273 / 1,548
第六部・社内旅行 編
会いたくなかった人との遭遇 ★
しおりを挟む
佑が出て行ったあと、香澄は少し休憩してから温泉街を歩いてみる事にした。
社員と鉢合わせするのは怖かったが、日本で最も有名と言っていい温泉の一つで、観光客も当たり前に大勢いて賑わっている。
紛れてしまえばまず分からないのでは? と思ったのだ。
それに、草津温泉は初めて来たので、旅館だけではなく温泉街の雰囲気を楽しみたいという気持ちもある。
あとで佑に何か言われそうだが、散歩をするぐらいならいいだろう、と一人で言い訳をした。
松葉杖で歩くのは多少目立ってしまうが、怪我を治すのが目的で温泉に来る人もいるだろうし、目を瞑ることにした。
まず観光写真に多用され、テレビでも紹介される湯畑をカメラに収めたいと思った。
幸い旅館からの距離は遠くなく、徒歩十分以内で辿り着ける。
香澄から距離をとって、久住と佐野も歩いている。
観光地の割に外国人観光客はそれほど多くなく、パッと見て目に付くのは日本人ばかりだ。
草津に来るまで車内で佑から聞いた話では、近年になって湯畑のライトアップなどで集客力がグッと上がったらしい。
いわゆるSNS映えするムーディーな湯畑を目当てに、夜に出歩く若者も増えたようだ。
(温泉饅頭とか買い食いしてみようかな。温泉で作った温泉玉子と、普通の温泉玉子とどう違うかな?)
目に付く看板を見て何とはなしに考え、香澄はまず湯畑をスマホのカメラに収めた。
上手に写せたかスマホを確認していた時、思いもよらない声が耳に入る。
「あれっ? 赤松さん!?」
ギクッとして顔を上げると、Chief everyの社員がいた。
しかも仲良くしている三人組から、「あの人たちは気を付けた方がいいよ」と言われていた飯山たちだ。
「ど……どうも……」
固まったまま、香澄はぎこちない笑みを浮かべる。
飯山は今日もばっちりとメイクも髪も服も決めていて、一部の隙もない。
温泉地だというのにヒールを履いてくるところも流石だ。
赤い口紅を塗った唇を少し開き、飯山は「あー……」と長く声を出しつつ何度か頷いた。
「もしかして、社長に連れてきてもらった?」
鋭く言い当てられ、香澄はギクリとする。
「だって、バスの中にいなかったよね? 同じバスの中に秘書課の人もいたけど、そこにはいなかったし、社長秘書だったら、社長と一緒に行動していてもおかしくない」
「そう……、ですね」
そこまで見抜かれていたのなら、頷くしかない。
へたに意地を張って否定し続けても、あとからボロが出た時に余計に立場が悪くなる。
「へぇぇー……。社長秘書ってそういう特権もあるんだ。いいなぁー」
これほど、居心地の悪くなる「いいな」はない。
香澄は唇をキュッと引き結び、湯畑の方を見る。
「それで、たいそうな怪我をしてるっぽいけど、仲良くしてる秘書課の子が、赤松さんを見かけなくなったのが社長がドイツに行った頃って言ってたんだ。もしかして、ドイツに同行してて、何かあった?」
(どこまで知ってるんだろう?)
香澄はタラタラと冷や汗を掻き、必死にいい返事を探そうとする。
視界の隅が久住と佐野が緊張した顔をし、すぐに何にでも対応できるよう構えていたが、香澄は彼らの方を見て首を左右に振った。
ここで、香澄個人に護衛がついているなど知られたら、余計に飯山たちが逆上しそうだ。
「……確かに、仕事の一環でドイツへの出張に同行しました。私がどんくさいもので、車に轢かれてしまいまして……。社長にも松井さんにも、多大なご迷惑をおかけし、現在早く直せるよう努力している途中です」
下手に出てぺこりと頭を下げても、彼女たちの攻撃的な雰囲気は止まらない。
「へぇー……。それで、松葉杖ついてるのに、社長秘書だから特別に社長と一緒に温泉に来たの? 社長秘書ってそこまで優遇されてるんだ。いいなぁー」
また「いいな」と言われ、香澄は小さく息をつく。
「まぁ、でも事故に遭って骨折だけで済んで良かったよね。下手したら死んでたかもしれないし、社長だってもっと迷惑を被ってたかも分からないし」
別の一人が言い、香澄の胸の奥がズキリと痛む。
そして脳裏に蘇ったのは、あのメールだ。
(もしかして……)
そう思うものの、飯山たちが犯人だという証拠などない。
「最近入った河野さんだったら、いざという時に社長の盾になれそうだけどね。赤松さんってどっちかというと守られるタイプじゃない。国内ならまだしも、海外の出張とか、ちょっと遠慮した方がいいんじゃない?」
香澄が一番気にしている事を外野に言われ、思わずムッとした。
社員と鉢合わせするのは怖かったが、日本で最も有名と言っていい温泉の一つで、観光客も当たり前に大勢いて賑わっている。
紛れてしまえばまず分からないのでは? と思ったのだ。
それに、草津温泉は初めて来たので、旅館だけではなく温泉街の雰囲気を楽しみたいという気持ちもある。
あとで佑に何か言われそうだが、散歩をするぐらいならいいだろう、と一人で言い訳をした。
松葉杖で歩くのは多少目立ってしまうが、怪我を治すのが目的で温泉に来る人もいるだろうし、目を瞑ることにした。
まず観光写真に多用され、テレビでも紹介される湯畑をカメラに収めたいと思った。
幸い旅館からの距離は遠くなく、徒歩十分以内で辿り着ける。
香澄から距離をとって、久住と佐野も歩いている。
観光地の割に外国人観光客はそれほど多くなく、パッと見て目に付くのは日本人ばかりだ。
草津に来るまで車内で佑から聞いた話では、近年になって湯畑のライトアップなどで集客力がグッと上がったらしい。
いわゆるSNS映えするムーディーな湯畑を目当てに、夜に出歩く若者も増えたようだ。
(温泉饅頭とか買い食いしてみようかな。温泉で作った温泉玉子と、普通の温泉玉子とどう違うかな?)
目に付く看板を見て何とはなしに考え、香澄はまず湯畑をスマホのカメラに収めた。
上手に写せたかスマホを確認していた時、思いもよらない声が耳に入る。
「あれっ? 赤松さん!?」
ギクッとして顔を上げると、Chief everyの社員がいた。
しかも仲良くしている三人組から、「あの人たちは気を付けた方がいいよ」と言われていた飯山たちだ。
「ど……どうも……」
固まったまま、香澄はぎこちない笑みを浮かべる。
飯山は今日もばっちりとメイクも髪も服も決めていて、一部の隙もない。
温泉地だというのにヒールを履いてくるところも流石だ。
赤い口紅を塗った唇を少し開き、飯山は「あー……」と長く声を出しつつ何度か頷いた。
「もしかして、社長に連れてきてもらった?」
鋭く言い当てられ、香澄はギクリとする。
「だって、バスの中にいなかったよね? 同じバスの中に秘書課の人もいたけど、そこにはいなかったし、社長秘書だったら、社長と一緒に行動していてもおかしくない」
「そう……、ですね」
そこまで見抜かれていたのなら、頷くしかない。
へたに意地を張って否定し続けても、あとからボロが出た時に余計に立場が悪くなる。
「へぇぇー……。社長秘書ってそういう特権もあるんだ。いいなぁー」
これほど、居心地の悪くなる「いいな」はない。
香澄は唇をキュッと引き結び、湯畑の方を見る。
「それで、たいそうな怪我をしてるっぽいけど、仲良くしてる秘書課の子が、赤松さんを見かけなくなったのが社長がドイツに行った頃って言ってたんだ。もしかして、ドイツに同行してて、何かあった?」
(どこまで知ってるんだろう?)
香澄はタラタラと冷や汗を掻き、必死にいい返事を探そうとする。
視界の隅が久住と佐野が緊張した顔をし、すぐに何にでも対応できるよう構えていたが、香澄は彼らの方を見て首を左右に振った。
ここで、香澄個人に護衛がついているなど知られたら、余計に飯山たちが逆上しそうだ。
「……確かに、仕事の一環でドイツへの出張に同行しました。私がどんくさいもので、車に轢かれてしまいまして……。社長にも松井さんにも、多大なご迷惑をおかけし、現在早く直せるよう努力している途中です」
下手に出てぺこりと頭を下げても、彼女たちの攻撃的な雰囲気は止まらない。
「へぇー……。それで、松葉杖ついてるのに、社長秘書だから特別に社長と一緒に温泉に来たの? 社長秘書ってそこまで優遇されてるんだ。いいなぁー」
また「いいな」と言われ、香澄は小さく息をつく。
「まぁ、でも事故に遭って骨折だけで済んで良かったよね。下手したら死んでたかもしれないし、社長だってもっと迷惑を被ってたかも分からないし」
別の一人が言い、香澄の胸の奥がズキリと痛む。
そして脳裏に蘇ったのは、あのメールだ。
(もしかして……)
そう思うものの、飯山たちが犯人だという証拠などない。
「最近入った河野さんだったら、いざという時に社長の盾になれそうだけどね。赤松さんってどっちかというと守られるタイプじゃない。国内ならまだしも、海外の出張とか、ちょっと遠慮した方がいいんじゃない?」
香澄が一番気にしている事を外野に言われ、思わずムッとした。
43
お気に入りに追加
2,544
あなたにおすすめの小説
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
『逃れられない淫らな三角関係』番外編 ヘルプラインを活用せよ!
臣桜
恋愛
『逃れられない淫らな三角関係』の番外編です。
やりとりのある特定の読者さまに向けた番外編(小冊子)です。
他にも色々あるのですが、差し障りのなさそうなものなので公開します。
(他の番外編は、リアルブランド名とかを出してしまっている配慮していないものなので、ここに載せるかは検討中)
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~
あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる
奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。
だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。
「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」
どう尋ねる兄の真意は……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる