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第五部・ブルーメンブラットヴィル 編

頼むから、奪わないでくれ

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 状況を説明して、不幸中の幸いだったのは香澄が取り乱さなかった事だ。

 まだ麻酔が残っていてボーッとしているというのもあるだろうが、激しく動揺しなかったのでまだ佑も冷静さを保てていた。

 顔の傷を心配していた様子を見て「可哀想に……」と思うものの、「治る」と言って自分も信じてあげなければと、何より思った。





 そして今、佑はプライベートジェットに乗って日本に向かっている。

 ベッドに寝転び、眠れないなか薄暗い天井や壁を見ては何度も溜め息をついた。
 寝酒にしては多いほどアルコールを入れたが、体はなかなか眠気を得てくれない。

 イライラして何度目になるか分からない溜め息をつき、佑は寝返りを打つ。

 香澄と生活するようになって、毎日の生活や仕事が段違いに楽しくなった。
 側に好きな、気に入った女性がいると思うだけで、気持ちが若々しくなり弾むようだった。

 学生時代にいわゆる青春と呼ばれる恋愛をしてこなかった佑だからこそ、今は香澄に対して事あるごとに胸をときめかせていた。

 それだけ好きな相手なのに、自分がドイツに連れて来てしまったがゆえに事故に遭わせてしまった。

 悔やんでも、悔やんでも、悔やみきれない。

 秘書の仕事も、以前に松井と三人で話し合って今後の「もしも」の時の事について結論は出ている。
 だが責任感の強い香澄の事だから、とても気に病むに違いない。

(何をすれば、一番香澄のためになるのか……)

 目を閉じると、まな裏にくっきりと香澄の寝顔が蘇る。

 眠っている彼女はいつもより顔色が青白く、顔にガーゼがあり痛々しかった。
 ほんの少し前まで、笑顔でブルーメンブラットヴィルを一緒に観光していたのに。

「……俺のせいで……」

 強い自責の念に駆られ、佑は呻いて両手で顔を覆う。

「……罰が当たったのだろうか」

 心当たりはありすぎる。

 Chief Everyはあまりに急成長しすぎた。

 結果的に大成功ではあるが、急な成長、活躍をすればそれだけ人に注目される。
 好意の目で見られているのならいいが、同業者にライバル視され、他業種の人からも「鼻持ちならない若造」と見られる。

 正直、Chief Everyというアパレルブランドに対して嫌がらせを受けた事は、数え切れないほどある。
 CEPのショーの時に、モデルが来なかったなどのトラブルだってあった。

 白金台にある佑の家だって、知る人には知られている。

 初めは自社を知ってほしいという気持ちでメディアの取材、テレビ出演などに応じた。
 だがそれも、今はひがむ者からは「アイドル社長」として揶揄されている。
 ネットを開けばコラ画像が沢山流出しているし、エゴサーチをすれば数え切れないほどの〝何か〟が出てくるだろう。

 人気があるという事は、それだけ足下に落ちる影も濃く長くなるという事だ。

 佑自身は、誰かに悪意を持って接した事はないつもりだ。

 だが仕事の関係上、Chief Everyが利益を得ればその影で涙を呑む企業もある。
 けれどビジネスの世界は、皆で手を繋いで仲良くゴールなどあり得ない。

 勿論、同じアパレルブランドである以上、助け合っていきたいと思っている。
 切っても切れない業界、またはコラボするかもしれない企業など、付き合いは大切にしていきたい。

 しかしそれ以外は、競争ありきだ。

 誰もが自社の利益を出すために必死になっているのに、Chief Everyに人気があるからと言って、手を抜く事などできない。

 そもそも、仕事というのはいつ何があるか分からない。
 株価と同じで、何かの弾みでガクンと売り上げが落ちる事だっておかしくない。

 自社の事で精一杯なのに、「○○社さんはお可哀想なので、今度の企画はお譲りしますね」など言えるはずもない。

 そんな事、相手に失礼だ。

 だから佑は、仕事は絶対に手を抜かずやってきた。
 宣伝になるのなら自分の顔すら使い、知名度が上がるごとに週刊誌にも気をつけるようになり、ここまできた。

(……その頑張りの結果として、こんな罰が当たるなんて考えたくもない)

 二十代半ばに大失恋をしたあと、仕事一筋になって頑張り続けたつもりだ。
 もう自分にはいい相手は見つからないのだろうかと思っていて、ようやく香澄に出会えた。

「……頼むから、奪わないでくれ」

 誰にともなく懇願し、佑はギュッと目を閉じて大きな溜め息をついた。



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