上 下
384 / 1,544
第八部・イギリス捜索 編

形にならない悪意

しおりを挟む
「悪気はない感じだった。私に好意を持って色々調べていたら、見つけてしまったという感じだったけれど……」

「他にも、陽菜さんの誕生日をフライングで祝ってきた。これ、大した事じゃないように思えるけど、ドイツではタブーなの。あと、『ドイツで可愛い鏡を買ったから送る』って言って、国際郵便で送られてきた鏡が割れてた。これも同じ。向こうでは『この先七年は幸運に見放される』って言われてる。不吉だし、日本でもあまりいい意味には取られないと思う。律がエミリアに『割れてた』って言ったら、本当に申し訳なさそうにして、『荷物の扱いが悪かったと思う。ごめんなさい』って言ってて……。そりゃあ、確かに国際郵便での荷物は、ボンボン投げられるし、中身が破損するのもおかしくない。……けど、私は偶然とは思えなかった」

 澪が怒って言い、足でトントンと床に音を立てる。

「それにあの女、律と陽菜さんから聞いた時、別れ際に握手している時に腕をクロスさせてたみたい」
「それも……ドイツの?」

 向こうの縁起の悪い事にはうとい香澄は、澪に尋ねる。
 すると彼女はまじめな顔で頷いた。

「ドイツ人は複数人で握手する時、わざわざ立ち位置を変えるほど、腕が交差しいないように気をつけてる。ほら、十字架に見えるしちょっとデリケートでしょ」

「あぁ……」

 ドイツならではの特別なタブーを思い出し、香澄は頷く。

「あの女、振る舞いは〝人のいい大人の女〟を貫いてる。だから心の底でどれだけの悪意があるのかは分からない。絶対に言葉でそれと分かるような悪口は言わないし、ちょっとでも私がムッとして強めに言ったら、逆に私が悪いみたいな空気になる」

 苛ついた澪は、乱暴な溜め息をついた。

「佑と双子がアパレルやってるからって、追いかけるように自分もアパレルブランドを立ち上げた。あの女そのものには何の能力もセンスもないから、デザイナーを雇ってプロデュースしている感じ。けど一応経営者だし、たまにその経営者マウントとか、年収がどうたらとか聞かされて鼻につく。佑たちはビジネスの話だと思って正面から受け止めてるけど、私は女だからその言葉に込められた微妙なマウントを嗅ぎ取っちゃうんだよね」

 澪は前髪を掻き上げて天井を仰ぐ。

「……今までの事も、善意が裏返ってしまったとも言えるし、百パーセント嫌がらせをされていたとは言い切れない。……けど、『何となく嫌な感じがする』っていう直感は、香澄さんも大切にしてほしいの」

 陽菜に言われ、香澄は「はい」と頷いた。

 この二人が、自分に悪い事をわざわざ教えると思えない。

 確かに初対面の人を前知識で悪く思うのは良くないが、自分の絶対的味方の忠告はきちんと聞かなければいけない。

 澪も陽菜も、御劔家の女性であり相応の苦労はしているはずだ。
 香澄を形だけいびるのはアンネが役を請け負っているとして、澪はそんな母親をからかっている始末だし、陽菜に至っては他人に悪意を持つような女性に見えない。

「ありがとうございます。ご忠告、しっかり胸に刻みます」

 ぺこりと頭を下げると、二人とも安心したように笑みを漏らした。

「じゃ、トイレ行こうか」

 再び歩き出した澪が、溜め息混じりに言う。

「本当は今日、あの女がいるって知って、私は来たくなかった。でも香澄さんに言う事を言っておかないとって思って。食事が終わったらすぐ帰ると思うけど、それはごめんね」

「いいえ」

 その後、三人で手洗いに入って用を足し、改めてレストランに戻った。





 席に戻った頃には、全員食前酒を飲みながら談笑をしていて、香澄も遅れて飲み物を注文した。

 今日は佑が一緒だからいいかと思い、他の人と同じようにシャンパンをオーダーする。

 エミリアの秘書だというマティアスは、とても寡黙な男性だった。

 見た目はブルーアイに茶色い髪をしていて、精悍な顔立ちの美形だ。
 美形と言っても佑たち兄弟や双子は華々しい感じがするが、マティアスは男性フェロモンが強めの美形と言っていい。
 もみあげや側頭部を軽く刈り上げたソフトツーブロックの髪型で、体型も佑たちに負けずしっかりとしている。

