上 下
237 / 1,548
第六部・社内旅行 編

食べる才能

しおりを挟む
「順調だよ。ただ、保険適用は、怪我をしてから一五〇日がリハビリの限界なんだって。だからそれまでに、何の頼りもなしに一人で歩けるようになったらいいなぁ、っていう希望。あと、骨をくっつけるのに埋まってるボルト……インプラント? は、骨がくっつくまで……大体一年後を目処に、抜釘(ばってい)手術をするんだって。入れる時は結構な手術だったみたいだけど、抜くときは早くて一泊二日、遅くても三泊四日とかで終わるって」

 随分と軽い口調で言ってくれるが、香澄がまた入院して手術……と考えると、心配で胃に穴が空きそうだ。

「……はぁ。そうか」

 思わず溜め息が出てしまったが、致し方ない。

「心配させてごめんね? でも私は大丈夫だから」

 胸の前で小さく両拳をグッと握る香澄を見て、佑は思わず苦笑する。

「香澄は本当に底なしに明るいな。その前向きなところ、俺も見習いたい」
「えぇ? 本当? 私のダメダメ加減なんて、佑さんが一番よく分かってるでしょう?」

「そうじゃなくて……、何て言うか、人間的な根の明るさかな?」

 優しく頭を撫で、すべらかな頬も愛撫すると、佑の掌を感じて香澄が気持ち良さそうな顔をする。

「ふぅん……。佑さんがそう言ってくれるなら、そういう事にしておく」

 スリ……と佑の手に頬を寄せる姿は、まるで仔猫のようだ。

(ああ、今すぐ家に帰って押し倒したい)

 品良く微笑んでいる御劔佑が、脳内で恋人の裸身を思い描き、荒ぶる下半身と戦っているなど、周りにいる誰も分からないだろう。
 久住と佐野は分かっているかもしれないが。

「それにしても、今日のコーデ可愛いな。夏っぽくて見ていて元気が出る」
「ホント? やったぁ! 一回も着た事のないワンピだったけど、思いきってみて良かった」

 そうやっていちゃついているうちに時間が経ち、店内に案内された。

「わーい、うどん、うどん」

 席に着くと香澄はまっさきにメニューを広げる。
 自分と佑が見られるように九十度の角度に置き、「何がいいかなぁ」とニコニコしながら覗き込む。

 ちなみに香澄と二人でテーブルに着きたいので、護衛たちは別グループの扱いだ。

「あぁ~。このクリーム系のうどん美味しそう。でも普通のうどんもいいし、ざるもいいなぁ」
「何でも頼んでいいよ。ロール寿司も頼もうか。俺も久しぶりに米が食べたいし、二人でなら食べられるだろう」
「うん!」

 食べる事が大好きな香澄は、メニューを見たまま目をキラキラさせている。

 香澄を食べに連れて行くと、どこへ行っても心底美味しそうに食べてくれるし、本音で「美味しい、美味しい」と口にするのでご馳走のしがいがある。
 おまけに自分で手料理を作っても、味付けが上手くいくと満面の笑みを浮かべる。

 そんな彼女を見ていると、〝食べる事が好き〟というのは一種の才能のように思える。

 佑はある程度、美味しいと言われる物を食べ尽くしてしまった感があり、新しい感動はそうそうない。
 なので香澄が側にいると、自分まで二倍美味しく感じられる気がするのだ。

「えぇっとねー……明太子クリーム……いや、カルボナーラ……うーん……。……明太子クリームのおうどんで!」
「よし、じゃあ俺は鴨うどんにしようかな。ロール寿司は? 香澄、サーモン好きだから、サーモンにしようか?」

「えっ? いいの?」

 大事件が起きたという顔をする香澄を見て、佑は肩を揺らして笑う。

「俺は何でも食べるから、香澄の好きなのでいいよ」
「じゃ、じゃあサーモンでお願いします」

 オーダーをして待っている間、香澄はチラッと佑を見てから切り出す。

「あの……。アロイスさんとクラウスさんと……エミリアさん? の飲み会どうだった?」
「あぁ……」

 正直、「まだその話を引っ張るのか」と思ったのは否めない。
 けれど嫉妬してくれているのだと思うと、嬉しくて堪らない。

 香澄はといえば、妬いているのを誤魔化すためか、メニュー立ての方を見ていた。

「香澄」

 テーブルの上にのっていた彼女の手を握ると、揺れる目がこちらを見てくる。

「普通に飲んだだけだ。双子がいつものようにうるさくて、話題を次々に振っていたな。俺は聞き役。飲み終わったら双子は自分のホテルに戻ったし、エミリアとも現地解散だ。本当に何もなかったよ」
「……うん。……うん、分かってる。……んだけど。……へへ、駄目だね。私」

 大人しく手を握られたまま、香澄はぎこちなく笑う。

「そんなに気になるなら、アロから送られてきた写真見るか?」
「え? ……い、いいの?」

「別に構わない」

 佑はスーツの内ポケットから私用スマホを出し、テーブルの上に置く。
しおりを挟む
感想 555

あなたにおすすめの小説

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

『逃れられない淫らな三角関係』番外編 ヘルプラインを活用せよ!

臣桜
恋愛
『逃れられない淫らな三角関係』の番外編です。 やりとりのある特定の読者さまに向けた番外編(小冊子)です。 他にも色々あるのですが、差し障りのなさそうなものなので公開します。 (他の番外編は、リアルブランド名とかを出してしまっている配慮していないものなので、ここに載せるかは検討中)

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~

あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……

ドSな彼からの溺愛は蜜の味

鳴宮鶉子
恋愛
ドSな彼からの溺愛は蜜の味

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる

奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。 だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。 「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」  どう尋ねる兄の真意は……

処理中です...