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第六部・社内旅行 編

斎藤の気遣い

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「ん……っ、ん、んっ!?」

 御劔邸に戻って玄関のドアが閉まった途端、佑にキスをされた。
 目を白黒させていると、佑はドアに香澄を押しつけ、サマードレス越しに体をまさぐってくる。

「ちょ……っ、ちょっと待っ……ん、んむ、……んぅっ」

 急な展開に戸惑ったが、肉厚な舌で荒々しく求められると、なし崩しになりそうだ。
 プロレスの〝ロープ〟のように佑の背中を叩いていると、色っぽい吐息をついた彼がもの言いたげに見つめてくる。

「……駄目か?」

 体が大きいくせに、こういう時だけ捨て犬のような目をするのでずるい。

「も、もうちょっと落ち着いてからにしよう? 夜とか……」

 香澄だって数日の出張とはいえ、久しぶりに佑と会えて嬉しい。

 けれど出張から戻ってすぐ玄関で……となると、「ちょっと待って!」となるのだ。
 何より、リビングには斎藤がいる。

「……じゃあ、シャワー浴びたら」

 溜め息をついて佑が唇を舐め、前髪を掻き上げる。
 その仕草一つ一つがやけに色っぽく、香澄は平静でいられなくなった。

(どどど、どうしよう……。早く帰ってきてほしいと思ってたけど、これはこれで刺激が強すぎるかも……)

 とりあえず二人とも靴を脱ぎ、中へ入る事にした。
 ちなみに、佑の荷物は松井が持って来て玄関ホールに置いてあった。
 香澄は玄関のチェストに置いてある、松葉杖のキャップを嵌めてリビングに向かう。

「あれっ?」

 斎藤がいると思っていたのに、リビングには誰の姿もない。

「ここにメモがあるけど」

 佑がテーブルの上に置いてあったメモを見せてくれた。

『御劔さん、出張お疲れ様です。空港で赤松さんと一緒に何か召し上がると思いますので、今日は作り置きのおかずで夕食を済ませて頂けたらと思います。』

 書いてあるのはそれだけだが、斎藤が出張帰りの佑を気遣って、香澄と二人きりにしてくれたのが見え見えだ。

「うう……」

 思わず赤面した彼女の肩をポンポンと叩き、佑はにやつきを誤魔化しながら言う。

「香澄は座っていて。コーヒー淹れるから。その前に荷物置いてくる」
「あっ、いいよ! コーヒーぐらい淹れられるから」

 佑は足早にリビングを去り、玄関ホールにある荷物を持って二階に上がっていく。
 階上からは、やや急ぎめの物音が聞こえ、彼がとてもルンルン状態なのが分かった。

「……もう」

 照れ隠しに溜め息をつき、香澄はキッチンに向かうとポットに水を入れてIHコンロにかける。
 豆を出してミルに入れていると、佑のためにコーヒーを淹れられる実感が湧き、ニヤニヤしてくる。

 御劔邸で暮らすようになって、高級なコーヒー豆に慣れてしまった。
 高級と言えばブルーマウンテンのイメージが強いのだが、佑がこだわっているコーヒー店があり、そこのブレンドや気分によって様々な種類の豆を使い分けている。

 札幌で一人暮らしをしていた時は、コーヒーが好きでもスーパーでお徳用の粉コーヒーを買っていた程度だ。
 豆には憧れていたのだが、どうにも電動ミルで砕く時の音がうるさいのではないかと思い、一人で遠慮をしていた。

(それが今は、高級な豆を毎日好きな種類、好きなだけ飲んでいるんだもんなぁ)

 佑はハワイ出張もたまにあるらしい。

 出張として赴かなくても、コーヒー農園を営んでいる現地の友人から、定期的にコナコーヒーを買い付けている。
 コナコーヒーも、ブルーマウンテンと同じぐらい高価な印象だ。
 話を聞けば、ハワイにも佑の別荘があるらしく、その関係で現地にいる色んな人と知り合いになったらしい。

 ハワイは過ごしやすく、世界的な事業に成功した富裕層が、ゆったりと暮らしている土地でもある。
 きっとパーティーなどにも招待され、そこで人脈を広げた結果なのだろう。

 彼の人脈の広さを凄いと思うが、様々な言語を話せてすぐ色んなと仲良くなれるところも尊敬している。

 そんな事を思いながら、香澄は戸棚を開く。

「斎藤さんと一緒に作ったお茶請けは……と」

 時間を確認すれば夕飯時だが、今日はうどんを食べてしまったしもう食事はいいだろう。

 そのあいだにも佑がトントンと足音をたてて階段を下り、サッとバスルームの方へ消えてしまった。
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