217 / 1,536
第六部・社内旅行 編
〝ポッと出の第二秘書〟
しおりを挟む
(そんなことしたら、絶対に快く思わない人もいるだろうしな……)
その頃には復帰できていると思うが、佑の過保護でいつまで休みになるか分からない。
加えて足が本調子ではない状態で社員旅行に参加して、他の人に迷惑を掛けるのも本意ではない。
今のところギプスは一か月から一か月半は着けたままになると言われていて、その間松葉杖は必須だ。
香澄が幾ら「大丈夫」と言っても、ギプスをしていれば視覚的に痛々しく見える。
恋人にはだだ甘な彼が、ギプスに松葉杖のコンボの状態で出社させてくれるかどうか、というところだ。
怪我療養として休んでいたとすれば、他の社員によく思われない可能性が高い。
秘書課が最たる例だ。
今まで表立って敵意は向けられていないが、好意的に見られているとは思っていない。
秘書課にお使いがあって訪れると、女性秘書たちから遠慮のない視線をもらっていた。
しかしそれについては、仕方がないと思っている。
一般社員よりも、秘書課の方が彼とお近づきになれる機会は多い。
その分、彼女たちは「いつ松井の補佐として秘書課から抜擢されるか」に神経を尖らせていたのだろう。
松井が定年を考えて、自分の後を継ぐ者について考えたいと佑に申し出たのは近年らしい。
だが口に出さずとも、彼の年齢を考えると「いずれ……」と誰もが思う。
表面上何事もなかったかのように日々の業務をこなしつつ、彼女たちは水面下で互いをライバルに思っていた。
そこで香澄がポッと出て、秘書の経験もないのに第二秘書の座に収まったのだ。
面白くないに決まっている。
秘書課の女性全員が香澄の敵ではないだろうし、中には淡々と仕事をしている人も当然いると思っている。
けれど自分に良くない感情を抱いている人がいるのは確かだ。
秘書課だけでなく、他の課であっても〝ポッと出の第二秘書〟を快く思っていない人はいるだろう。
男性であっても、野心の強い者になら同様に思われていてもおかしくない。
そんな状態で、「楽しそうなので、本当なら怪我療養ですが、社員旅行だけ参加しにきました」という体で社員旅行に参加すれば、大ブーイング必須だ。
「あー……」
ソファの背もたれにもたれかかり、天井を仰ぐ。
その声を聞いても、斎藤はあえて声を掛けてこなかった。
けれど、その配慮がありがたかった。
斎藤は第二の家族的な存在で、どんな事でも気軽に相談できる。
しかし何かがあるたびに逐一すべてを言う……のとはまた違う。
その辺りは、求めれば応えてくれて、他は見て見ぬふりをするという距離感が、とてもありがたかった。
**
朝に佑がメモに「遅くなる」と書いてあった通り、その日は深夜を過ぎても帰ってこなかった。
「今日は接待だもんなぁ。しょうがないか。……先に寝ておこう」
自分の部屋でゴロゴロとテレビを見ていたのだが、諦めも肝心だ。
「フェリシア、電気を消して」
最初はAIに話しかけるのも恥ずかしかったのだが、最近は少しずつ慣れてきた。
大きい照明が消えてしまうと、枕元の電気を頼りに香澄はもそもそとベッドに移動する。
「佑さん、おやすみなさい」
ここにいない人におやすみを言い、香澄は目を閉じる。
帰国して安堵し、馴染んだ家で寝起きするようになって、寝付きも良くなってきた。
ドイツに滞在していた時は、心配と不安もあり、やはり不眠気味ではあったのだ。
お守りのような気持ちでベッドサイドに睡眠導入剤を置いてあるが、今のところ六割ぐらいの勝率で自力で眠れている。
「早く健康にならないと……」
もそ、とタオルケットの中で身じろぎをし、香澄は寝るまでのあいだ佑の事を考えた。
「……ん」
ベッドがたわむ感覚と隣に人の気配を感じ、香澄の意識が浮上する。
寝返りを打って時計を確認しようとすると、ちゅ、と額に唇が押し当てられた。
「……たすく、さん?」
ふにゃ……とした声で尋ねると、「ただいま」と愛しい人の声がする。
「……おかえりなさい……。いまなんじ?」
「まだ一時だよ。起こしてごめん。一緒に寝よう」
「ん……」
安心して香澄は佑の体に腕をまわし、目を閉じた。
(佑さんの匂いだ)
嗅ぎ慣れた香りに一気に安堵感が増し、すぐに香澄は眠りの世界へ戻っていった。
その頃には復帰できていると思うが、佑の過保護でいつまで休みになるか分からない。
加えて足が本調子ではない状態で社員旅行に参加して、他の人に迷惑を掛けるのも本意ではない。
今のところギプスは一か月から一か月半は着けたままになると言われていて、その間松葉杖は必須だ。
香澄が幾ら「大丈夫」と言っても、ギプスをしていれば視覚的に痛々しく見える。
恋人にはだだ甘な彼が、ギプスに松葉杖のコンボの状態で出社させてくれるかどうか、というところだ。
怪我療養として休んでいたとすれば、他の社員によく思われない可能性が高い。
秘書課が最たる例だ。
今まで表立って敵意は向けられていないが、好意的に見られているとは思っていない。
秘書課にお使いがあって訪れると、女性秘書たちから遠慮のない視線をもらっていた。
しかしそれについては、仕方がないと思っている。
一般社員よりも、秘書課の方が彼とお近づきになれる機会は多い。
その分、彼女たちは「いつ松井の補佐として秘書課から抜擢されるか」に神経を尖らせていたのだろう。
松井が定年を考えて、自分の後を継ぐ者について考えたいと佑に申し出たのは近年らしい。
だが口に出さずとも、彼の年齢を考えると「いずれ……」と誰もが思う。
表面上何事もなかったかのように日々の業務をこなしつつ、彼女たちは水面下で互いをライバルに思っていた。
そこで香澄がポッと出て、秘書の経験もないのに第二秘書の座に収まったのだ。
面白くないに決まっている。
秘書課の女性全員が香澄の敵ではないだろうし、中には淡々と仕事をしている人も当然いると思っている。
けれど自分に良くない感情を抱いている人がいるのは確かだ。
秘書課だけでなく、他の課であっても〝ポッと出の第二秘書〟を快く思っていない人はいるだろう。
男性であっても、野心の強い者になら同様に思われていてもおかしくない。
そんな状態で、「楽しそうなので、本当なら怪我療養ですが、社員旅行だけ参加しにきました」という体で社員旅行に参加すれば、大ブーイング必須だ。
「あー……」
ソファの背もたれにもたれかかり、天井を仰ぐ。
その声を聞いても、斎藤はあえて声を掛けてこなかった。
けれど、その配慮がありがたかった。
斎藤は第二の家族的な存在で、どんな事でも気軽に相談できる。
しかし何かがあるたびに逐一すべてを言う……のとはまた違う。
その辺りは、求めれば応えてくれて、他は見て見ぬふりをするという距離感が、とてもありがたかった。
**
朝に佑がメモに「遅くなる」と書いてあった通り、その日は深夜を過ぎても帰ってこなかった。
「今日は接待だもんなぁ。しょうがないか。……先に寝ておこう」
自分の部屋でゴロゴロとテレビを見ていたのだが、諦めも肝心だ。
「フェリシア、電気を消して」
最初はAIに話しかけるのも恥ずかしかったのだが、最近は少しずつ慣れてきた。
大きい照明が消えてしまうと、枕元の電気を頼りに香澄はもそもそとベッドに移動する。
「佑さん、おやすみなさい」
ここにいない人におやすみを言い、香澄は目を閉じる。
帰国して安堵し、馴染んだ家で寝起きするようになって、寝付きも良くなってきた。
ドイツに滞在していた時は、心配と不安もあり、やはり不眠気味ではあったのだ。
お守りのような気持ちでベッドサイドに睡眠導入剤を置いてあるが、今のところ六割ぐらいの勝率で自力で眠れている。
「早く健康にならないと……」
もそ、とタオルケットの中で身じろぎをし、香澄は寝るまでのあいだ佑の事を考えた。
「……ん」
ベッドがたわむ感覚と隣に人の気配を感じ、香澄の意識が浮上する。
寝返りを打って時計を確認しようとすると、ちゅ、と額に唇が押し当てられた。
「……たすく、さん?」
ふにゃ……とした声で尋ねると、「ただいま」と愛しい人の声がする。
「……おかえりなさい……。いまなんじ?」
「まだ一時だよ。起こしてごめん。一緒に寝よう」
「ん……」
安心して香澄は佑の体に腕をまわし、目を閉じた。
(佑さんの匂いだ)
嗅ぎ慣れた香りに一気に安堵感が増し、すぐに香澄は眠りの世界へ戻っていった。
42
お気に入りに追加
2,501
あなたにおすすめの小説
【女性向けR18】幼なじみにセルフ脱毛で際どい部分に光を当ててもらっています
タチバナ
恋愛
彼氏から布面積の小さな水着をプレゼントされました。
夏になったらその水着でプールか海に行こうと言われています。
まだ春なのでセルフ脱毛を頑張ります!
そんな中、脱毛器の眩しいフラッシュを何事かと思った隣の家に住む幼なじみの陽介が、脱毛中のミクの前に登場!
なんと陽介は脱毛を手伝ってくれることになりました。
抵抗はあったものの順調に脱毛が進み、今日で脱毛のお手伝いは4回目です!
【作品要素】
・エロ=⭐︎⭐︎⭐︎
・恋愛=⭐︎⭐︎⭐︎
義兄に告白されて、承諾したらトロ甘な生活が待ってました。
アタナシア
恋愛
母の再婚をきっかけにできたイケメンで完璧な義兄、海斗。ひょんなことから、そんな海斗に告白をされる真名。
捨てられた子犬みたいな目で告白されたら断れないじゃん・・・!!
承諾してしまった真名に
「ーいいの・・・?ー ほんとに?ありがとう真名。大事にするね、ずっと・・・♡」熱い眼差を向けられて、そのままーーーー・・・♡。
前世で処刑された聖女、今は黒薬師と呼ばれています
矢野りと
恋愛
旧題:前世で処刑された聖女はひっそりと生きていくと決めました〜今世では黒き薬師と呼ばれています〜
――『偽聖女を処刑しろっ!』
民衆がそう叫ぶなか、私の目の前で大切な人達の命が奪われていく。必死で神に祈ったけれど奇跡は起きなかった。……聖女ではない私は無力だった。
何がいけなかったのだろうか。ただ困っている人達を救いたい一心だっただけなのに……。
人々の歓声に包まれながら私は処刑された。
そして、私は前世の記憶を持ったまま、親の顔も知らない孤児として生まれ変わった。周囲から見れば恵まれているとは言い難いその境遇に私はほっとした。大切なものを持つことがなによりも怖かったから。
――持たなければ、失うこともない。
だから森の奥深くでひっそりと暮らしていたのに、ある日二人の騎士が訪ねてきて……。
『黒き薬師と呼ばれている薬師はあなたでしょうか?』
基本はほのぼのですが、シリアスと切なさありのお話です。
※この作品の設定は架空のものです。
※一話目だけ残酷な描写がありますので苦手な方はご自衛くださいませ。
※感想欄のネタバレ配慮はありません(._.)
所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!
ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。
幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。
婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。
王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。
しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。
貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。
遠回しに二人を注意するも‥
「所詮あなたは他人だもの!」
「部外者がしゃしゃりでるな!」
十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。
「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」
関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが…
一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。
なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…
この満ち足りた匣庭の中で 一章―Demon of miniature garden―
至堂文斗
ミステリー
――鬼の伝承に準えた、血も凍る連続殺人事件の謎を追え。
『満ち足りた暮らし』をコンセプトとして発展を遂げてきたニュータウン、満生台。
巨大な医療センターの設立を機に人口は増加していき、世間からの注目も集まり始めていた。
更なる発展を目指し、電波塔建設の計画が進められていくが、一部の地元住民からは反対の声も上がる。
曰く、満生台には古くより三匹の鬼が住み、悪事を働いた者は祟られるという。
医療センターの闇、三鬼村の伝承、赤い眼の少女。
月面反射通信、電磁波問題、ゼロ磁場。
ストロベリームーン、バイオタイド理論、ルナティック……。
ささやかな箱庭は、少しずつ、けれど確実に壊れていく。
伝承にある満月の日は、もうすぐそこまで迫っていた――。
出題篇PV:https://www.youtube.com/watch?v=1mjjf9TY6Io
自称ヒロインに「あなたはモブよ!」と言われましたが、私はモブで構いません!!
