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第六部・社内旅行 編

ずっとこのまま抱き締めてたい

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 そのとき時計の針はもう既に午前二時半だった。

 香澄がスウスウと寝息を立てたのを確認して、佑は微笑むと彼女の額に唇を押しつける。

 その日は遅くまで酒を伴った接待があった。
 しかし彼は香澄にアルコール臭いと思われないように、シャワーに入りしっかり歯磨きをして、口臭ケアのサプリを余分に飲んでからベッドに入った。

 本当は佑の寝室のの方がベッドが広いのだが、彼女を起こす訳にいかない。
 今までなら抱き上げて移動させればいい話だったが、ギプスをしている彼女に、何が負担になるかは分からないので下手なアクションはしないでおいた。

(ああ、いい匂いするな。……落ち着く。この匂いを思う存分嗅いで、柔らかい体を抱き締めて眠れる。……これだけでも幸せなことだよなぁ)

 香澄からふんわりと香る桃の匂いを嗅ぎ、彼は幸せそうに笑う。
 やがて目蓋が落ち、佑も目を閉じる。

(落ち着くな……)

 接待の席で気を遣われ、逆にこちらが気疲れしてしまった。

 佑を喜ばせようとしてか女性のいる飲み屋に連れて行かれ、余計に疲れてしまったのもある。
 女性キャストがしなだれかかってきたので、「こういうのは困ります。婚約者がいますので」ときっぱりと断ると、泣き落とし同然で次の店につれて行かれた。

 結果、こんな遅い時間になってしまったのだ。

 接待の最終ラインとしている時間に無理矢理帰らなければ、明け方近くまで付き合わされたかもしれない。

 静かに溜め息をつき、もう一度彼女の香りを深く吸い込む。

(ずっとこのまま香澄を抱き締めてたい)

 本音を言えば、挿入したまま抱き締めていたい。

(明日は午前中から空港に向かってフランスか……。香澄との時間が足りない。ゆっくりセックスしたい……)

 意識がとろりと眠りの淵に落ちてゆく。

 指先に微かに力を入れると、キャミソールの間から忍ばせた手が香澄の背中を撫でた。
 無駄毛が完全に処理され、スクラブの手入れでつるりとした肌。

 子供がぬいぐるみやタオルを触って安堵するように、佑は香澄の肌を撫でいつのまにか眠りに落ちていた。



**



 遠くでチャイムが鳴る音がし、香澄は目覚めた。

「ん……。佑さん?」

 体はしっかり佑に抱き締められていて、いつのまにキャミソールが捲り上げられている。
 その胸元に佑は顔を埋め、スースーと熟睡していた。

「……もう」

 恥ずかしいのと少し嬉しい気持ちがない交ぜになり、香澄は苦笑する。
 彼の頭越しにサイドボードの時計を確認すると、八時だ。

 もう一度チャイムが鳴り、香澄は相手が松井だと察した。

「ねぇ、佑さん。起きて? 今日出張でしょ?」
「ん……」

 声を掛けても佑はさらに香澄を抱き締めるだけだ。
 階下から玄関のドアを開く音がし、「お邪魔致します」と松井の声がした。

(どうしよう! こんな姿を見られたら……!)

 この上なく焦るが、松井の静かな足音は迷いなく階段を上がってきている。

「た、佑さん。起きて? 松井さん来てるよ?」

 背中をトントンと叩いても、佑は「んー……」と唸っているのみだ。
 そしてとうとう足音が二階の廊下を進み、絶体絶命と思った時――。

「赤松さん、おはようございます。松井です。お姿は目にしませんよう配慮致しますので、ご安心ください。御劔邸をあと四十分のうちに出れば大丈夫ですので、それまでに社長を起こしてくださいますか?」
「は、はい! 承知致しました!」

(さすが松井さん!)

 泣けるほどの配慮がありがたい。
 そうとなればここばかりは第二秘書が復活し、社長を叩き起こさなければいけない。

「社長! 起きてください! これからすぐ身支度をして、フランスへ出張です」

 がっちりと抱き締められたまま、香澄は秘書の声を出す。

「んー……」

 分かっているのかいないのか、佑がうなりながらゴロンと寝返りを打つ。香澄は押し倒され、天井を向く。
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