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第六部・社内旅行 編

引き戻された現実

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『いま日本は午前十時前で、佑さんは出社しています。えと……、私はいつものように留守番です。何か……あったと言えばあったのですが……』

 本当は一番に佑に知らせるべきだ。
 ここで下手に双子に言ってしまえば、婚約者である佑の面子が丸つぶれになる。

 香澄の身に何かがあったのだと察し、クラウスはポンポンと可能性を口にした。

『強盗? セールス? デリヘル?』
『い、いえ。全部違います。何でもないです』

『その割には声が強張ってるよ。僕たちはカスミの可愛い声をよく知ってるから、緊張した時とそうじゃない時ぐらい、分かってる』

 思わずその言葉に感動しかけたが、後ろで流れるジャズに紛れて女性の不満そうな声が聞こえ、ハッとする。

『お楽しみ中にすみません。大丈夫ですから!』

 それだけ言うと、半ば強引に電話を切ってしまった。

「……はぁ」

 自分一人であのまま悩んでいたら、堂々巡りになって終わりのない思考の迷宮をさまよっていただろう。

 けれど、双子という現実が香澄を引き戻してくれた。
 いつもなら連絡が多すぎると思っていた彼らに、奇しくも救われた形になった。

「大丈夫。私には味方がいる。まず……、ご飯食べよう」

 うん、と頷き、香澄は立ち上がる。

「フェリシア、楽しい音楽をかけて」

 声を出すと、いつもなら聴かない女性ヴォーカルのアップテンポな洋楽が流れ始めた。

「よし!」

 気分を変えるのに音楽は効果的だ。
 クイックイッと首を動かしてリズムをとり、香澄はキッチンへ向かう。

「こうなったら手の掛かったの作っちゃうもんね」

 冷蔵庫に向かって材料を確認すると、香澄は自分を甘やかすためにフワフワのスフレホットケーキを作り始めた。





 お昼になり、香澄は佑に向けてメッセージを送る。

『相談したい事があるんだけど、今日は何時くらいに帰れる?』

 するとちょうど昼休憩をとっていたのか、すぐに返事がきた。

『定時には上がろうと思っているよ。相談って何?』
『今はやめておく。帰ったらじっくり聞いて』

 少し考える間が空いて、佑から返事がくる。

『俺一人で解決できる事ならそうする。何らかの専門的な解決方法が必要なら、先に手を打ちたい』

「専門的……かぁ。確かに佑さんなら色んな偉い人と繋がってそう。でも、そんなレベルまで話を広げたくないな」

 相談するのが佑でも双子でも、もし〝つて〟があるのならとんでもない大物に相談をしそうだ。

 確かに情報開示請求をすれば、問題が解決するかもしれない。
 だが香澄はそこまで大事にしたくなかった。

 ここに佑や第三者がいたら、「世界の御劔の婚約者なんだから、万が一の危険があってはいけない。すべてにおいて慎重に対処すべき」と言うだろう。

 けれど香澄はまだ自分を〝札幌に住む一般人〟という感覚で見ていて、そこまでする必要はないと判断してしまっていた。

「ムリムリ」

 呟くと、香澄は返信を打つ。

『そういうのじゃないから。帰ったら聞いて』

 また少し間があり、佑から『分かった』と答えがあった。

 彼の好意を無為にした気がし、香澄は雰囲気を変えるために『お仕事がんばってね。甘い物楽しみにしてます』と甘えるようにメッセージを打った。
 そしてこれ以上文字での返事がこないよう、キャラクターが応援しているスタンプを送ってやんわりと終わりを告げた。

 香澄の意図を汲んでくれたのか、佑もそれにスタンプを返してくれ、会話が終わる。

「よし、午後は外出だ。病院、予約したから行かないと。で、帰りにちょっとお店ブラブラして、気分転換しよっと」

 出掛ける支度をするついでに、内線で離れに電話をかける。

『もしもし。どうかされましたか?』

 円山がすぐ対応する。

「赤松です。午後に婦人科に行こうと思っていますので、久住さんたちにお伝えください」

 本当は「婦人科に行くから付き添ってほしい」なんて恥ずかしくて言いたくない。
 そういう場所は、一人で行くものだ。

 だが佑から「出掛ける時は必ず久住を連れて歩くように」と言われているので、従わざるを得ない。

 これで久住たちが職務怠慢だと怒られる事があれば、申し訳なくて堪らない。
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