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第六部・社内旅行 編

抱える、二つの悩み

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 佑は着替えるためにすぐ部屋に向かってしまった。
 このあとバスルームに向かうのはいつもの事で、そのために風呂の準備はすでにされている。

「夏場はシャワーでいいよ」と言うのだが、血行促進などを考えるとちゃんと浴槽に浸かってほしいと思っていた。

 そして風呂の準備は本来なら斎藤や島谷がする事なのだが、今は休みをもらっている香澄が「佑さんのために何かしたい」と請け負っていた。
 彼が二階に向かったあと、香澄はキッチンにいる斎藤に声を掛ける。

「斎藤さん、何かお手伝いありますか?」
「では、テーブルのセットをお願いします」

 とはいえ、ダイニングテーブルにはすでにランチョンマットが敷かれ、箸なども用意されてある。
 香澄は夕食のメニューを確認しつつ、取り皿などを用意し始めた。

「……斎藤さん、あの事、宜しくお願いしますね?」
「ええ、分かっています」

 御劔邸で働く人たちには、婦人科へ行った事はすでに知られている。
 だが斎藤だけには、病院から帰った後にほんの少し話題にしていた。

 斎藤は二人それぞれの主張を知った上で、「良い選択だと思いますよ」と頷いてくれた。
 やはり、PMSの悩みは女性ならではで、それに共感してもらえるのはありがたい。

 佑が色んな事において偏見がなく協力的だといっても、婦人科に関係する事を一から十まで説明して、自分はこうしたい……と伝えるのは少し気が引けた。

 パートナーになるなら、恥ずかしがるどころではないかもしれない。
 それでも、避妊のために飲みたいと思った動機も半分ほどあるので、そこを打ち明けるのはややデリケートな問題だ。

 佑には、気持ちが整ってから少しずつ打ち明けたい。
 なのでそれまでは、斎藤に秘密を守ってもらうようお願いしたのだ。

 婦人科のことについては自分で話すので大丈夫として、問題はあのメールのことだ。

 誰にも言っていない――言えるはずがない、不吉なメールだ。

 悪戯や送り間違い……という可能性にも賭けてみたが、可能性は低いだろう。
 なにより件名に香澄のフルネームが書かれてあった。

 そしてあの本文。

 香澄の生死を問う内容は、事故にあった事を示している。
 事故に遭ったのに、なぜ生きているのか。

 ――いや。事故で死ぬはずだったのに、なぜ生きているのか、かもしれない。

 食事の支度をしつつ、香澄はぐ……と唇を引き結び恐怖と戦っていた。

 胃の奥底に重たい鉛玉でも入れられたようで、本当はあまり食欲がない。
 空元気を出しているものの、周りに気を紛らわせる話し相手がいなければ、一人で落ち込んでしまいそうだった。

 夕食は冷しゃぶサラダだ。暑い日なので斎藤が気を遣ってくれたのだろう。
 副菜は麻婆茄子でごま油の香りが食欲を誘う。その他は南瓜の煮物と大根の味噌汁だ。
「美味しそう」と思い、いつもなら早く食べたいと食いしん坊を発揮しているだろうに、今は何も反応できなかった。

 やがて佑が二階から戻り、キッチンで水を飲む。

「今日も美味しそうですね。腹減ってたんです」
「ありがとうございます。準備はもうできましたので、温かいうちにどうぞ」

「斎藤さん、ありがとうございます。香澄、食べよう」

 誘われてダイニングにつくものの、いつものような食欲はない。
「美味しそう」とは強く思うのだが、最初の一口に飲んだ味噌汁の味もよく分からなかった。

 斎藤はキッチンで洗い物をし、残った料理をタッパーなどに詰めてしまうと、挨拶をして帰っていく。

 機械的に箸を動かし、もくもくと口を動かす。
 美味しい――はずなのに、やはり味がよく分からない。
 佑に何を話しかけられても上辺の返事しかできず、言い出しにくい事を二つ抱えて気持ちが重たい。

 やがて食事が終わると佑が食器を片付けてくれた。
 食洗機が動いている間、彼はカフェインレスの紅茶を淹れている。

 香澄はダイニングチェアに座ったままで、ぼんやりと佑を見ていた。

 ――と、話しかけられる。

「……今日、何かあったか?」
「……え?」

 顔を上げると、キッチンにいる彼は何とも言えない表情ででこちらを見つめている。

「俺は一応、香澄が言い出してくれるまで待つつもりだったんだけど」
「……え、……と」

 佑に言わなければいけない事は二つあるが、そのどちらもまだ情報はいっていないはずだった。
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