 食事中は双子と翔がよく喋って会話を先導し、それに佑と律、澪が相槌を打つ。

 香澄と陽菜は積極的に口を挟まないが、エミリアはどちらでもなく、自分が気になった時に口を挟み、あとは黙ってきているという、リラックスした形だった。

 メイン料理の時間になると、個室のグリルにはシェフが来てくれて、全員の前で肉などを焼いてくれていた。
 全員よく食べ、よく飲んでいる。

 香澄も少しいい気分になって、ずっと黙っているマティアスに話しかけてみた。

『マティアスさんは、エミリアさんの部下ですが、恋人でもありますか?』

 尋ねると、彼は一瞬目を丸くした。









 今月もアルファポリスさんから投稿インセンティブを頂きました。
 いつも読んでくださる皆様のお陰です。
 アマゾンギフト券にして、作業のお供にしているとうきび茶を買わせて頂きます!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ミックスド★バス~家のお風呂なら誰にも迷惑をかけずにイチャイチャ?~

taki
恋愛
【R18】恋人同士となった入浴剤開発者の温子と営業部の水川。 お互いの部屋のお風呂で、人目も気にせず……♥ えっちめシーンの話には♥マークを付けています。 ミックスド★バスの第5弾です。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

社長の奴隷

星野しずく
恋愛
セクシー系の商品を販売するネットショップを経営する若手イケメン社長、茂手木寛成のもとで、大のイケメン好き藤巻美緒は仕事と称して、毎日エッチな人体実験をされていた。そんな二人だけの空間にある日、こちらもイケメン大学生である信楽誠之助がアルバイトとして入社する。ただでさえ異常な空間だった社内は、信楽が入ったことでさらに混乱を極めていくことに・・・。(途中、ごくごく軽いBL要素が入ります。念のため)

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

【R18】豹変年下オオカミ君の恋愛包囲網〜策士な後輩から逃げられません!〜

湊未来
恋愛
「ねぇ、本当に陰キャの童貞だって信じてたの?経験豊富なお姉さん………」 30歳の誕生日当日、彼氏に呼び出された先は高級ホテルのレストラン。胸を高鳴らせ向かった先で見たものは、可愛らしいワンピースを着た女と腕を組み、こちらを見据える彼の姿だった。 一方的に別れを告げられ、ヤケ酒目的で向かったBAR。 「ねぇ。酔っちゃったの……… ………ふふふ…貴方に酔っちゃったみたい」 一夜のアバンチュールの筈だった。 運命とは時に残酷で甘い……… 羊の皮を被った年下オオカミ君×三十路崖っぷち女の恋愛攻防戦。 覗いて行きませんか? ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ ・R18の話には※をつけます。 ・女性が男性を襲うシーンが初回にあります。苦手な方はご注意を。 ・裏テーマは『クズ男愛に目覚める』です。年上の女性に振り回されながら、愛を自覚し、更生するクズ男をゆるっく書けたらいいなぁ〜と。

【R18】エリートビジネスマンの裏の顔

白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます​─​──​。 私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。 同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが…… この生活に果たして救いはあるのか。 ※サムネにAI生成画像を使用しています

若妻シリーズ

笹椰かな
恋愛
とある事情により中年男性・飛龍(ひりゅう)の妻となった18歳の愛実(めぐみ)。 気の進まない結婚だったが、優しく接してくれる夫に愛実の気持ちは傾いていく。これはそんな二人の夜(または昼)の営みの話。 乳首責め/クリ責め/潮吹き ※表紙の作成/かんたん表紙メーカー様 ※使用画像/SplitShire様

【R18】鬼上司は今日も私に甘くない

白波瀬 綾音
恋愛
見た目も中身も怖くて、仕事にストイックなハイスペ上司、高濱暁人(35)の右腕として働く私、鈴木梨沙(28)。接待で終電を逃した日から秘密の関係が始まる───。 逆ハーレムのチームで刺激的な日々を過ごすオフィスラブストーリー 法人営業部メンバー 鈴木梨沙:28歳 高濱暁人:35歳、法人営業部部長 相良くん:25歳、唯一の年下くん 久野さん:29歳、一個上の優しい先輩 藍沢さん:31歳、チーフ 武田さん:36歳、課長 加藤さん:30歳、法人営業部事務

処理中です...