上 下
278 / 1,544
第六部・社内旅行 編

胸くそ悪い証拠

しおりを挟む
 佑は当初の予定通り、社員たちと宴会場で夕食をとってカラオケなどに付き合い、男性社員と一風呂浴びたあと、香澄が待つ旅館に戻るつもりだった。

 一人で食事をさせてしまうのは申し訳ないが、本来の目的はこちらなので仕方がない。

(今度本当の意味で二人きりで訪れて、ゆっくり過ごしたいな)

 普段は人前で歌わないが、海外の有名な男性ヴォーカルの歌を披露すると、予想以上に歓声を浴びて逆に引いてしまった。
 男性社員と大浴場に入った時、やけに下半身を注目されたが放っておく。

 寝る前に自由行動……という時間になって、浴衣から服に着替えてそっとホテルを出た。

 その時、「社長」と女性の声がした。

 振り向くと浴衣姿の飯山がこちらにやって来る。
 風呂上がりなのか髪をおろしているが、メイクはばっちりだ。

 内心「やれやれ」と溜め息をついてから、「何か用か?」と社長として返事をする。

「外出されるんですか?」

 飯山は佑の隣に立ち、一緒に自動ドアをくぐって外に出る。
 彼女は夏の夜風を浴びて「気持ちいい」と呟き、ライトアップされたホテルを振り仰ぐ。

「ねぇ、社長。これから一杯だけ飲みに行きませんか?」

 飯山が一歩佑に近付き、上目遣いに微笑んでくる。

「残念だけど、そういう気分じゃない」

 そう。佑は一刻も早く香澄のもとに戻りたい。
 その想いだけが胸を満たしている。

 ――が、もう一つの想いもあるのだが……。

「……好きなんです」

 ホテルの前だというのに、飯山はいきなり佑に抱きついてきた。

 浴衣の下に下着をつけていないのか、はたまたレースのみの下着なのか、ムニュッと胸の感触がする。
 飯山がいつもつけているバラの香水の香りがし、ツヤツヤと濡れた紅い唇の下に胸の谷間が見えた。

