上 下
229 / 1,544
第六部・社内旅行 編

そりの合わない第三秘書

しおりを挟む
 佑が出張に出たあと、河野が訪れる事を、香澄は松井からメッセージを送られて知っていた。
 なのでちゃんと着替えも済ませ、彼を待っていたのだ。

 夏らしい白地に花柄のワンピースを着た香澄は、、松葉杖に頼り玄関に向かう。

 玄関にはサマースーツに身を包んだ、長身の男性が立っていた。
 髪の毛は自然な七三にし、スクエア型の眼鏡をかけている。

「第二秘書の赤松さんですか? 初めまして、河野由貴男と申します」

 河野は折り目正しくお辞儀をし、微かに笑う。

「こちらこそ初めまして。赤松香澄と申します。いまは怪我をしていて会社を休んでいるのですが、復帰しましたらどうぞ宜しくお願い致します」

 用意してあったスリッパを勧めると、河野は「お邪魔致します」と挨拶をして上がる。
 斎藤は彼が持ってきたケーキを受け取り、「お茶を淹れますね」とキッチンに向かった。

「凄い豪邸ですね」
「ふふ。ですよね。私も初めてお邪魔した時、驚いて驚いて……」

 ぴょこんぴょこんと歩いた香澄は、「どうぞお座りください」とソファを勧める。

「失礼ですが、赤松さんは御劔社長の婚約者だとお聞きしました」

 ソファに座った河野にさっそく言われ、香澄は内心冷や汗をかく。

「は……はい。もとは札幌で違う業種勤務でした。そこを社長自らヘッドハンティング……と言いますか、してくださいまして。住居を札幌から東京に移す際、社長から結婚を視野に入れて……と言われました。ですがChief Everyで秘書として働く時は、公私混同せず誠心誠意努めさせて頂く所存です」

 この場には佑も松井もいない。
 斎藤はいるが、仕事に関しては部外者だ。

 あの三人組以外に、こうして自分と佑の関係を話すのは初めての気がする。

 妙に気持ちが焦り、掌に汗をかく。

「それは……当たり前ですので、特にお聞きしていませんが」

(しまった……!!)

 警戒するあまり、余計な事まで口走ってしまった。
 そのせいか、河野の視線が鋭くなった気がする。

「失礼ですが、赤松さんは会社で社長に何と呼ばれていますか? また、その逆は?」

(う……)

 彼の質問を聞いて、なぜだか小学生の時に苦手だった、厳しい女性教諭を思い出した。

「社長の事は社長とお呼びしています。社長もまた、業務中は私を〝赤松さん〟と呼んでくださいます」

 キッチンから斎藤が紅茶を用意する。
 ほんの一瞬だが二人に完全な沈黙が落ち、香澄は変な汗を掻く。

「分からないので正直にお聞きしたいのですが、赤松さんの事を僕は、第二秘書の先輩だと思えばいいのですか? それとも社長の婚約者さんだと思えばいいですか?」

 彼がそう思うのも、もっともだ。
 自分が中途半端な立場にあるのを、香澄が一番分かっている。

「仕事中は第二秘書として扱ってください。接待の席などで、社長は親しい方の前で私を婚約者として同席させる事もあります。そういう時は、少し関係が不明瞭なのだと思います。ですがそれ以外の時は、絶対に公私混同しませんので」

 河野が苦手という訳ではないのだが、自然と言い訳めいた言葉になっていた。

 その時、斎藤が「どうぞ」と紅茶を出した。
 一瞬「助かった」と香澄は話題を変えた。

「今日、河野さんがいらっしゃると聞いて、チョコチップスコーンを作ったんです。もし良かったらお召し上がりください」

 テーブルの上に紅茶と一緒に出されたスコーンを示し、香澄は彼に笑いかける。

「どうも、ご丁寧に」

 しかし河野はお礼を言って紅茶は飲めど、スコーンに手を伸ばす素振りすら見せなかった。

「……では万が一、何かがあった時、まず社長をお助けする次に、赤松さんをお守りすれば良いのですね」
「そんな……、万が一だなんて」

 大げさな、と苦笑するが、河野は至ってまじめな顔だ。

「昨今の世界情勢はあなただって分かっているでしょう。ヨーロッパ、アメリカとて完全に安全な訳ではありません。社長が泊まられるホテルは中心部になるのが自然です。空港だってテロの目標となりがちですし、そう楽観的にもなれません」

