像を使用しています
若妻シリーズ
笹椰かな
恋愛
とある事情により中年男性・飛龍(ひりゅう)の妻となった18歳の愛実(めぐみ)。
気の進まない結婚だったが、優しく接してくれる夫に愛実の気持ちは傾いていく。これはそんな二人の夜(または昼)の営みの話。
乳首責め/クリ責め/潮吹き
※表紙の作成/かんたん表紙メーカー様
※使用画像/SplitShire様
【R18】鬼上司は今日も私に甘くない
白波瀬 綾音
恋愛
見た目も中身も怖くて、仕事にストイックなハイスペ上司、高濱暁人(35)の右腕として働く私、鈴木梨沙(28)。接待で終電を逃した日から秘密の関係が始まる───。
逆ハーレムのチームで刺激的な日々を過ごすオフィスラブストーリー
法人営業部メンバー
鈴木梨沙:28歳
高濱暁人:35歳、法人営業部部長
相良くん:25歳、唯一の年下くん
久野さん:29歳、一個上の優しい先輩
藍沢さん:31歳、チーフ
武田さん:36歳、課長
加藤さん:30歳、法人営業部事務
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる