184 / 1,550
第五部・ブルーメンブラットヴィル 編
香澄が足りない
しおりを挟む
双子も、挨拶をして病室を去って行った。
香澄は少し微笑んだまま息をつき、佑から連絡が入っていないかスマホを確認する。
『ご家族と、母を連れて今そっちに向かっている。もう少し待っていて』
メッセージアプリ、コネクターナウにはそうあった。
現在ブルーメンブラットヴィルでは十八時すぎで、時差アプリで確認すると東京はいま深夜の一時だ。
恐らく昨日のうちに日本に到着して家族たちを回収し、飛行機の燃料やその他整備の時間を待って、すぐに飛び立ったのだろう。
(いくら佑さんが出張で飛行機に慣れていて、あの飛行機がとても居心地がいいとしても、とても疲れてるはずだ……。申し訳ない)
思わず溜め息をつき、固定されている左足を見る。
最近は医療も進み、これから数日後にはリハビリが始まるそうだ。
帰国するタイミングについては、佑がこちらに戻ってから考えなければいけない。
移動するのに松葉杖や車椅子があるとしても、術後何もしていない状態で勝手に日本に戻るのは良くないのでは、という心配もある。
「ひとまず、今は心配しても仕方ないか。私はどこにも行けないし、佑さんは移動中」
自分に言い聞かせ、香澄は佑に返事を打つ。
『飛行機だけど、気をつけてね。家族にも宜しく』
そのあと、ほのぼのとしたキャラクターのスタンプで『待ってます』という物を送った。
移動中だから多分寝ていると思っていたが、すぐに既読のマークがつく。
『自撮り見せて。香澄が足りない』
そのメッセージを見て、思わず破顔した。
「もぉ……」
仕方ないなぁ、と思いカメラアプリを起動しようとした時、さらに佑からメッセージが入る。
『アプリでの加工なしで! ナチュラル香澄をお願いします』
「んー」
加工をして盛ると、素の自分より目が大きく、輪郭もほっそりと見せられる上に、メイク効果もあるし、美白にも肌が滑らかにもなる。
女性として好きな人には綺麗になった姿を見せたいと思うのに、入院してろくに風呂にも入れていないこの状況の写真を送れというのは、いささかつらい。
「でもリクエストなら……」
佑とは毎日顔を合わせている仲だし、スマホで画像を送るからといって、現実とは違う姿を見せる必要がないといえばない。
見栄の張りようがないのだ。
手を伸ばしてベッドサイドの引き出しから手鏡を出し、顔や髪をチェックする。
香澄は旅行にはコンパクトミラーしか持って来ていなかったが、入院するにあたって節子が見やすい大きな鏡を用意してくれた。
そういうところは、女性視点でとても助かる。
まだシャワーや風呂に入れていない状況もあり、座った状態でシャンプーができる機械まで用意してくれた。
以前にネットで介護用にと動画が流れているのを見て、「凄いな」と認識していた商品だ。
機械のホースを掃除機に繋ぎ、専用のシャンプーで泡立てた髪を、ブラシ型のノズルで吸い取りながら洗い流していくという、画期的な物だ。
その時はまさか自分が世話になると思わず、いつか祖父母が動けなくなった時に……と考えていた。
つくづく、人生いつ何が起こるか分からないものである。
そういう時に佑と投資の話をしていたのを思い出す。
『自分に直接関係ない世界でも、ニュースを見て〝これは凄い。話題になりそうだ〟と思ったら、大体株価が上がる事が多い。そういうところで判断しているよ。逆に悪い噂には投資家は敏感だから、そちらにもアンテナを伸ばさないとだけど』
(色んなところで繋がってるんだなぁ)
彼といると、いつも知らない世界やものの見方を教えてもらえる。
本当はこういう知識は金を払って得るものに思えるので、無料で〝世界の御劔〟の考えを知る事ができている自分は果報者だと思っていた。
すぐに何でも彼のいう事を実践できるかと言われたらできないが、少しずつ自分の心構えをアップデートしていく事はできる。
「髪は……、一応、よし、と」
看護師にお願いをして、節子が持って来てくれたマシンを使っての洗髪はできた。
用意周到にも周囲が濡れないようにシャンプーハットやヘアクロスなど、必要な道具はすべて整っていた。
佑と双子から、日本では当たり前にあってドイツでは見ない物などもあるらしい。
そこは節子の事なので、日本の親戚や友人から便利そうな新商品の情報などは逐一仕入れ、また昔からある使い慣れた物も欠かさないようにしているのだろう。
お陰で髪はサラサラで、香澄は鏡を見て前髪を整える。
フェイスケアも何とかできているので、「えい、いいや」と思ってインカメラにする。
香澄は少し微笑んだまま息をつき、佑から連絡が入っていないかスマホを確認する。
『ご家族と、母を連れて今そっちに向かっている。もう少し待っていて』
メッセージアプリ、コネクターナウにはそうあった。
現在ブルーメンブラットヴィルでは十八時すぎで、時差アプリで確認すると東京はいま深夜の一時だ。
恐らく昨日のうちに日本に到着して家族たちを回収し、飛行機の燃料やその他整備の時間を待って、すぐに飛び立ったのだろう。
(いくら佑さんが出張で飛行機に慣れていて、あの飛行機がとても居心地がいいとしても、とても疲れてるはずだ……。申し訳ない)
思わず溜め息をつき、固定されている左足を見る。
最近は医療も進み、これから数日後にはリハビリが始まるそうだ。
帰国するタイミングについては、佑がこちらに戻ってから考えなければいけない。
移動するのに松葉杖や車椅子があるとしても、術後何もしていない状態で勝手に日本に戻るのは良くないのでは、という心配もある。
「ひとまず、今は心配しても仕方ないか。私はどこにも行けないし、佑さんは移動中」
自分に言い聞かせ、香澄は佑に返事を打つ。
『飛行機だけど、気をつけてね。家族にも宜しく』
そのあと、ほのぼのとしたキャラクターのスタンプで『待ってます』という物を送った。
移動中だから多分寝ていると思っていたが、すぐに既読のマークがつく。
『自撮り見せて。香澄が足りない』
そのメッセージを見て、思わず破顔した。
「もぉ……」
仕方ないなぁ、と思いカメラアプリを起動しようとした時、さらに佑からメッセージが入る。
『アプリでの加工なしで! ナチュラル香澄をお願いします』
