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第六部・社内旅行 編

パリでの再会

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 ほんの少し期待を込めて画面を見つめても、既読にはならなかった。

(もう寝てるか。……おやすみ)

 スマホに口づけそうな甘い微笑みを浮かべたあと、佑は香澄への想いを胸に秘め、スマホを胸ポケットにしまう。

 フランス政府が限られたホテルにのみ、与えた称号がある。
 それを得たホテルに彼は毎回泊まっている。

 空港から約三十分後に到着し、荷物は松井と小金井に任せる。
 なじみのドアマンは佑の顔を見て「Bon retour,Monsieur Miturugi.(おかりなさいませ、御劔様)」と上品な笑みを浮かべた。

 ホテルに入るとこのホテル特有の香り――調香師がこのホテルのためだけに作ったオリエンタルな香りがする。

(この香り、香澄も気に入るかな? 気に入るんだったらホテルのブティックで香水を買っていってもいいけど……)

 これから仕事だというのに、何かあったらすぐ香澄の事を考えてしまう。
 我ながら彼女の事で頭が一杯だ。

 松井がフロントで手続きをしているあいだ、佑はロビーのソファに座り軽く目を閉じていた。

 パリのホテルともなると宿泊客も雑多としていて、英語やフランス語、ドイツ語、イタリア語、中国語……と各国の言語が飛び交っている。
 ほとんどの言語は聞き分けられるが、言語の切り替えに頭が疲れるので佑はあえて何も考えないようにしていた。

 そんな中、靴音が聞こえる。

 コツコツ……という女性のヒールの音で、まっすぐ歩いて行く途中で何かに気付き、立ち止まった。
 少し迷う間があったあと、足音は佑の方へ向かってくる。

(……何だ?)

「ナンパだったら面倒だな」と思い、佑は目を閉じて寝ているふりをする。

 構わず足音は佑の前で止まり、視線を感じた。

(早くどこかに行ってくれ。松井さんはまだか?)

 目を閉じたまま少し苛ついていると、女性の声が彼を呼ぶ。

『カイ?』
「…………」

 自分のドイツ名を呼ばれ、さすがに驚いた。

 思わず目を開くと、目の前に金髪碧眼の美女がいる。

 優しげな顔立ちにウエーブのかかったブロンドヘア。彼女はこのホテルに泊まるに相応しい、上品でエレガントなワンピースを身に纏っていた。

 話しかけてきた言語はドイツ語で、佑は「誰だったっけ?」と内心混乱する。

『カイよね? アドラーおじさまの家の……。今は日本に住んでいるカイよね?』
『失礼ですが、あなたは?』

 クラウザー家が出てくるということは、そっち絡みの知り合いだ。
 しかし佑は本当に身に覚えがなく、育ちの良さそうな彼女に申し訳なさそうな笑みを浮かべ立ち上がる。

 女性は一七〇センチメートル以上ありそうで、モデルのような体型だ。

 彼女は佑が自分を覚えていないと分かると、困ったように微笑む。
 それからハグを求めて両腕を広げた。

『私、エミリアよ。アロイスとクラウスの幼馴染みで、ティーンの時に律や翔と一緒に遊んだじゃない』
『あ……』

 名乗りを受け、関係性を言われて一気に思い出した。

 佑は十代前半の頃からドイツに頻繁に行き来するようになっていた。
 勿論現地では年の近い双子や、彼らの友人らと家族ぐるみで遊んでいたのだが、確かにその中にエミリアという女の子がいた。

 クラウザー家と並ぶ、メイヤー家のお嬢様だ。

 家柄、年齢的に双子と行動を共にしている事が多かったらしく、幼馴染みという意味では彼らを指す方が正しい。

『ふふ、すっかり忘れられていたわね。それにしても随分格好良くなったわ。あなたの活躍は、ずっとネットで見守っていた。だから最近の姿も知っていて、思わず声をかけちゃったの。疲れているのにごめんなさいね』

 彼女が誰か分かった頃になり、松井がフロントでの用事を終えたのが見えた。

『ねぇ、カイ。明日の夜、一緒に食事をできないかしら?』
『あぁ。明日の夜は予定がないから、ゆっくりしようと思ってたところだ』

 知人と分かると愛想良く受け答えできるが、同時に疑問も生まれる。

(これは浮気か?)

 自分としては昔馴染みと食事をするだけだが、香澄が知ればどう思うだろう?
 思わず返事をしてしまった訳だが、次の言葉で一瞬にして後悔した。

『良かったわ、丁度いい! 私は仕事でパリに来ていたんだけど、明日アロクラも出張でこちらに来て、一緒に食事をすることになっていたの。久しぶりに四人で会えるわね』

「…………」

 佑は想わず片手で額を押さえていた。

 なぜこうなると想定していなかったのか。
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