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第五部・ブルーメンブラットヴィル 編

香澄が足りない

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 双子も、挨拶をして病室を去って行った。

 香澄は少し微笑んだまま息をつき、佑から連絡が入っていないかスマホを確認する。

『ご家族と、母を連れて今そっちに向かっている。もう少し待っていて』

 メッセージアプリ、コネクターナウにはそうあった。

 現在ブルーメンブラットヴィルでは十八時すぎで、時差アプリで確認すると東京はいま深夜の一時だ。
 恐らく昨日のうちに日本に到着して家族たちを回収し、飛行機の燃料やその他整備の時間を待って、すぐに飛び立ったのだろう。

(いくら佑さんが出張で飛行機に慣れていて、あの飛行機がとても居心地がいいとしても、とても疲れてるはずだ……。申し訳ない)

 思わず溜め息をつき、固定されている左足を見る。

 最近は医療も進み、これから数日後にはリハビリが始まるそうだ。
 帰国するタイミングについては、佑がこちらに戻ってから考えなければいけない。
 移動するのに松葉杖や車椅子があるとしても、術後何もしていない状態で勝手に日本に戻るのは良くないのでは、という心配もある。

「ひとまず、今は心配しても仕方ないか。私はどこにも行けないし、佑さんは移動中」

 自分に言い聞かせ、香澄は佑に返事を打つ。

『飛行機だけど、気をつけてね。家族にも宜しく』

 そのあと、ほのぼのとしたキャラクターのスタンプで『待ってます』という物を送った。
 移動中だから多分寝ていると思っていたが、すぐに既読のマークがつく。

『自撮り見せて。香澄が足りない』

 そのメッセージを見て、思わず破顔した。

「もぉ……」

 仕方ないなぁ、と思いカメラアプリを起動しようとした時、さらに佑からメッセージが入る。

『アプリでの加工なしで! ナチュラル香澄をお願いします』
「んー」

 加工をして盛ると、素の自分より目が大きく、輪郭もほっそりと見せられる上に、メイク効果もあるし、美白にも肌が滑らかにもなる。
 女性として好きな人には綺麗になった姿を見せたいと思うのに、入院してろくに風呂にも入れていないこの状況の写真を送れというのは、いささかつらい。

「でもリクエストなら……」

 佑とは毎日顔を合わせている仲だし、スマホで画像を送るからといって、現実とは違う姿を見せる必要がないといえばない。

 見栄の張りようがないのだ。

 手を伸ばしてベッドサイドの引き出しから手鏡を出し、顔や髪をチェックする。
 香澄は旅行にはコンパクトミラーしか持って来ていなかったが、入院するにあたって節子が見やすい大きな鏡を用意してくれた。

 そういうところは、女性視点でとても助かる。

 まだシャワーや風呂に入れていない状況もあり、座った状態でシャンプーができる機械まで用意してくれた。
 以前にネットで介護用にと動画が流れているのを見て、「凄いな」と認識していた商品だ。
 機械のホースを掃除機に繋ぎ、専用のシャンプーで泡立てた髪を、ブラシ型のノズルで吸い取りながら洗い流していくという、画期的な物だ。

 その時はまさか自分が世話になると思わず、いつか祖父母が動けなくなった時に……と考えていた。
 つくづく、人生いつ何が起こるか分からないものである。

 そういう時に佑と投資の話をしていたのを思い出す。

『自分に直接関係ない世界でも、ニュースを見て〝これは凄い。話題になりそうだ〟と思ったら、大体株価が上がる事が多い。そういうところで判断しているよ。逆に悪い噂には投資家は敏感だから、そちらにもアンテナを伸ばさないとだけど』

(色んなところで繋がってるんだなぁ)

 彼といると、いつも知らない世界やものの見方を教えてもらえる。

 本当はこういう知識は金を払って得るものに思えるので、無料で〝世界の御劔〟の考えを知る事ができている自分は果報者だと思っていた。

 すぐに何でも彼のいう事を実践できるかと言われたらできないが、少しずつ自分の心構えをアップデートしていく事はできる。

「髪は……、一応、よし、と」

 看護師にお願いをして、節子が持って来てくれたマシンを使っての洗髪はできた。
 用意周到にも周囲が濡れないようにシャンプーハットやヘアクロスなど、必要な道具はすべて整っていた。

 佑と双子から、日本では当たり前にあってドイツでは見ない物などもあるらしい。
 そこは節子の事なので、日本の親戚や友人から便利そうな新商品の情報などは逐一仕入れ、また昔からある使い慣れた物も欠かさないようにしているのだろう。

 お陰で髪はサラサラで、香澄は鏡を見て前髪を整える。

 フェイスケアも何とかできているので、「えい、いいや」と思ってインカメラにする。
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