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第五部・ブルーメンブラットヴィル 編

ただいま

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「うー……」

 佑は香澄を可愛い、可愛いと言ってくれるが、自分で鏡を見ると特にそうは思えない。

 特に自撮りをしようとインカメラにすると、「何これ!?」という感覚になるので、素のままでの自撮りは滅多にしない。

 以前は自撮りそのものをほぼしていなかったが、ごく最近〝盛る〟アプリに少しだけ目覚め、加工の楽しさに気付いた。

 だが佑は素のままの写真がほしいと言っているのであって……。

(罰ゲームだなぁ……)

 身動きが取れないままスマホを上下させ、一生懸命一番可愛く見える角度を探す。

「こんなもんでいいか……」

 やがて「ここか」というところでボタンをタップし、室内にカシャッという音がする。

(そういえば、スマホのカメラって日本のだけ盗撮防止に音が鳴るんだっけ)

 不意に以前どこかで得た知識を思い出す。
 それを佑に言うと、「サイレントで撮影できるカメラアプリもあるから、ほぼ意味がないけどな」と言われて、その通りだと思ったのだった。

 撮れた写真を、明るさや色味だけ加工して、それを後悔しないうちにポンと佑に送った。

『佑さんの自撮りも見たい』

 自分だけ恥ずかしい思いをするのは嫌だし、佑の顔を見たいのは香澄も同じだ。

 そうメッセージを送ると、香澄ほど時間を掛けずにポンと彼の写真が送られてきた。

「ううう……っ」

 見覚えのある白いシートに座っている佑は、どんな角度から見ても格好いい。
 疲れが多少滲み出ているが、決して彼の美貌を損なわせるものではない。

『ありがとう。心の栄養にしました』
『同行人がいなかったら、おかずにしてた』

「もうっ!」

 相変わらず香澄にだけセクハラ体質なところに、思わずツッコミを入れ、それからクスクス笑い出した。

「……変わってないなぁ」

 だから好き、と心の中で付け足し、いつの間にか笑顔になっている自分に気付く。

(いつだって佑さんに勇気と元気をもらってるんだ)

 自分に言い聞かせ、今は怪我をしているけれど、きっと彼と楽しく過ごしていればあっという間に時間が過ぎると思った。

『待ってます』

 そうメッセージを打ったあと、彼には少しでも寝てもらいたいと思い、キャラクターが『おやすみなさい』を言っているスタンプを送った。
 ふぅ……、と息をつき、目の前の空間を見る。

「とりあえず、待とう」

 色々不安になる事はあるが、今はあえて考える事を先送りにした。

 スマホで電子書籍アプリを開き、香澄は小説の続きを読み始めた。



**



 佑が現れたのは翌日、香澄が夕食をとっている時だった。

「ただいま」
「佑さん!」

 術後の経過もいいので、その時は柔らかく煮たショートパスタをフォークで食べていた。
 彼は部屋に入ったあと、しばらく立ち尽くしたまま香澄を見ていた。

「……あの。…………おかえりなさい」

 フォークを置いた香澄は、両手を広げて彼にハグを求める。
 その仕草を見て初めて、ハッとした彼は近寄ってきて優しく抱きしめてくれた。

「ただいま」

 匂いを嗅ぎ、体から伝わる低く艶やかな声を聞いて、側に佑がいるのだと実感できる。

「……うん……」

 安心して彼の背中に手を回し、香澄はスゥ……と彼の匂いを吸い込む。
 しばらくお互いが満足するまで抱擁を交わしたあと、佑がゆっくり体を離した。

「ご家族は今ホテルにいる。祖父から連絡があってホテルを手配したとの事だった。今日は夜だから、ご家族には明日お見舞いに来てもらう。いいか?」

「うん。連れてきてくれてありがとう」
「どういたしまして」

 お礼を言った香澄は、自分がとてもリラックスしているのに気付いた。
 佑が家族を連れて来てくれた安堵感もあるし、何より彼が側にいてくれるのが嬉しい。

「あまり長居はできないけど、少し話していいか? 食べていていいから」
「うん、もうお腹いっぱいだからいいよ」
「駄目だ。遠慮しないでちゃんと食べて」

 軽く睨まれ、香澄は「うう……」とうなってから、気持ち急ぎめでフォークを動かした。

 やがて食べ終える頃には、佑がノンカフェインの紅茶を入れてくれていた。
 二人でカップを持ち、どことなくぎこちなく微笑み合う。

「少しの間だったけど、変わりはなかったか?」
「うん」

 頷いてから、アドラーたちが来た事を思い出し、香澄の視線がピタリと止まる。
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