「初めて見た時から、社長しか目に入っていません。私、社長のために一生尽くします」

 徹底的に美白にこだわった頬が、ほんのりと赤く染まっている。
 押しつけられた胸元から、飯山の鼓動も伝わってきた。

 普通なら、申し訳ないという気持ちと共にやんわりと断っていただろう。

 ――そう、〝普通〟なら。

「……君が何を思っていても、彼女に手を出さず普通の社員として振る舞ってくれるなら、俺も目をつむっていようと思った」

 佑は一つ息をつき、それまでの〝社長〟としての雰囲気を消す。
 代わりに一人の男としての怒りを目に宿し、夏場だというのに冷気すら感じさせる目で飯山を見下ろした。

「……え?」

 うっとりと佑に抱きついていた飯山は、微かに身を強ばらせて佑を見る。

「気付いていないとでも思ったのか? 彼女を侮辱して、松葉杖を蹴って転倒させ、激痛をあじわわせても、誰も見ていないと思ったか?」

 静かに、淡々と佑は飯山に久住から報告されていた事を話す。
 顔を引きつらせた飯山は後ずさろうとしたが、その肩を佑がしっかりと掴み離さない。

「どうした? 俺に抱きつきたかったんだろう?」

 冷たく笑われ、飯山は初めて佑に対して恐怖を覚えたようだった。
 そんな彼女の肩をトンッと押したあと、佑はポケットからスマホを取り出し、飯山にとある動画を見せた。

『そんなの、枕で勝ち取ったに決まってるよねー』

 動画は途中からだったが、ちょうど決定的な言葉から再生された。

「これ……っ」

 顔を青ざめさせた飯山に、佑は無表情のまま動画を見せる。

 動画は、佐野が撮っていた。
 本来ならこんなもの胸くそ悪くて見たくなかったが、世の中、胸くそ悪いものほど、立派な〝証拠〟となる。

「この際だから、ハッキリ言っておこう。君のような女性にほんの僅かでも勘違いされていては困る」

 動画を止め、佑は飯山を見据えたまま告げた。

「赤松香澄さんは、俺の婚約者だ。俺が彼女に一目惚れをして、無理を言って東京に来てもらった。彼女が嫌がるのを説き伏せ、秘書になってもらった」

 決定的な言葉に、飯山は動きを止め、また頬をひきつらせる。

「どう……して……」

 ルージュを塗った唇が震えたかと思うと、次に彼女はヒステリックに叫んでいた。

「どうしてですか!? あんなポッと出の田舎くさい女に! 社長が惚れる訳がないでしょう!」
「彼女が田舎くさい? なら、君は化粧臭い、かな」

 温厚で上品な〝御劔社長〟とは思えない言葉に、飯山は目を見開く。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ミックスド★バス~家のお風呂なら誰にも迷惑をかけずにイチャイチャ?~

taki
恋愛
【R18】恋人同士となった入浴剤開発者の温子と営業部の水川。 お互いの部屋のお風呂で、人目も気にせず……♥ えっちめシーンの話には♥マークを付けています。 ミックスド★バスの第5弾です。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

社長の奴隷

星野しずく
恋愛
セクシー系の商品を販売するネットショップを経営する若手イケメン社長、茂手木寛成のもとで、大のイケメン好き藤巻美緒は仕事と称して、毎日エッチな人体実験をされていた。そんな二人だけの空間にある日、こちらもイケメン大学生である信楽誠之助がアルバイトとして入社する。ただでさえ異常な空間だった社内は、信楽が入ったことでさらに混乱を極めていくことに・・・。(途中、ごくごく軽いBL要素が入ります。念のため)

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

【R18】豹変年下オオカミ君の恋愛包囲網〜策士な後輩から逃げられません!〜

湊未来
恋愛
「ねぇ、本当に陰キャの童貞だって信じてたの?経験豊富なお姉さん………」 30歳の誕生日当日、彼氏に呼び出された先は高級ホテルのレストラン。胸を高鳴らせ向かった先で見たものは、可愛らしいワンピースを着た女と腕を組み、こちらを見据える彼の姿だった。 一方的に別れを告げられ、ヤケ酒目的で向かったBAR。 「ねぇ。酔っちゃったの……… ………ふふふ…貴方に酔っちゃったみたい」 一夜のアバンチュールの筈だった。 運命とは時に残酷で甘い……… 羊の皮を被った年下オオカミ君×三十路崖っぷち女の恋愛攻防戦。 覗いて行きませんか? ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ ・R18の話には※をつけます。 ・女性が男性を襲うシーンが初回にあります。苦手な方はご注意を。 ・裏テーマは『クズ男愛に目覚める』です。年上の女性に振り回されながら、愛を自覚し、更生するクズ男をゆるっく書けたらいいなぁ〜と。

【R18】エリートビジネスマンの裏の顔

白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます​─​──​。 私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。 同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが…… この生活に果たして救いはあるのか。 ※サムネにAI生成画像を使用しています

若妻シリーズ

笹椰かな
恋愛
とある事情により中年男性・飛龍(ひりゅう)の妻となった18歳の愛実(めぐみ)。 気の進まない結婚だったが、優しく接してくれる夫に愛実の気持ちは傾いていく。これはそんな二人の夜(または昼)の営みの話。 乳首責め/クリ責め/潮吹き ※表紙の作成/かんたん表紙メーカー様 ※使用画像/SplitShire様

【R18】鬼上司は今日も私に甘くない

白波瀬 綾音
恋愛
見た目も中身も怖くて、仕事にストイックなハイスペ上司、高濱暁人(35)の右腕として働く私、鈴木梨沙(28)。接待で終電を逃した日から秘密の関係が始まる───。 逆ハーレムのチームで刺激的な日々を過ごすオフィスラブストーリー 法人営業部メンバー 鈴木梨沙:28歳 高濱暁人:35歳、法人営業部部長 相良くん:25歳、唯一の年下くん 久野さん:29歳、一個上の優しい先輩 藍沢さん:31歳、チーフ 武田さん:36歳、課長 加藤さん:30歳、法人営業部事務

処理中です...