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第六部・社内旅行 編

〝ポッと出の第二秘書〟

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(そんなことしたら、絶対に快く思わない人もいるだろうしな……)

 その頃には復帰できていると思うが、佑の過保護でいつまで休みになるか分からない。

 加えて足が本調子ではない状態で社員旅行に参加して、他の人に迷惑を掛けるのも本意ではない。
 今のところギプスは一か月から一か月半は着けたままになると言われていて、その間松葉杖は必須だ。

 香澄が幾ら「大丈夫」と言っても、ギプスをしていれば視覚的に痛々しく見える。
 恋人にはだだ甘な彼が、ギプスに松葉杖のコンボの状態で出社させてくれるかどうか、というところだ。

 怪我療養として休んでいたとすれば、他の社員によく思われない可能性が高い。

 秘書課が最たる例だ。

 今まで表立って敵意は向けられていないが、好意的に見られているとは思っていない。
 秘書課にお使いがあって訪れると、女性秘書たちから遠慮のない視線をもらっていた。

 しかしそれについては、仕方がないと思っている。

 一般社員よりも、秘書課の方が彼とお近づきになれる機会は多い。
 その分、彼女たちは「いつ松井の補佐として秘書課から抜擢されるか」に神経を尖らせていたのだろう。

 松井が定年を考えて、自分の後を継ぐ者について考えたいと佑に申し出たのは近年らしい。
 だが口に出さずとも、彼の年齢を考えると「いずれ……」と誰もが思う。

 表面上何事もなかったかのように日々の業務をこなしつつ、彼女たちは水面下で互いをライバルに思っていた。

 そこで香澄がポッと出て、秘書の経験もないのに第二秘書の座に収まったのだ。

 面白くないに決まっている。

 秘書課の女性全員が香澄の敵ではないだろうし、中には淡々と仕事をしている人も当然いると思っている。
 けれど自分に良くない感情を抱いている人がいるのは確かだ。
 秘書課だけでなく、他の課であっても〝ポッと出の第二秘書〟を快く思っていない人はいるだろう。
 男性であっても、野心の強い者になら同様に思われていてもおかしくない。

 そんな状態で、「楽しそうなので、本当なら怪我療養ですが、社員旅行だけ参加しにきました」という体で社員旅行に参加すれば、大ブーイング必須だ。

「あー……」

 ソファの背もたれにもたれかかり、天井を仰ぐ。

 その声を聞いても、斎藤はあえて声を掛けてこなかった。
 けれど、その配慮がありがたかった。

 斎藤は第二の家族的な存在で、どんな事でも気軽に相談できる。
 しかし何かがあるたびに逐一すべてを言う……のとはまた違う。

 その辺りは、求めれば応えてくれて、他は見て見ぬふりをするという距離感が、とてもありがたかった。



**



 朝に佑がメモに「遅くなる」と書いてあった通り、その日は深夜を過ぎても帰ってこなかった。

「今日は接待だもんなぁ。しょうがないか。……先に寝ておこう」

 自分の部屋でゴロゴロとテレビを見ていたのだが、諦めも肝心だ。

「フェリシア、電気を消して」

 最初はAIに話しかけるのも恥ずかしかったのだが、最近は少しずつ慣れてきた。
 大きい照明が消えてしまうと、枕元の電気を頼りに香澄はもそもそとベッドに移動する。

「佑さん、おやすみなさい」

 ここにいない人におやすみを言い、香澄は目を閉じる。

 帰国して安堵し、馴染んだ家で寝起きするようになって、寝付きも良くなってきた。
 ドイツに滞在していた時は、心配と不安もあり、やはり不眠気味ではあったのだ。

 お守りのような気持ちでベッドサイドに睡眠導入剤を置いてあるが、今のところ六割ぐらいの勝率で自力で眠れている。

「早く健康にならないと……」

 もそ、とタオルケットの中で身じろぎをし、香澄は寝るまでのあいだ佑の事を考えた。





「……ん」

 ベッドがたわむ感覚と隣に人の気配を感じ、香澄の意識が浮上する。
 寝返りを打って時計を確認しようとすると、ちゅ、と額に唇が押し当てられた。

「……たすく、さん?」

 ふにゃ……とした声で尋ねると、「ただいま」と愛しい人の声がする。

「……おかえりなさい……。いまなんじ?」
「まだ一時だよ。起こしてごめん。一緒に寝よう」
「ん……」

 安心して香澄は佑の体に腕をまわし、目を閉じた。

(佑さんの匂いだ)

 嗅ぎ慣れた香りに一気に安堵感が増し、すぐに香澄は眠りの世界へ戻っていった。
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