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第七部・双子襲来 編

思い出への嫉妬

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(何だろうな、この気持ち。言うまでもなく今の方が幸せなのに、一人で気ままに生活していた時も別の幸せがあったんだよなぁ)

 信号を渡りながらぼんやり思っていると、向かいの歩道についたタイミングで佑に肩を抱かれた。

「んっ?」

 驚いて我に返ると、佑が妙に真剣な眼差しでこちらを見つめている。

「な、……なに?」
「……元の生活が恋しくなった?」

 ズバッと見透かされた事に、一瞬呼吸が止まりかけた。

「え……。え? なんで……」

 誤魔化そうとして、ぎこちなく笑う。

 周囲は「あの御劔佑が往来で女性の肩を抱いている」と注目していた。
 中には足を止め、次に何が起こるのか見ている者もいる。

「タスク、ダメ!」
「Bleib!(待て!)」

 ところが双子が両側から佑に待ったを掛け、クラウスなどは犬へのコマンドを出している。

「街中でおっぱじめるなよ」
「そうそう。散々僕らにモラルがどうのって言ってたやつが、自分のこと棚に上げんなよ」

「…………」

 さすがに双子に注意されてばつが悪くなったのか、佑は溜め息をついてから、しぶしぶと手を離した。

「あ……赤レンガ、写真に撮るんですよね? 行きましょうか。もう少し近付いた方が綺麗に写真撮れると思います」

 香澄が歩き出し、佑と双子もそれに続く。

 始まったかもしれない〝何か〟が未遂に終わり、また人々の流れはもとに戻ってゆく。
 だが〝世界の御劔〟や見目麗しい双子を気にする余裕のある者は、四人のあとをついてくる。

 ビルと街路樹の向こうに、ヨーロッパの屋敷を思わせる建物が見える。

 双子たちが撮影タイムに入ったあと、香澄はぽつんと呟いた。

「……昔の事を思い出したけど、別に前の生活に戻りたいとは思っていないよ?」

 佑は一歩歩きかけて止まった。
 振り向いた彼は、安堵したようなまだ疑っているような、余裕のない目で見てくる。

 双子は離れた場所でスマホを構え、写真を撮っている。

「……確かに今、八谷時代の事を思い出してたよ。でも……その。懐かしいけど、そういうのじゃないの。戻りたいとか、『今より前がいい』って思ったんじゃなくて……。上手に言えないけど。ただ、懐かしかっただけなの」

 言い訳めいた言葉ばかりが、ポロポロと唇から零れてゆく。

 何もかも手にしているはずの彼が、縋り付くような目で自分を見ているのが落ち着かない。
 佑もそれを自覚しているようで、ため息をついて視線を逸らした。

 余裕のない彼を見て、香澄は「……あぁ、もう」と堪らず佑の手を握った。

 ――好きで堪らない。

 こんなくだらない事で、あの完璧な佑が心を乱している。
 自分みたいなどこにでもいる女のために、悩んでくれている。

「求められている」という愉悦が、とろりと香澄を満たす。

 心配されて喜ぶだなんて、〝面倒な女〟みたいだ。

 大人の女性なら、どっしりと構えて大切な人を不安にさせず、余裕のある恋愛をするはずなのに。

 なのに自分ときたら、昨晩ひどい嫉妬をして佑を困らせたばかりだ。

 今は佑の不安を手に取るように感じ、「大丈夫だよ」と優越感に浸って彼を慰めようとしている。

 ――なんて性悪なんだろう。

 そんな自分に溜め息をつきつつも、香澄は佑の目を見つめた。

「私、今が一番幸せだから」
「……ああ」

 飴玉のように綺麗な色の目が、切なく細められる。

 彼は今、何を思っているだろう。
 佑が知らない香澄の学生時代や、札幌での日々を思い、心を悩ませているのだろうか。

 分からない。

 言ってくれなければ、分からない。

 それでも、佑は子供のように思った事をすべて口にする人ではない。
 言うべき事は言うが、思いつきをポンポン口にせず、熟考して話す人だ。

「佑さんが、一番だからね?」
「……ああ」

 彼を安心させるための言葉を口にしているのに、佑は切なげな、つらそうな顔をする。

「――行こうか」

 佑は歩き出し、香澄も慣れ親しんだ景色の中を歩く。

 双子は移動し始めた二人に気付き、追いついてから呆れた声を出した。
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