ゆずこしょう
恋愛
ティアナ・ノヴァ(15)には1人の変わった友人がいる。
ニーナ・ルルー同じ年で小さい頃からわたしの後ろばかり追ってくる、少しめんどくさい赤毛の少女だ。
そしていつも去り際に一言。
「私はヒロインなの!あなたはモブよ!」
ティアナは思う。
別に物語じゃないのだし、モブでいいのではないだろうか…
そんな一言を言われるのにも飽きてきたので私は学院生活の3年間ニーナから隠れ切ることに決めた。
待つわけないでしょ。新しい婚約者と幸せになります!
風見ゆうみ
恋愛
「1番愛しているのは君だ。だから、今から何が起こっても僕を信じて、僕が迎えに行くのを待っていてくれ」彼は、辺境伯の長女である私、リアラにそうお願いしたあと、パーティー会場に戻るなり「僕、タントス・ミゲルはここにいる、リアラ・フセラブルとの婚約を破棄し、公爵令嬢であるビアンカ・エッジホールとの婚約を宣言する」と叫んだ。
婚約破棄した上に公爵令嬢と婚約?
憤慨した私が婚約破棄を受けて、新しい婚約者を探していると、婚約者を奪った公爵令嬢の元婚約者であるルーザー・クレミナルが私の元へ訪ねてくる。
アグリタ国の第5王子である彼は整った顔立ちだけれど、戦好きで女性嫌い、直属の傭兵部隊を持ち、冷酷な人間だと貴族の中では有名な人物。そんな彼が私との婚約を持ちかけてくる。話してみると、そう悪い人でもなさそうだし、白い結婚を前提に婚約する事にしたのだけど、違うところから待ったがかかり…。
※暴力表現が多いです。喧嘩が強い令嬢です。
※史実とは関係ない異世界の世界観であり、設定はゆるゆるで、ご都合主義です。魔法も存在します。
格闘シーンがお好きでない方、浮気男に過剰に反応される方は読む事をお控え下さい。感想をいただけるのは大変嬉しいのですが、感想欄での感情的な批判、暴言などはご遠慮願います。
【R18】溺愛される公爵令嬢は鈍すぎて王子の腹黒に気づかない
かぐや
恋愛
公爵令嬢シャルロットは、まだデビューしていないにも関わらず社交界で噂になる程美しいと評判の娘であった。それは子供の頃からで、本人にはその自覚は全く無いうえ、純真過ぎて幾度も簡単に拐われかけていた。幼少期からの婚約者である幼なじみのマリウス王子を始め、周りの者が
シャルロットを護る為いろいろと奮闘する。そんなお話になる予定です。溺愛系えろラブコメです。
女性が少なく子を増やす為、性に寛容で一妻多夫など婚姻の形は多様。女性大事の世界で、体も中身もかなり早熟の為13歳でも16.7歳くらいの感じで、主人公以外の女子がイケイケです。全くもってえっちでけしからん世界です。
設定ゆるいです。
出来るだけ深く考えず気軽〜に読んで頂けたら助かります。コメディなんです。
ちょいR18には※を付けます。
本番R18には☆つけます。
※直接的な表現や、ちょこっとお下品な時もあります。あとガッツリ近親相姦や、複数プレイがあります。この世界では家族でも親以外は結婚も何でもありなのです。ツッコミ禁止でお願いします。
苦手な方はお戻りください。
基本、溺愛えろコメディなので主人公が辛い事はしません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる