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第五部・ブルーメンブラットヴィル 編

それが今だっただけだ

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 ドイツの病院制度は日本と少し違っていて、基本的な受診はプラクシスと呼ばれる開業医院で事足りる。
 入院となる場合は、専門のクランケンハウスに入る。
 より高度な治療が必要となる場合、紹介状を得て大学病院であるウニクリニックを受診する。

 佑は、香澄が検査を受けている間、日本にいる香澄の両親に電話を掛け、手術をする旨を伝えた。
 香澄本人に意識がない現状、彼女の家族の同意が必要だ。
 医師にはスマホ越しに彼女の両親とビデオ通話を繋ぎ、説明をしたあと、両親の代理に佑が同意書にサインする事となった。

 クラウスはアドラーに話をしに行き、アロイスが佑に付き添う。

 一番に駆けつけたのは節子だ。

「ごめんなさい。私が食事に誘わなければ……」
「オーマ、気を落とさないで」

 アロイスが節子の肩をさすり、佑も祖母を慰める。

「オーマのせいじゃない。人は誰だって、病気になるし、どれだけ気をつけていても事故に遭う。それが今だっただけだ」
「ありがとう。でも……」

 祖母は涙を流し、強い自責の念に駆られている。

 自分よりも動揺している相手がいると、人は冷静になれるのはなぜだろうか。

「オーマ、香澄の手術が終わったら入院になる。そこで彼女が気持ちよく過ごせるように、色々考えてくれないか? 俺は男だから、女性が必要とする物に気が回らないかもしれない」

 そう言うと、節子は涙を拭きしっかりと頷いた。

「そうね。香澄さんがこの街にいる以上、心地よく過ごしてもらうために私がしっかりしないと」

〝役目〟を与えられ、酷く落ち込んでいた節子は少し気を取り直したようだった。

 香澄の手術が終わり、術後の経過を見て問題ないと判断したあとは、クランケンハウスに移ってゆっくり静養する事になる。
 祖母にはそこでの部屋や、入院道具の手配をお願いした。

「少し冷静になって、必要な物などをリストアップしてそろえるわね」

 節子はそう言い、一度立ち去って行った。

 やがて数時間に及ぶ手術が終わり、医者から怪我の程度を説明される。

 意識を失っていたのは脳震盪ゆえで、頭に異常はないとの事だ。
 脳に何の異常もないと知って安堵したものの、複雑骨折した脚は全治半年ぐらいはかかるそうだ。

 移動は松葉杖に、どうしてもの時は車椅子を使えばいい。
 帰国するのに飛行機はプライベートジェットで、家に帰るまでも問題ないだろう。

 けれどすぐに帰国と言っても心配がある。
 この病院から日本の病院に紹介状を書いてもらうとして、香澄がいつ頃動けるかを考えなければいけない。

 骨折した脚そのものは車椅子などで何とかなるとしても、香澄自身はとても疲弊しているはずだ。
 彼女の体力、精神面をまず考えなければいけない。

 松井にはすでに連絡済みで、秘書の仕事は「お気にせず」と言われている。
 その辺りは香澄も松井自身から聞いていたので、納得してくれるだろう。

 佑としても骨折している彼女を出社させ、オフィス勤務だとしても無理に働かせるのを望んでいない。
 自分が外出している時、社長秘書室にいる香澄は大丈夫だろうか? と考えながらだと、必要以上に神経を摩耗する。

 それならばいっその事、在宅でできる仕事をしてもらい、家にいる間は斎藤たちにサポートしてもらうのが一番だ。

 決めたあと、佑は香澄が目覚めるまでずっとベッド脇で様々な事を考えていた。

 彼女が部屋のベッドに落ち着いたあと、東京にいる自分の両親にも連絡をした。

『何を言っているの!? すぐにそっちに向かうから、待っていなさい!』

 母は物凄い剣幕で怒っていた。
 後ろで澪が『わぁっ! ママ!』と騒いでいたのと、何かが割れた音が聞こえたが、大丈夫だろうか。

「香澄のご家族にも連絡をした。一度こちらから飛行機を飛ばし、新千歳まで迎えに行ってから、羽田で母さんを拾う。そのあと一緒にブルーメンブラットヴィルまで行こう」
『……分かったわ』

 赤松家が同行すると分かったからか、アンネが落ち着きを取り戻した。

『ムッティに、赤松さんたちも泊まれる部屋を用意しておいてと言っておくわ』
「ああ、俺からも頼んでおく」

 そして電話を切って病室に戻り、少しした頃に香澄が目覚めた。
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