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第八部・イギリス捜索 編
白湯
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『少しは落ち着いた?』
『……ありがとう、ございます』
『さっきカイが来たけど、追い返しておいたわ。まだ会える状態じゃないでしょう?』
『そう……ですね』
あまりのショックに、佑の事はぼんやりとしか覚えていない。
エミリアの部屋に連れて来られてから、廊下越しに騒がしい物音が聞こえたが、それもやがて静かになった。
『本当にごめんなさいね、うちの躾のなってない駄犬が粗相をして。日本人の女の子が珍しかったのかしら』
隣に座ったエミリアは香澄の肩を抱き、ときおりポンポンと落ち着かせるように撫でてくれた。
絶叫し続けたせいか、喉がジンジンと痛い。
『……どう、したらいいんでしょう……。私……佑さんに合わせる顔がないです……』
『レイプされたんだもの。カスミさんの心の傷は理解するつもりだわ』
『レイプ……』
エミリアの言葉を、香澄は思わずオウム返しに呟いた。
ずっと他人事に思っていた〝大変な事件〟が、自分にも降りかかったのだ。
自分は簡単に男性についていかないから大丈夫。
夜遊びをしないから大丈夫。
しっかりしているから、いざとなったら助けを求めて暴れられるはず。
世間の被害女性を気の毒に思う反面、内心ではそう思っていたのも否めない。
――いや、漠然とした意識の中で思いだしたように、自分はずっと昔に健二にレイプされていた。
彼は合意と思っていても、香澄は合意していなかったあれはレイプだ。
あの時、二度と同じ過ちを繰り返すかと自分に誓ったのに、佑の知り合いだからという理由で、あっさり信じてこんな目に遭ってしまった。
(調子に乗ってたからだ。佑さんたちが一緒だからって、調子に乗ってお酒飲んでたから……。いつもなら二人きりにならなかったかもしれない。佑さんの知り合いだから、無条件で信頼していたのかも。…………いや、そうじゃない。なんでも佑さんに絡めるのは間違えてる。私が、悪かったんだ。私が、単純で、浅はかで、愚かだった……)
最後には自分を責め、香澄は溜め息をついた。
そんな彼女の肩を、エミリアがポンポンと叩いてくる。
『ショックなのは分かるつもりよ。私の知り合いにもレイプに遭った子がいる。表に出ないだけで、世界中でレイプは横行しているわ。望まない子を出産した人もいる。その中の一人にすぎないと思っても、自分の事ですもの、ショックよね』
身近なところに被害者がいると聞かされ、香澄は興味を持つ。
『……そのお知り合いの方はどうされたんですか?』
『彼女は仕事帰りに襲われて、暴力を受けレイプされたわ。事件のあとまっすぐ病院に向かって、アフターピルを飲んだ。そのあと、しばらくカウンセリングを受けていたようだけれど、今は仕事に復帰しているわね。けれど何年も心の傷を引きずる人もいるし、トラウマからの復活には個人差があるわ』
ただ犯されただけでなく、殴るなどの暴力も受けたと知りゾクッとする。
思わず香澄はマグカップを置き、自分を抱き締めた。
自分は幸いな事に、マティアスに犯されている現場を覚えていない。
不幸中の幸いにも思えるが、暴力を受けていないとしてもされた事は同じだ。
悲しみを感じると、急にまた絶望感が押し寄せてくる。
『も……、やだっ……。本当に……佑さんに合わせる顔がない……っ。こんな私、嫌われて当然だ……っ』
香澄はまた嗚咽し始める。
『可哀相ね、カスミさん』
エミリアは姉のように香澄を抱き締め、何度もその頭を撫でてくれた。
女性らしい香水の匂いに包まれ、香澄は少し安堵しつつ静かに涙を流す。
エミリアに抱き締められて涙を流し、どれぐらい経っただろうか。
『ねぇ、カスミさん。提案なんだけれど、少しカイと離れて私と過ごしてみない?』
『え?』
突然の提案に、香澄は目を瞬かせる。
『このままだとカイの側にいづらいでしょう? あなたはカイの秘書として働いているようだけれど、休暇をもらってしまいなさい。日本人にもバカンスは必要よ』
『で、ですが私ちょっと前に骨折をして、長く休んで復帰したばかりなんです』
『じゃあ、週明けからまたカイの秘書として、彼の側で働くの? 仕事が終わったらカイと同じ家で一緒に過ごせる?』
エミリアに尋ねられ、香澄の心がグラグラ揺れる。
こんな状況でまず佑の顔を見られる自信はない。
彼と同じ空間で過ごすなど、到底無理だ。
もし自分と佑の関係を破綻させるなら、すべてから逃げ出して東京で得たすべてを捨てなければいけない。
だがまだ少しでもやり直したいと思うなら……、と思うが、やはり冷却期間は必要ではないかと思った。
『……ありがとう、ございます』
『さっきカイが来たけど、追い返しておいたわ。まだ会える状態じゃないでしょう?』
『そう……ですね』
あまりのショックに、佑の事はぼんやりとしか覚えていない。
エミリアの部屋に連れて来られてから、廊下越しに騒がしい物音が聞こえたが、それもやがて静かになった。
『本当にごめんなさいね、うちの躾のなってない駄犬が粗相をして。日本人の女の子が珍しかったのかしら』
隣に座ったエミリアは香澄の肩を抱き、ときおりポンポンと落ち着かせるように撫でてくれた。
絶叫し続けたせいか、喉がジンジンと痛い。
『……どう、したらいいんでしょう……。私……佑さんに合わせる顔がないです……』
『レイプされたんだもの。カスミさんの心の傷は理解するつもりだわ』
『レイプ……』
エミリアの言葉を、香澄は思わずオウム返しに呟いた。
ずっと他人事に思っていた〝大変な事件〟が、自分にも降りかかったのだ。
自分は簡単に男性についていかないから大丈夫。
夜遊びをしないから大丈夫。
しっかりしているから、いざとなったら助けを求めて暴れられるはず。
世間の被害女性を気の毒に思う反面、内心ではそう思っていたのも否めない。
――いや、漠然とした意識の中で思いだしたように、自分はずっと昔に健二にレイプされていた。
彼は合意と思っていても、香澄は合意していなかったあれはレイプだ。
あの時、二度と同じ過ちを繰り返すかと自分に誓ったのに、佑の知り合いだからという理由で、あっさり信じてこんな目に遭ってしまった。
(調子に乗ってたからだ。佑さんたちが一緒だからって、調子に乗ってお酒飲んでたから……。いつもなら二人きりにならなかったかもしれない。佑さんの知り合いだから、無条件で信頼していたのかも。…………いや、そうじゃない。なんでも佑さんに絡めるのは間違えてる。私が、悪かったんだ。私が、単純で、浅はかで、愚かだった……)
最後には自分を責め、香澄は溜め息をついた。
そんな彼女の肩を、エミリアがポンポンと叩いてくる。
『ショックなのは分かるつもりよ。私の知り合いにもレイプに遭った子がいる。表に出ないだけで、世界中でレイプは横行しているわ。望まない子を出産した人もいる。その中の一人にすぎないと思っても、自分の事ですもの、ショックよね』
身近なところに被害者がいると聞かされ、香澄は興味を持つ。
『……そのお知り合いの方はどうされたんですか?』
『彼女は仕事帰りに襲われて、暴力を受けレイプされたわ。事件のあとまっすぐ病院に向かって、アフターピルを飲んだ。そのあと、しばらくカウンセリングを受けていたようだけれど、今は仕事に復帰しているわね。けれど何年も心の傷を引きずる人もいるし、トラウマからの復活には個人差があるわ』
ただ犯されただけでなく、殴るなどの暴力も受けたと知りゾクッとする。
思わず香澄はマグカップを置き、自分を抱き締めた。
自分は幸いな事に、マティアスに犯されている現場を覚えていない。
不幸中の幸いにも思えるが、暴力を受けていないとしてもされた事は同じだ。
悲しみを感じると、急にまた絶望感が押し寄せてくる。
『も……、やだっ……。本当に……佑さんに合わせる顔がない……っ。こんな私、嫌われて当然だ……っ』
香澄はまた嗚咽し始める。
『可哀相ね、カスミさん』
エミリアは姉のように香澄を抱き締め、何度もその頭を撫でてくれた。
女性らしい香水の匂いに包まれ、香澄は少し安堵しつつ静かに涙を流す。
エミリアに抱き締められて涙を流し、どれぐらい経っただろうか。
『ねぇ、カスミさん。提案なんだけれど、少しカイと離れて私と過ごしてみない?』
『え?』
突然の提案に、香澄は目を瞬かせる。
『このままだとカイの側にいづらいでしょう? あなたはカイの秘書として働いているようだけれど、休暇をもらってしまいなさい。日本人にもバカンスは必要よ』
『で、ですが私ちょっと前に骨折をして、長く休んで復帰したばかりなんです』
『じゃあ、週明けからまたカイの秘書として、彼の側で働くの? 仕事が終わったらカイと同じ家で一緒に過ごせる?』
エミリアに尋ねられ、香澄の心がグラグラ揺れる。
こんな状況でまず佑の顔を見られる自信はない。
彼と同じ空間で過ごすなど、到底無理だ。
もし自分と佑の関係を破綻させるなら、すべてから逃げ出して東京で得たすべてを捨てなければいけない。
だがまだ少しでもやり直したいと思うなら……、と思うが、やはり冷却期間は必要ではないかと思った。
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