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第八部・イギリス捜索 編

女同士の会話

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『じゃあ、行きましょう』
『エミリアさんのスーツケースは?』

『マティアスに任せるわ。〝呆れたからドイツに戻るわ〟とメモを書いたから、秘書として私の荷物をまとめて、ドイツに持って帰るぐらいはするわよ』

『そんなものですか……』
『そんなものよ』

 エミリアは夜だがサングラスをしている。
 彼女もまた、スラリとした身長に似合うロングワンピースを着ていた。
 腕に掛けたバッグは女性なら一度は憧れるだろう、超高級ブランドの物だ。

 その中には無造作にスマホや充電器、コード類が突っ込まれ、お世辞にも整頓されているとは言いがたい。

 逆にそういうところが親しみを感じさせ、香澄はやっと微かに笑った。





 緊張して部屋の外に出たが、廊下は静まりかえっていた。

 佑たちの部屋の方を気にしながら歩き、香澄とエミリアはエレベーターに乗り込んだ。

『ふふ。少し緊張するわね。スパイみたいだわ』
『エミリアさんなら、凄腕のスパイになれそうです。とっても美人だし』
『あら、ありがとう。カスミさんもチャーミングだわ』

 エレベーターの中に立っていると、さりげなくエミリアが肩を抱いてポンポンと二の腕を撫でてくれた。
 とてつもない不安と焦燥に駆られているので、そうして誰かの温もりを感じられるのはありがたかった。

 けれどその〝誰か〟が男性では、今は素直に厚意を受け入れられない気がする。
 たとえそれが佑であっても、だ。

 なのでエミリアの存在がとてもありがたかった。

 エレベーターは一階につく。

 ロビーに出ると、深夜に上階から下りてきた客を見てコンシェルジュが近付いて来た。

『メイヤー様、どうかなさいましたか?』

『さっきは騒動を起こしてごめんなさい。事情があってホテルを変えたいの。連れには連絡してあるから、明日の朝彼が尋ねてきたら、私は〝一人で〟移動したと伝えてちょうだい。清算は彼がするわ』

 エミリアの言葉を聞いて色々察したコンシェルジュは、静かに微笑んでお辞儀をする。

『また当ホテルをご利用して頂ける日を、お待ちしております』

 エミリアが正面玄関の方を見ると、丁度そのタイミングで黒塗りの車が横付けされた。

『行きましょう、カスミさん』

 ヒールの音を立てて、エミリアは香澄の手を握って歩き出す。

 外に出ると深夜二時前でも、東京の空は煌々としている。
 何とはなしにネオンを見上げ、香澄はエミリアと共に車に乗り込んだ。

(ごめんなさい、佑さん。今はちょっと距離を取らせて)

 心の中で佑に謝り、香澄は高級車の後部座席に腰を落ち着ける。

『カスミさん、カイの家は?』

 エミリアに尋ねられ、香澄は運転手に白金にある御劔邸の住所を告げた。
 すると車はすぐに動き出す。

『まるで夜逃げみたいですね』

 気分を紛らわせるために無理矢理冗談を言うと、エミリアが乗ってくれる。

『あら、ミステリアスで魅力的だわ。女は好きな男を困らせるぐらいが丁度いいのよ』

 エミリアはゆったりと脚を組んで微笑む。

『エミリアさんって恋人はいるんですか? ……マティアスさんは……違うんですよね?』

 失礼かもしれないと思いつつ、香澄は気になっていた事を尋ねた。

『好きな人と付き合っているかという質問なら、ノーだわ。それに私は今、親に結婚しろとせっつかれているの。ほぼ政略結婚みたいなものね。大していいと思えない味気ない男性を紹介されて、この人に決めなさいと言われているわ』

『そうなんですか……』

 手に入らない物はないと思えるような彼女でも、人生がままならない事はあるのだ。
 そう思うと、自分のような一般人がマティアスのような男に弄ばれるのも、あり得る事だと思えてくる。

『仕事が趣味みたいな、まじめが取り柄の人でね。どっちかっていうとマティアスみたいなタイプかしら。間違えてもアロクラみたいなタイプでないのは確かだわ』

 対極すぎる例えを出され、香澄は思わず少し笑う。

『私も女だもの。イタリア男までいかなくても、少しはチヤホヤしてくれる男性の方がいいわ。まじめは美徳でしょうけれど、面白みがなかったら結婚生活は続かないもの。……この歳までフリーでいたから、高望みになっているのかしら? 良くない傾向ね』

 自嘲するエミリアに、香澄は『いいえ』と首を振る。

『自分が後悔しないように、理想を求めるのは当たり前だと思います』

 励ましたからか、エミリアは機嫌良さそうに笑った。
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