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第六部・社内旅行 編

会いたくなかった人との遭遇 ★

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 佑が出て行ったあと、香澄は少し休憩してから温泉街を歩いてみる事にした。

 社員と鉢合わせするのは怖かったが、日本で最も有名と言っていい温泉の一つで、観光客も当たり前に大勢いて賑わっている。
 紛れてしまえばまず分からないのでは? と思ったのだ。

 それに、草津温泉は初めて来たので、旅館だけではなく温泉街の雰囲気を楽しみたいという気持ちもある。
 あとで佑に何か言われそうだが、散歩をするぐらいならいいだろう、と一人で言い訳をした。

 松葉杖で歩くのは多少目立ってしまうが、怪我を治すのが目的で温泉に来る人もいるだろうし、目を瞑ることにした。

 まず観光写真に多用され、テレビでも紹介される湯畑をカメラに収めたいと思った。
 幸い旅館からの距離は遠くなく、徒歩十分以内で辿り着ける。

 香澄から距離をとって、久住と佐野も歩いている。

 観光地の割に外国人観光客はそれほど多くなく、パッと見て目に付くのは日本人ばかりだ。
 草津に来るまで車内で佑から聞いた話では、近年になって湯畑のライトアップなどで集客力がグッと上がったらしい。
 いわゆるSNS映えするムーディーな湯畑を目当てに、夜に出歩く若者も増えたようだ。

(温泉饅頭とか買い食いしてみようかな。温泉で作った温泉玉子と、普通の温泉玉子とどう違うかな?)

 目に付く看板を見て何とはなしに考え、香澄はまず湯畑をスマホのカメラに収めた。

 上手に写せたかスマホを確認していた時、思いもよらない声が耳に入る。

「あれっ? 赤松さん!?」

 ギクッとして顔を上げると、Chief everyの社員がいた。
 しかも仲良くしている三人組から、「あの人たちは気を付けた方がいいよ」と言われていた飯山たちだ。

「ど……どうも……」

 固まったまま、香澄はぎこちない笑みを浮かべる。

 飯山は今日もばっちりとメイクも髪も服も決めていて、一部の隙もない。
 温泉地だというのにヒールを履いてくるところも流石だ。
 赤い口紅を塗った唇を少し開き、飯山は「あー……」と長く声を出しつつ何度か頷いた。

「もしかして、社長に連れてきてもらった?」

 鋭く言い当てられ、香澄はギクリとする。

「だって、バスの中にいなかったよね? 同じバスの中に秘書課の人もいたけど、そこにはいなかったし、社長秘書だったら、社長と一緒に行動していてもおかしくない」
「そう……、ですね」

 そこまで見抜かれていたのなら、頷くしかない。
 へたに意地を張って否定し続けても、あとからボロが出た時に余計に立場が悪くなる。

「へぇぇー……。社長秘書ってそういう特権もあるんだ。いいなぁー」

 これほど、居心地の悪くなる「いいな」はない。
 香澄は唇をキュッと引き結び、湯畑の方を見る。

「それで、たいそうな怪我をしてるっぽいけど、仲良くしてる秘書課の子が、赤松さんを見かけなくなったのが社長がドイツに行った頃って言ってたんだ。もしかして、ドイツに同行してて、何かあった?」

(どこまで知ってるんだろう?)

 香澄はタラタラと冷や汗を掻き、必死にいい返事を探そうとする。

 視界の隅が久住と佐野が緊張した顔をし、すぐに何にでも対応できるよう構えていたが、香澄は彼らの方を見て首を左右に振った。
 ここで、香澄個人に護衛がついているなど知られたら、余計に飯山たちが逆上しそうだ。

「……確かに、仕事の一環でドイツへの出張に同行しました。私がどんくさいもので、車に轢かれてしまいまして……。社長にも松井さんにも、多大なご迷惑をおかけし、現在早く直せるよう努力している途中です」

 下手に出てぺこりと頭を下げても、彼女たちの攻撃的な雰囲気は止まらない。

「へぇー……。それで、松葉杖ついてるのに、社長秘書だから特別に社長と一緒に温泉に来たの? 社長秘書ってそこまで優遇されてるんだ。いいなぁー」

 また「いいな」と言われ、香澄は小さく息をつく。

「まぁ、でも事故に遭って骨折だけで済んで良かったよね。下手したら死んでたかもしれないし、社長だってもっと迷惑を被ってたかも分からないし」

 別の一人が言い、香澄の胸の奥がズキリと痛む。

 そして脳裏に蘇ったのは、あのメールだ。

(もしかして……)

 そう思うものの、飯山たちが犯人だという証拠などない。

「最近入った河野さんだったら、いざという時に社長の盾になれそうだけどね。赤松さんってどっちかというと守られるタイプじゃない。国内ならまだしも、海外の出張とか、ちょっと遠慮した方がいいんじゃない?」

 香澄が一番気にしている事を外野に言われ、思わずムッとした。
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