「そう……ですね。ですがその時は、私も社長をお守りします。秘書ですから」

 胸を張ってまっすぐ河野を見つめて告げたが、彼は皮肉げな笑みを浮かべる。

「失礼ですが、赤松さんは護身術を習っていますか? 格闘技の経験は?」

 河野が言わんとする事を察し、香澄は決まり悪く黙り込む。
 要するに「口では何を言っても、お前はただの無力な女だ」と言われているのだ。

(悔しい……。私だって本当に社長をお守りしたいと思っているもん)

 ぐ……と、膝の上の手が拳を握る。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ミックスド★バス~家のお風呂なら誰にも迷惑をかけずにイチャイチャ?~

taki
恋愛
【R18】恋人同士となった入浴剤開発者の温子と営業部の水川。 お互いの部屋のお風呂で、人目も気にせず……♥ えっちめシーンの話には♥マークを付けています。 ミックスド★バスの第5弾です。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

社長の奴隷

星野しずく
恋愛
セクシー系の商品を販売するネットショップを経営する若手イケメン社長、茂手木寛成のもとで、大のイケメン好き藤巻美緒は仕事と称して、毎日エッチな人体実験をされていた。そんな二人だけの空間にある日、こちらもイケメン大学生である信楽誠之助がアルバイトとして入社する。ただでさえ異常な空間だった社内は、信楽が入ったことでさらに混乱を極めていくことに・・・。(途中、ごくごく軽いBL要素が入ります。念のため)

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

【R18】豹変年下オオカミ君の恋愛包囲網〜策士な後輩から逃げられません!〜

湊未来
恋愛
「ねぇ、本当に陰キャの童貞だって信じてたの?経験豊富なお姉さん………」 30歳の誕生日当日、彼氏に呼び出された先は高級ホテルのレストラン。胸を高鳴らせ向かった先で見たものは、可愛らしいワンピースを着た女と腕を組み、こちらを見据える彼の姿だった。 一方的に別れを告げられ、ヤケ酒目的で向かったBAR。 「ねぇ。酔っちゃったの……… ………ふふふ…貴方に酔っちゃったみたい」 一夜のアバンチュールの筈だった。 運命とは時に残酷で甘い……… 羊の皮を被った年下オオカミ君×三十路崖っぷち女の恋愛攻防戦。 覗いて行きませんか? ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ ・R18の話には※をつけます。 ・女性が男性を襲うシーンが初回にあります。苦手な方はご注意を。 ・裏テーマは『クズ男愛に目覚める』です。年上の女性に振り回されながら、愛を自覚し、更生するクズ男をゆるっく書けたらいいなぁ〜と。

【R18】鬼上司は今日も私に甘くない

白波瀬 綾音
恋愛
見た目も中身も怖くて、仕事にストイックなハイスペ上司、高濱暁人(35)の右腕として働く私、鈴木梨沙(28)。接待で終電を逃した日から秘密の関係が始まる───。 逆ハーレムのチームで刺激的な日々を過ごすオフィスラブストーリー 法人営業部メンバー 鈴木梨沙:28歳 高濱暁人:35歳、法人営業部部長 相良くん:25歳、唯一の年下くん 久野さん:29歳、一個上の優しい先輩 藍沢さん:31歳、チーフ 武田さん:36歳、課長 加藤さん:30歳、法人営業部事務

【R18】エリートビジネスマンの裏の顔

白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます​─​──​。 私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。 同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが…… この生活に果たして救いはあるのか。 ※サムネにAI生成画像を使用しています

若妻シリーズ

笹椰かな
恋愛
とある事情により中年男性・飛龍(ひりゅう)の妻となった18歳の愛実(めぐみ)。 気の進まない結婚だったが、優しく接してくれる夫に愛実の気持ちは傾いていく。これはそんな二人の夜(または昼)の営みの話。 乳首責め/クリ責め/潮吹き ※表紙の作成/かんたん表紙メーカー様 ※使用画像/SplitShire様

処理中です...