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第六部・社内旅行 編
静かな衝突
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「河野さんは私をお飾りの秘書とお思いですか?」
仕事において負けず嫌いの香澄は、つい少し硬質な声を出し反抗的に彼を見つめる。
「いいえ、お飾りとは言っておりません。ただ、適材適所はあるとは思います。実際あなたは怪我をされていますし、いざという時の受け身も取れないと思っています。松井さんと要相談ですが、今後社長の出張には僕と松井さんが同行する事になってもいいのでは……と思ったまでです。社長も余計な心配をしたくないでしょう」
言外に「お荷物だ」と言われ、香澄は唇を引き結んだ。
「確かに私は役立たずかもしれませんが……」
「役立たずとは言っておりません。赤松さんは僕よりも先輩でしょう。社内での仕事は僕よりずっと処理が早いと思いますし、各種手続きも慣れていらっしゃるのでは?」
(……事務仕事だけしていろって言いたいの?)
挑むように強い目で河野を見つめると、彼は眼鏡の奥の瞳を変わらない温度で瞬かせる。
「あまりムキになられませんよう。僕も社長の婚約者さんとは仲良くしたいと思っています。ですがあなたが秘書と婚約者の立場を分けると仰るのなら、一番合理的な道を提案したまでです」
過敏になっているせいか、「女だから感情的だ」と言われたような気がした。
香澄は静かに息を吐き、ダージリンを一口飲む。
「河野さんが秘書として優秀な方で、何か国語も話せる事や、ボディガードとしても優秀だという事は伺っています。それに対して私は、飲食店で働いていた一般女性だと自覚しています。確かに言語は勉強中ですし、秘書としてのいろはもまだ身についたばかりです。いざという時に社長を守って戦う事もできないでしょう。そして私がいれば、社長は私を気にかけてしまうのも自覚しています」
広々としたリビングダイニングに、香澄の声がやけに響く。
「それでも私は、社長にスカウトされました。社長自ら、私に可能性を見いだしてくださいました。ですから、私の可能性に見切りをつけるのは、社長と大先輩である松井さんだけだと思っています。社長と松井さんが話し合っていない状況で、河野さんが私を一方的に決めつけるのは、どうかと思います」
できるだけ冷静になって気持ちを伝えると、彼は少し瞠目してから「……あぁ」と一人頷いた。
「……そうですね。僕とした事が先走りすぎたようです。僕は前の会社でも秘書の主線力として働いていましたので、自分基準で考えるところがあったかもしれません。それについては、お詫びします」
「いえ……」
(悪い人じゃないんだな。多分きっと、仕事ができすぎる人なんだ)
今までの少し殺伐とした雰囲気の正体が分かり、香澄は少し安堵した。
「私もムキになり、すみません。……これから一緒に働くのですから、仲良くやっていけたらと思います」
努めて大人の女性として対応すると、河野も「そうですね」と頷く。
それから紅茶を飲んだ河野は、「社長宅までの道はこれで覚えましたので」と言って帰っていった。
**
そして現在、香澄は河野の事を思い出しベッドでウトウトとしている。
「悪意とか意地悪で言っているんじゃないから刺さったんだよなぁ。素ぽかったし。彼の言っていた事は正論だった」
けれど、悔しい。
意地悪で言われたのではなくても、女だから佑を守れない、怪我をするぐらいなら出張に同行しない方が足手まといにならなくていい、と言われた。
それは純粋に悔しかった。
佑は河野との会話を知ったら、怒る――のだろうか?
