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第八部・イギリス捜索 編

第八部・序章3 知らない間に広まった話

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(だとしたら美味しいお惣菜にならないとなぁ……)

 口の中の物をモグモグと咀嚼していると、トレーにコーヒーを二つ載せた佑が戻ってきた。

「どうぞ、赤松さん」
「ありがとうございます、社長」

 呼び方は社内のものであっても、休憩時間になるとやや雰囲気が柔らかくなる。

 いつもなら香澄が秘書としてお茶を淹れる立場だが、佑は社食では、先に食べ終わるとこうやってコーヒーを持ってきてくれる。

 その気遣いがこそばゆい。
 けれど同時に周囲の目も少し気にしてしまう。

 目の前の三人は、ニヤニヤとして「ごちそうさま……」と生暖かい目で二人を見ていた。

「そうだ。今さらかもしれませんが、飯山たちが来なくなる前に、社長と赤松さんの関係をペラペラしゃべったんですが、あれ……いいんですか?」

 不意に成瀬が声のトーンを低くし、少し真剣な表情で言ってくる。

 社員旅行の温泉の時に、飯山が佑を怒らせた際、彼が自分から香澄との関係を話したのを、香澄は把握していない。

 ただ、復帰して今日が一日目だが、やけに人の視線を感じるなとは思っていた。
 社員食堂に入った時は、その場にいた全員からバッと見られた感じがして、ドキッとした。

 佑と一緒にいる姿を見て、皆ヒソヒソ言っているので彼がらみとは思っていたが……。

(うわあああ……)

 ようやく理解した香澄は、しょっぱい顔をしてコーヒーにミルクを入れる。

「すまない、赤松さん。色々事情があって、飯山さんには本当の事を言わざるを得なかった。改めて口止めする雰囲気ではなかったし、この際バレてもいいと俺は思ったから、独断と偏見で彼女を放置しておいた」

 佑はまったく動じず、香澄に説明してくる。

「……私が休みの間、何も言われなかったんですか?」

 うめくように尋ねると、佑は少し斜め上を見て何かを思い出すそぶりを見せた。

「好意的に捉えてくれている人には、囲まれて色々聞きたがられたかな」
「う……、うん……、んん……」

 いいとも悪いとも言えず、香澄はうなる。

「……否定的な人もいますよね? 社長に憧れている女性とか……」
「あー……。そういうのは、……いるにはいたけど、特に気にしなくていい」

(気にせざるを得ません!)

 香澄は心の中で思いきり突っ込む。

「私らも、赤松さんと仲がいいからって、色々聞かれたけど、まー、外野が何を言っても事実は変わらないもんね?」

 水野が言い、残る二人が「そうそう」と頷く。

「そりゃあ、嫉妬されたりとか噂になるのは当然かもしれないけど、悪い事してないんだから放っておきなよ。社内恋愛は禁止されてないし、社長だって役員にはある程度のプライベートは話していると思うし。……ですよね?」

 荒野が佑に尋ねると、彼は「ああ」と頷いた。

「赤松さん面識のあるChief Everyの主な役員たちには、俺と彼女のプライベートはすでに話してあるし、仮に社員たちに知られたとしても問題にならないと判断している。もし何か尋ねられた場合の回答も用意してあるし、これが外部に漏れてマスコミに知られた時の対応も決めてある」

(マスコミ!)

 香澄はカフェオレにしたコーヒーを飲みながら、クワッと目を見開く。

「赤松さん、そんな絶望した顔しないでさぁ。どうせ、お付き合いしていずれ結婚するなら、誰にだって知られる運命だよ」
「……確かに、そうですが……」

「私たちはいつもこうやって社食とかで一緒させてもらうし、防風林にはなれるつもりだよ?」

 水野に言われ、彼女たちの優しさにジーンとする。

「ありがとうございます……」
「だから、新鮮なネタを提供してね」

 成瀬がニカッと笑い、香澄は思わず「そこですかぁ……」と弱り切った声を出して項垂れた。

 一旦会話が終わり、香澄は時間を確認してから佑に話しかける。

「社長、私お昼休み終わる前に、カフェに行って抹茶ラテを買ってきます。先方がお好きと伺っているので、ご用意したら喜んで頂けるかと思いまして」

「ああ、ありがとう。じゃあ、俺の分もブラックコーヒー頼むよ。いつものカフェのやつ」
「かしこまりました」

 三人はそんな二人のやりとりを微笑ましく眺めている。

「ねぇ、赤松さん。時間のある時でいいから今度飲まない?」
「はい、喜んで」

「ドイツでの話とか聞きたいんだぁ」
「そうそう。向こうの話とか、向こう〝での〟話とか」

 言葉に込められた意味をあまり考えないようにし、香澄はスマホを開いてスケジュールアプリを確認する。
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