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第六部・社内旅行 編

彼のためにコーヒーを

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(行動が早いなぁ)

 基本的に香澄は、どちらかというとのんびりしている。

 佑から言わせると、北海道と沖縄の人間は特にのんびりしているのだとか。
 それでも香澄としては、沖縄のウチナータイムには敵わないと思っている。

 佑は特に多忙な人なので、テキパキとした動きが身についているのだろう。
 分かっているのだが、彼の無駄のない動きを見ていると、美しいと思うし凄いなとも思う。

 香澄は性格的にのんびりしている自覚はあるが、行動はそうトロくない……と思っている。

 しかし自分が考えて行動しようとしている間に、佑は考えている隙もなくパッパッと行動するので、やはり差を感じて「凄いな」に帰結するのだ。

 そんな事を考えながら、香澄は粉状になったコーヒー豆をフィルターにセットし、ぼんやりとお湯が沸くのを待っていた。

 吹き抜けになっているガラスの壁から空を見上げ、夕暮れが近づいて少し色の変わった空に、ビルがくっきりと浮かぶのを何とはなしに見つめる。

 唇はいつのまに、ドヴォルザーク『新世界』の第二楽章『家路』を口笛で吹いていた。

 キッチンの隅に置いてあるスツールに腰掛け、香澄は口笛を吹きながら沸いたお湯でコーヒーをドリップしてゆく。
 お湯で膨らんでハンバーグのような形になった粉を見つつ、香澄はぼんやりと札幌の家族や、佑の両親、ドイツの人々の事を考えていた。

「よし、でーきた、と」

 サーバーの目盛りを見て呟き、ドリッパーのコーヒーがすべて落ちてしまう前にシンクに置く。
 ペーパーフィルターごと粉を捨て、サーバーのコーヒーを軽く掻き混ぜる。

 ――と、ピコンと電子音がしてそちらを見れば、佑がこちらに向けてスマホをかざしていた。

「えっ?」

 いつのまに撮影されていて驚けば、佑はいいものが撮れたという顔で微笑む。

「コーヒーを淹れる可愛い子がいたから、撮影してたんだ」

 歯が浮きそうな台詞をサラッと言われても、佑だから許せてしまう。

「も、もぉ……。私だってそのうち佑さんのこと、盗撮するんだから」
「大歓迎だよ?」

 恥ずかしがらせようと思ったのに、この男はサラッと切り返してくる。

「もおぉ……」

 赤面した香澄は佑に背中を向け、二人分のマグカップを用意しようとすると「俺が取るよ」と彼が動いてくれた。
 コーヒーを注ぎ、自分のカップには牛乳を入れてカフェオレにする。

 そしてお皿に盛ったお茶請けを示して笑った。

「今日の午前中、斎藤さんと一緒にナッツたっぷりお豆腐ブラウニー作ったの」
「あぁ、ナッツ好きだ、嬉しいよ」

 東京に来たばかりの頃、佑はよく外食や、バーに香澄をつれて行ってくれた。
 いま思えば、それらは彼の馴染みの店で、「彼女ができた」と店主に知らせたかったのだろう。

 その時に出してもらった料理や酒なども、ほとんどメニューにはないのを、当時の香澄は知らなかった。

 佑がやけに酒のつまみにナッツ類を食べているな、と気付いたのはその時だ。
 聞けば、健康診断で足りない栄養素を医師に告げられて、積極的にナッツを食べているらしい。

 それを聞いて以来、香澄も佑の健康に気を遣うようになった。
 自分の恋人・婚約者であるから大事にしたいという気持ちもあるし、世界的な企業の社長なので、そうそう体調を崩せないと思ったからだ。
 彼が香澄の手料理を楽しみにしていた事もあり、少しずつ斎藤に料理を習いつつ、栄養面についても勉強している。

 なので、こうしてお菓子を作る時も、さりげなくナッツを……など気を遣っていた。

 二人でソファに座ると、佑が上機嫌でコーヒーを飲む。

「あぁ、幸せだ……」

 一口飲んで、はぁ……と溜め息をつき、彼は香澄の肩を抱き寄せる。

「俺がコーヒー淹れるって言ったのに、結局やらせちゃってごめんな?」
「ううん。佑さんのためにコーヒーを淹れられたの、嬉しい」

 微笑むと、頬にチュッとキスをされた。
 それが嬉しくて、香澄は遠慮がちに尋ねる。

「く……、くっついても、いい?」
「おいで」

 何を今さら、と笑った佑がギュッと抱き締めた。
 香澄も佑の胴に両腕をまわし、胸板に顔をぐりぐりと押しつける。

「……好き。……会いたかった」

 何回告白しても慣れないし、勇気がいる。
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