自分のために怒ってほしい気もするし、社長として冷静な判断をくだしてほしい気もする。
そこがまた、自分たちの曖昧な関係そのものだ。
「今……パリかぁ。これから夕食なら……、邪魔しちゃ悪いよね」
同時に佑が食事をすると言った、幼馴染みの女性が気になった。
単なる幼馴染みなのは分かっているし、妬かないと伝えた。
アロイスとクラウスが一緒というのも本当で、何も心配する事はないのだろう。
――それでも。
「……やだ、なぁ」
とても独りよがりな我が儘を口にし、香澄は両手で顔を覆った。
「……こんな自分もやだ。佑さんの出張すら我慢できない女だなんて。……本当に秘書に向いてないじゃない」
ハァ……と溜め息をついても、慰めてくれる人は誰もいなかった。
**
仕事において負けず嫌いの香澄は、つい少し硬質な声を出し反抗的に彼を見つめる。
「いいえ、お飾りとは言っておりません。ただ、適材適所はあるとは思います。実際あなたは怪我をされていますし、いざという時の受け身も取れないと思っています。松井さんと要相談ですが、今後社長の出張には僕と松井さんが同行する事になってもいいのでは……と思ったまでです。社長も余計な心配をしたくないでしょう」
言外に「お荷物だ」と言われ、香澄は唇を引き結んだ。
「確かに私は役立たずかもしれませんが……」
「役立たずとは言っておりません。赤松さんは僕よりも先輩でしょう。社内での仕事は僕よりずっと処理が早いと思いますし、各種手続きも慣れていらっしゃるのでは?」
(……事務仕事だけしていろって言いたいの?)
挑むように強い目で河野を見つめると、彼は眼鏡の奥の瞳を変わらない温度で瞬かせる。
「あまりムキになられませんよう。僕も社長の婚約者さんとは仲良くしたいと思っています。ですがあなたが秘書と婚約者の立場を分けると仰るのなら、一番合理的な道を提案したまでです」
過敏になっているせいか、「女だから感情的だ」と言われたような気がした。
香澄は静かに息を吐き、ダージリンを一口飲む。
「河野さんが秘書として優秀な方で、何か国語も話せる事や、ボディガードとしても優秀だという事は伺っています。それに対して私は、飲食店で働いていた一般女性だと自覚しています。確かに言語は勉強中ですし、秘書としてのいろはもまだ身についたばかりです。いざという時に社長を守って戦う事もできないでしょう。そして私がいれば、社長は私を気にかけてしまうのも自覚しています」
広々としたリビングダイニングに、香澄の声がやけに響く。
「それでも私は、社長にスカウトされました。社長自ら、私に可能性を見いだしてくださいました。ですから、私の可能性に見切りをつけるのは、社長と大先輩である松井さんだけだと思っています。社長と松井さんが話し合っていない状況で、河野さんが私を一方的に決めつけるのは、どうかと思います」
できるだけ冷静になって気持ちを伝えると、彼は少し瞠目してから「……あぁ」と一人頷いた。
「……そうですね。僕とした事が先走りすぎたようです。僕は前の会社でも秘書の主線力として働いていましたので、自分基準で考えるところがあったかもしれません。それについては、お詫びします」
「いえ……」
(悪い人じゃないんだな。多分きっと、仕事ができすぎる人なんだ)
今までの少し殺伐とした雰囲気の正体が分かり、香澄は少し安堵した。
「私もムキになり、すみません。……これから一緒に働くのですから、仲良くやっていけたらと思います」
努めて大人の女性として対応すると、河野も「そうですね」と頷く。
それから紅茶を飲んだ河野は、「社長宅までの道はこれで覚えましたので」と言って帰っていった。
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そして現在、香澄は河野の事を思い出しベッドでウトウトとしている。
「悪意とか意地悪で言っているんじゃないから刺さったんだよなぁ。素ぽかったし。彼の言っていた事は正論だった」
けれど、悔しい。
意地悪で言われたのではなくても、女だから佑を守れない、怪我をするぐらいなら出張に同行しない方が足手まといにならなくていい、と言われた。
それは純粋に悔しかった。
佑は河野との会話を知ったら、怒る――のだろうか?
自分のために怒ってほしい気もするし、社長として冷静な判断をくだしてほしい気もする。
そこがまた、自分たちの曖昧な関係そのものだ。
「今……パリかぁ。これから夕食なら……、邪魔しちゃ悪いよね」
同時に佑が食事をすると言った、幼馴染みの女性が気になった。
単なる幼馴染みなのは分かっているし、妬かないと伝えた。
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――それでも。
「……やだ、なぁ」
とても独りよがりな我が儘を口にし、香澄は両手で顔を覆った。
「……こんな自分もやだ。佑さんの出張すら我慢できない女だなんて。……本当に秘書に向いてないじゃない」
ハァ……と溜め息をついても、慰めてくれる人は誰もいなかった。
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