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第六部・社内旅行 編

頼みがある

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「ん、美味しい。佑さんもチョコムース一口どうぞ」
「じゃあ、あーんして」

「んー。はい、あーん」

 言われて、自分が食べた分と同じくらいすくい、佑の口元に運ぶ。
 お互いムグムグと口を動かして無言になったあと、香澄は覚悟を決めて呟いた。

「……何かね、誰かが私に死んで欲しい……みたいな、そんなメ」
「は!?」

 香澄がすべて言い終わらないうちに、佑が大きく声を張り上げる。
 プリンをテーブルに置き、綺麗な色の目を見開いて香澄を凝視した。

「誰が? 誰がそんなこと言った?」

 強張った顔で言う佑は、本気で怒っていた。

 真剣に自分を想ってくれている姿を見て――、心に張り詰めていたものが決壊する。

「……た、……すく、……さ」

 気がつけば目の前が見えないぐらい涙がこみ上げて、彼にしがみついていた。

 ――不安だったのだ。

 怖くて、それでも一人で堪えなければいけなく、ずっと気持ちを強く持って平気なふりをしていた。
 それが佑の大きな愛情を前にして、ドッと崩れてしまったのだ。

「うーっ、……ぅ、……う」

 うなるような声を出し、香澄はぐりぐりと額で佑の胸板をこする。
 佑もしっかりと香澄を抱き、大きな手でトントンと背中をさすってくれる。

 もう二十七にもなったのだから、声を上げて泣くなどしない。
 ズビズビと鼻を啜って佑に抱きついていると、彼が手を伸ばしてティッシュボックスを取ってくれた。

 ありがたくそれを使わせてもらい、涙を拭い鼻をかむ。

「……香澄は俺が守るから」

 大好きな声が耳のすぐ近くで聞こえ、堪らず香澄はまた佑に抱きついた。
 冷房の効いたリビングで、一体どれだけくっついていたのか――。

 落ち着いた頃、香澄は先ほどの言葉の続きを口にする。

「……メール、なの。見て」

 傍らに置いてあったスマホを手にし、香澄は例のメールを開いた。
 スマホごと佑に渡すと、みるみる彼の表情が険しくなってゆく。

「どこの誰……とも、これだけじゃ判別つかないな」

 香澄が分析した事までは、佑もすぐ考えたようだった。

「弁護士に情報開示請求してもらっても、多分すぐには分からないだろうな。捨てアカウントの可能性は高いし、香澄を狙ったとなると人を使ってやらせたとも考えられる。これが一般の人なら、情報開示請求をしてある程度片がつく。だが香澄は俺の婚約者だ。ドイツでの事故があったあとのタイミングで、〝これ〟となると、俺たちの関係やドイツに行った事を知った者という可能性が出てくる。だとすれば、金を使って自分に証拠が残らないようできる可能性だってある。金さえ出せば、ネット経由で何でも依頼を引き受けるグループだってあるし」

 佑が次々に可能性を口に出し、香澄は自分が思っている以上の情報量に圧倒される。
〝可能性〟がもっと広がり、香澄は戸惑って固まってしまった。

「おいで」

 佑は香澄を抱き締め、自分の膝の上に乗せる。
 そのままギュッと抱き締めて無言になり、何か考えているようだった。

 少ししてから自分のスマホを手に取ると、迷わずどこかへ電話をかけた。
 やや待ってから、ハンズフリーの状態で佑は話し始める。

「オーパ? 少しぶり。頼みがある」

(嘘!? アドラーさんに電話かけちゃった!?)

「香澄が命に関わる脅しを受けた。『死ねば良かったのに』だ。これを看過する事はできない」

 冷静に告げる佑に対し、怒り狂ったアドラーが喚く声が聞こえる。

『何だと!? 許せん! すぐに私のボディガードを日本に派遣する!』

「いや、オーパの護衛はよこさなくていい。かさばる。日本では日本人の方が目立たなくていいんだよ。それはそうと、香澄がドイツにいた間、関わった全員を疑ってほしい。俺はすべての可能性を確認していきたい。そちらで俺や香澄を恨んでいる者がいないか調べてくれ。申し訳ないが、可能性としてアロクラの女たちのセンも含めてだ。日本での可能性は俺が調べる」

 テキパキと指示をする佑の声を聞き、香澄は真顔になって冷や汗を垂らす。

(……えらい事になった)

 まさか不審なメール一通で、佑がクラウザー社の会長を顎で使うとは思わなかったのだ。

「礼はちゃんとする」
『いや、礼など言われても私が佑に望むものなどない。望むならひ孫だな』

「あー……、分かった。結婚してからな」
「!?」

 サラッと凄い事を言われ、香澄はこれ以上ないほど目を見開く。

 だが佑はチラッとこちらを見て、ポンポンと頭を撫でてくるだけだ。
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