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第八部・イギリス捜索 編

裏切り

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「お前ら、さんざん香澄、香澄って人の女をもてはやしておいて、香澄があんな目に遭ったらソレか?」
「僕らだって本当にカスミを大事に思ってる」
「じゃあ……!!」

 ――なぜ自分と同じように怒りを示さないのだと怒鳴りかけ、――やめた。

 痛いほどの沈黙が落ちたあと、クラウスが口を開く。

「僕はちょっとマティアスの様子を見てくる」

 クラウスが部屋から出て行き、佑の前にはアロイスが立つ。

「タスク。お節介だけど、今はマティアスをどうこうするよりも、カスミのケアを考えた方がいいんじゃないか?」
「…………分かってる」

 指先に思い出したのは、冷え切った香澄の肌だ。
 まるで本当の陶器のように、滑らかなのにひんやりとしていて、とても可哀相だった。

「……あいつ、香澄の中に出しやがった……」

 青ざめた香澄の顔を思い出し、自分しか触ってはいけないはずの太腿のぬめりを思い出し、また涙が零れる。

 ピルを飲んでいるからいいとか、そういう問題ではない。
 マティアスは佑と香澄がまじめに積み上げていったものを、土足で蹴散らして汚いモノで汚したのだ。

 エミリアの側には、常にマティアスの姿があった。
 物静かで賢くて、口数は少なくてぶっきらぼうだが、信頼の置ける人物だと思っていた。

 エミリアはとお嬢様っぽくおっとりとしているが、どこかそそっかしく危なっかしい所もある。
 マティアスはそんな彼女を側で支え、その主従関係は理想的に思えた。

 少なくとも佑にとって、マティアスもまた信頼する幼馴染みだったのだ。

 それを、――――裏切られた。

「なぜ」と何万回尋ねて答えを聞いても、今は納得できる自信がない。
 酔っ払ったか弱い香澄を、裸にひん剥いて犯すほどの悪行を〝是〟とできないのだ。

 香澄に落ち度があったとする。

 仮に――考えられないが、香澄からマティアスを誘ったとしよう。
 それでも自分は香澄に怒りを抱くより、誘いに乗ったマティアスを怒るだろう。

 自分の女を――、妻にすると決めた運命の女を、陵辱された。

「…………殺してやりたい……」

 次から次へと涙が溢れ、熱くかすれた声が怨嗟の言葉を発する。

「明日の朝、カスミを自分で慰めなよ。何があったかは今クラが聞いてるだろうし、マティアスの上司はエミだ。彼女に沙汰を任せよう」

「あいつを破滅させるまで、俺は諦めない」

 ゆらりと立ち上がった佑を見て、アロイスは深い溜め息をついた。

「じゃあ、もう少し事態を冷静に見て、最後まで結末を追いなよ。少なくとも今の怒りにかられたタスクには、この事件を最後まで見守る資格はないと思うけど」

 突き放した言い方に思わず怒りを覚える。

「お前は……っ、人を愛した事がないからそんな事が言えるんだ!!」

 迸った佑の怒号に、アロイスは無表情のまま肩をすくめた。

「その気になれば簡単に日本で彼女作れたタスクはいいよね。俺たちは本当に、これからだと思ってるんだけど」

 彼の言葉の意味など考えず、佑は「知るか!」と吐き捨てる。
 また沈黙が落ちたあと、アロイスがゆっくりとリビングに向かいながら言った。

「悪いけど、今夜はタスクを見張らせてもらうよ。本当にマティアスのこと殺しかねないから。クラにはマティアスを見張ってもらってるし、これなら安心だろ?」

「――――勝手にしろ」

 吐き捨てるように言った佑はジャケットを脱ぎ捨て、残っていた水を飲み干した。

 頭の片隅では「冷静にならなければ」と思い、アロイスの言い分も正しいと理解している。

 だがどうしても、愛する香澄の無残な姿と悲鳴が、脳裏と耳の奥にこびりついて離れない。
 彼女を哀れみ抱き締めて慰めたいと思うほど、拒絶された時のショックが浮き彫りになった。



 その後、少し冷静になってからエミリアの部屋に向かったが、「眠っているから」と追い返されてしまった。



**



 錯乱状態から落ち着いた香澄は、バスローブ姿のまま白湯を飲んでいた。

 エミリアが持ち歩いているという、アフターピルを渡してきたので、素直にそれを飲んだ。

 あとから冷静になると普通にピルを飲んでいたので、妊娠の恐れはないはずだった。

 だが動転した香澄は、迷いなくエミリアから受け取ったアフターピルを飲んでしまった。
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