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第八部・イギリス捜索 編

マティアスの謝罪

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 とっさに佑は腕で頭を庇う。

 その腕にポコッと軽い音を立てて、何かがぶつかった。
 床に落ちて少しバウンドしたのは、アメニティのボトルだ。

 冷やしたタオルで頬を押さえたマティアスが、低い声で怒鳴りかける。

『お前が――――』

 普段クールなマティアスらしからぬ激昂を一瞬見せたあと、彼の激情は急激に収まっていく。

 思いきり息を吸って、吐く。
 吸って、吐いて――、何度も深呼吸をしたあと、マティアスはクラウスを見て首を振った。

『ダメだ、クラウス。隠せる自信がない。カイも被害者だ』

 殴った事への報復で何か怒鳴るかと思いきや、彼は「隠す」と訳の分からない事を言いだす。
 双子には知らされていて、自分には知らされていない事実を鋭敏に感じ取り、佑は低い声で問う。

『……隠すって何だ? 香澄にあれ以上なにか酷い事をしたのか?』

 佑は目を見開いて声を震わせ、一歩前に進む。

 その腕をアロイスが掴んだ。
 さらにマティアスと佑の前に立ちはだかったのは、クラウスだ。

 そして彼は、いつものように軽い調子で口を開く。

『まぁ座りなよ。それでさ、こんな時でなんだけど空腹だと頭の回転落ちるんだよね。僕もマティアスも寝てないし、タスクとアロも同じだろ? 一番いいのは一度寝て脳を正常にする事だけど、そんな余裕もない。ルームサービス頼んで、胃にあったかいもん入れようよ』

『話を誤魔化すな!』

 理解していない佑が苛つき怒鳴った時、部屋のチャイムが鳴った。
 ハッとした佑がドアに向かう前に、アロイスが彼に向かって手を突き出す。

『俺が出るよ』

 佑を制したアロイスがドアに向かい、彼はコンシェルジュと英語で会話をする。
 これでエミリアの部屋に入れると期待した佑は、すぐにドアに向かった。

 クラウスとマティアスもそれに続き、コンシェルジュ立ち会いのもと、エミリアの部屋の鍵が開けられる。

『やっぱり……』

 マティアスが呟いた通り、中はもぬけの殻だった。

 佑は香澄の痕跡がないか大股に部屋をうろつき、ベッドの上にメモ用紙が置かれてあるのを見つけた。

「なに? 何て書いてある?」

 佑がメモを手にしたのを見て、すかさずクラウスが尋ねてくる。
 彼は佑の肩ごしにメモを見て、溜め息交じりに他の二人に読み聞かせた。

『エミからだよ。〝マティアス、あなたには呆れたわ。カイの婚約者を奪うなんてどれだけ飢えているの? 私は同性としてカスミさんを守るから、バカンスが終わるまで連絡しなくていいわ〟……か』

 メモを読み上げるクラウスの声を聞きながら、マティアスはエミリアの荷物を確認している。

『貴重品はすべてない、か』

 それから彼はスマホを手にし、何件かに電話を掛けた。

 だがすぐに舌打ちをして、通話を諦める。

『運転手、護衛のお気に入りを連れていった。このホテルに残っている者もいるが、荷物運び要員だろう』
『あー、あの無駄に顔のいい運転手やら護衛?』

 アロイスが小さく頷きながら言い、マティアスは溜め息をつく。

 そして彼は疲れたように首を左右に振ったあと、全員に向けて言った。

『戻ろう。ここには何もない』





 コンシェルジュに四人分の軽食とコーヒーを頼み、部屋に運ばれてから佑が口を開いた。

『一体どういう事だ? 隠している事があるなら、すべて話せ』

 悔しいがクラウスが言った通り、温かいコーヒーを飲むと少し心が落ち着いた。

 朝からスイートルームのリビングで、四人の男が顔をつきあわせて座っている。
 本来なら香澄と寛いでいたはずの部屋で、この面子と会議をしなければならないなんて、何と言う事だと佑は気分を暗くする。

 双子もマティアスも、一度着替えてカジュアルな格好になっていた。

 佑に尋ねられ、まず応えたのはマティアスだった。

『カイ、先に謝る。フラウ・カスミとカイを傷付けてすまない』

 まっすぐ佑を見つめたあと、マティアスは深く頭を下げた。
 綺麗な礼を見せる彼の姿に、佑は一瞬言葉を詰まらせる。

 そのあと、せっかく落ち着けた感情がブワッとぶり返してきた。
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