「んー」
加工をして盛ると、素の自分より目が大きく、輪郭もほっそりと見せられる上に、メイク効果もあるし、美白にも肌が滑らかにもなる。
女性として好きな人には綺麗になった姿を見せたいと思うのに、入院してろくに風呂にも入れていないこの状況の写真を送れというのは、いささかつらい。
「でもリクエストなら……」
佑とは毎日顔を合わせている仲だし、スマホで画像を送るからといって、現実とは違う姿を見せる必要がないといえばない。
見栄の張りようがないのだ。
手を伸ばしてベッドサイドの引き出しから手鏡を出し、顔や髪をチェックする。
香澄は旅行にはコンパクトミラーしか持って来ていなかったが、入院するにあたって節子が見やすい大きな鏡を用意してくれた。
そういうところは、女性視点でとても助かる。
まだシャワーや風呂に入れていない状況もあり、座った状態でシャンプーができる機械まで用意してくれた。
以前にネットで介護用にと動画が流れているのを見て、「凄いな」と認識していた商品だ。
機械のホースを掃除機に繋ぎ、専用のシャンプーで泡立てた髪を、ブラシ型のノズルで吸い取りながら洗い流していくという、画期的な物だ。
その時はまさか自分が世話になると思わず、いつか祖父母が動けなくなった時に……と考えていた。
つくづく、人生いつ何が起こるか分からないものである。
そういう時に佑と投資の話をしていたのを思い出す。
『自分に直接関係ない世界でも、ニュースを見て〝これは凄い。話題になりそうだ〟と思ったら、大体株価が上がる事が多い。そういうところで判断しているよ。逆に悪い噂には投資家は敏感だから、そちらにもアンテナを伸ばさないとだけど』
(色んなところで繋がってるんだなぁ)
彼といると、いつも知らない世界やものの見方を教えてもらえる。
本当はこういう知識は金を払って得るものに思えるので、無料で〝世界の御劔〟の考えを知る事ができている自分は果報者だと思っていた。
すぐに何でも彼のいう事を実践できるかと言われたらできないが、少しずつ自分の心構えをアップデートしていく事はできる。
「髪は……、一応、よし、と」
看護師にお願いをして、節子が持って来てくれたマシンを使っての洗髪はできた。
用意周到にも周囲が濡れないようにシャンプーハットやヘアクロスなど、必要な道具はすべて整っていた。
佑と双子から、日本では当たり前にあってドイツでは見ない物などもあるらしい。
そこは節子の事なので、日本の親戚や友人から便利そうな新商品の情報などは逐一仕入れ、また昔からある使い慣れた物も欠かさないようにしているのだろう。
お陰で髪はサラサラで、香澄は鏡を見て前髪を整える。
フェイスケアも何とかできているので、「えい、いいや」と思ってインカメラにする。
43
お気に入りに追加
2,552
あなたにおすすめの小説
社長室の蜜月
ゆる
恋愛
内容紹介:
若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。
一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。
上司は初恋の幼馴染です~社内での秘め事は控えめに~
けもこ
恋愛
高辻綾香はホテルグループの秘書課で働いている。先輩の退職に伴って、その後の仕事を引き継ぎ、専務秘書となったが、その専務は自分の幼馴染だった。
秘めた思いを抱えながら、オフィスで毎日ドキドキしながら過ごしていると、彼がアメリカ時代に一緒に暮らしていたという女性が現れ、心中は穏やかではない。
グイグイと距離を縮めようとする幼馴染に自分の思いをどうしていいかわからない日々。
初恋こじらせオフィスラブ
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~
椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」
私を脅して、別れを決断させた彼の両親。
彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。
私とは住む世界が違った……
別れを命じられ、私の恋が終わった。
叶わない身分差の恋だったはずが――
※R-15くらいなので※マークはありません。
※視点切り替えあり。
※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。
若社長な旦那様は欲望に正直~新妻が可愛すぎて仕事が手につかない~
雪宮凛
恋愛
「来週からしばらく、在宅ワークをすることになった」
夕食時、突如告げられた夫の言葉に驚く静香。だけど、大好きな旦那様のために、少しでも良い仕事環境を整えようと奮闘する。
そんな健気な妻の姿を目の当たりにした夫の至は、仕事中にも関わらずムラムラしてしまい――。
全3話 ※タグにご注意ください/ムーンライトノベルズより転載
ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~
菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。
だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。
車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。
あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。
『逃れられない淫らな三角関係』番外編 ヘルプラインを活用せよ!
臣桜
恋愛
『逃れられない淫らな三角関係』の番外編です。
やりとりのある特定の読者さまに向けた番外編(小冊子)です。
他にも色々あるのですが、差し障りのなさそうなものなので公開します。
(他の番外編は、リアルブランド名とかを出してしまっている配慮していないものなので、ここに載せるかは検討中)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる