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第五部・ブルーメンブラットヴィル 編
罪を意識した日
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『ありがとう』
動揺のあまり、二人ともドイツ語に戻っているが、意思疎通ができるので問題ない。
『アロ、このまま道路の真ん中にいたら二次被害が出る。香澄を道路脇に移動させたいから、皆を集めてくれ。頭部を固定したまま運ぶ』
『分かった』
佑の言葉を聞き、アロイスはクラウスや護衛たちを呼ぶ。
そして佑が香澄の頭部、首の裏をしっかり固定したしたまま複数人で彼女の体を支える。
かけ声を合図に、彼女の体に負担をかけないよう移動させた。
これから振り袖の帯が邪魔になるだろう事も見越し、アロイスに香澄の頭を固定してもらい、クラウスや他の者に彼女の体を支えてもらって、手早く帯を外した。
周囲には三角コーンが置かれ、現場が整備されていく。
どうやら双子が連絡をした関係で、貸してもらえたようだ。
歩道に彼女を避難できたとはいえ、香澄はまだ目を覚ましていない。
「香澄! ……香澄!」
佑は香澄の側で膝をつき、必死に名前を呼ぶ。
動揺している頭を必死に叱咤し、彼女の呼吸を確認した。
顔に手をかざすと呼吸はきちんとしていて、何かが詰まっているなどはないようだ。
胸元、お腹も微かに動いているのを確認する。
(あと、俺にできる事は……)
あれほど自分は冷静な男で、何にでも対処できると思っていたのに、いざ香澄が危険な目に遭うとなると駄目だった。
香澄の傍らに膝をつき、ただ彼女を見守るしかできない。
彼女が撥ねられた瞬間を思い出すと、あのとき確かに横断歩道では歩行者側が青だった。
他の車がゆっくり停止するなか、事故を起こした車がいきなり猛スピードで突っ込んできたのだ。
車が止まったあと、すぐにクラウスと護衛がドライバーを確認しに行った。
そのあと、彼は忌々しい表情で舌打ちしながら、『高齢者だ。きっとブレーキとアクセルを間違えてべた踏みしたんだ』と怒りを露わにしていた。
日本でも聞く事件で、社会的な問題にはなっている。
これは事故で、香澄が特別な悪意に晒された訳ではない。
いつか自分が病気をするかもしれないのと同じぐらい、〝あるかもしれない〟未来の一つとして、何度かは考えたはずだった。
(落ち着け……)
その後も香澄の名前を呼び続けている間、ようやく白地に赤いラインが入った救急車が到着した。
『身内の方はいらっしゃいますか?』
救急隊員の言葉に、佑は強張った顔で人差し指を挙げた。
動揺して思わず日本のように挙手しかけたが、ここはドイツだ。
手をそろえて挙げる事はタブー視されていて、店などで店員を呼ぶ時も人差し指で示す。
そういう判断ができるぐらいには、理性が残っているらしい。
『婚約者です。彼女の家族は日本にいます。ここではクラウザー家の者が身内となりますが、今は私が同乗します』
『お願いします』
ストレッチャーに乗せられた香澄を追い車内に入ると、救急隊員が彼女の呼吸を確認する。
普通に呼吸できていることを確認したあと、酸素マスクが取り付けられた。
外傷を確認しなければならないのだが、頭部はともかく着物を着た胴体が厄介だ。
一瞬困惑した救急隊員に、佑が声を掛ける。
『紐で縛ってあるだけなので、俺が外します。下着類は鋏で切ってください』
普通なら救急隊員のやる事に、一般人が口や手を出せない。
だがドイツで着物を着ている事が、現状ネックとなっている。
佑は慣れた手つきで伊達締めや腰紐を解いてゆく。
襦袢、肌襦袢の前を開いたあと、香澄は白いレースの着物用ブラとパンティのみという姿になった。
居たたまれない顔をしている佑を慮ってか、女性の救急隊員が進み出た。
『ヘル(ミスター)。病院までの主立った処置は同性である私が行います。相棒には補助をしてもらいますので、どうぞご安心ください』
そばかす顔の女性が言い、佑を勇気づけるようにポンと大きめの手で肩を叩いてきた。
『ありがとう』
ようやく座った佑は、眉間に皺を寄せたまま救急隊員の仕事を見守っていた。
第二の故郷とも言える街で、悲惨な事故が起きてしまった。
悲愴な顔をして黙っている佑に、一通りの処置を終えた男性隊員が声を掛けてくる。
『ヘル、婚約者さんは生きていらっしゃいます。大丈夫ですよ』
こんな風に気軽に声をかけてくるのも、海外だからなのだろうか。
『きっとすぐ目を覚ましますよ』
香澄は生きているし、恐らく重篤な状態にはなっていない……と信じたい。
しかし佑は、一生自分を許せる気がしなかった。
動揺のあまり、二人ともドイツ語に戻っているが、意思疎通ができるので問題ない。
『アロ、このまま道路の真ん中にいたら二次被害が出る。香澄を道路脇に移動させたいから、皆を集めてくれ。頭部を固定したまま運ぶ』
『分かった』
佑の言葉を聞き、アロイスはクラウスや護衛たちを呼ぶ。
そして佑が香澄の頭部、首の裏をしっかり固定したしたまま複数人で彼女の体を支える。
かけ声を合図に、彼女の体に負担をかけないよう移動させた。
これから振り袖の帯が邪魔になるだろう事も見越し、アロイスに香澄の頭を固定してもらい、クラウスや他の者に彼女の体を支えてもらって、手早く帯を外した。
周囲には三角コーンが置かれ、現場が整備されていく。
どうやら双子が連絡をした関係で、貸してもらえたようだ。
歩道に彼女を避難できたとはいえ、香澄はまだ目を覚ましていない。
「香澄! ……香澄!」
佑は香澄の側で膝をつき、必死に名前を呼ぶ。
動揺している頭を必死に叱咤し、彼女の呼吸を確認した。
顔に手をかざすと呼吸はきちんとしていて、何かが詰まっているなどはないようだ。
胸元、お腹も微かに動いているのを確認する。
(あと、俺にできる事は……)
あれほど自分は冷静な男で、何にでも対処できると思っていたのに、いざ香澄が危険な目に遭うとなると駄目だった。
香澄の傍らに膝をつき、ただ彼女を見守るしかできない。
彼女が撥ねられた瞬間を思い出すと、あのとき確かに横断歩道では歩行者側が青だった。
他の車がゆっくり停止するなか、事故を起こした車がいきなり猛スピードで突っ込んできたのだ。
車が止まったあと、すぐにクラウスと護衛がドライバーを確認しに行った。
そのあと、彼は忌々しい表情で舌打ちしながら、『高齢者だ。きっとブレーキとアクセルを間違えてべた踏みしたんだ』と怒りを露わにしていた。
日本でも聞く事件で、社会的な問題にはなっている。
これは事故で、香澄が特別な悪意に晒された訳ではない。
いつか自分が病気をするかもしれないのと同じぐらい、〝あるかもしれない〟未来の一つとして、何度かは考えたはずだった。
(落ち着け……)
その後も香澄の名前を呼び続けている間、ようやく白地に赤いラインが入った救急車が到着した。
『身内の方はいらっしゃいますか?』
救急隊員の言葉に、佑は強張った顔で人差し指を挙げた。
動揺して思わず日本のように挙手しかけたが、ここはドイツだ。
手をそろえて挙げる事はタブー視されていて、店などで店員を呼ぶ時も人差し指で示す。
そういう判断ができるぐらいには、理性が残っているらしい。
『婚約者です。彼女の家族は日本にいます。ここではクラウザー家の者が身内となりますが、今は私が同乗します』
『お願いします』
ストレッチャーに乗せられた香澄を追い車内に入ると、救急隊員が彼女の呼吸を確認する。
普通に呼吸できていることを確認したあと、酸素マスクが取り付けられた。
外傷を確認しなければならないのだが、頭部はともかく着物を着た胴体が厄介だ。
一瞬困惑した救急隊員に、佑が声を掛ける。
『紐で縛ってあるだけなので、俺が外します。下着類は鋏で切ってください』
普通なら救急隊員のやる事に、一般人が口や手を出せない。
だがドイツで着物を着ている事が、現状ネックとなっている。
佑は慣れた手つきで伊達締めや腰紐を解いてゆく。
襦袢、肌襦袢の前を開いたあと、香澄は白いレースの着物用ブラとパンティのみという姿になった。
居たたまれない顔をしている佑を慮ってか、女性の救急隊員が進み出た。
『ヘル(ミスター)。病院までの主立った処置は同性である私が行います。相棒には補助をしてもらいますので、どうぞご安心ください』
そばかす顔の女性が言い、佑を勇気づけるようにポンと大きめの手で肩を叩いてきた。
『ありがとう』
ようやく座った佑は、眉間に皺を寄せたまま救急隊員の仕事を見守っていた。
第二の故郷とも言える街で、悲惨な事故が起きてしまった。
悲愴な顔をして黙っている佑に、一通りの処置を終えた男性隊員が声を掛けてくる。
『ヘル、婚約者さんは生きていらっしゃいます。大丈夫ですよ』
こんな風に気軽に声をかけてくるのも、海外だからなのだろうか。
『きっとすぐ目を覚ましますよ』
香澄は生きているし、恐らく重篤な状態にはなっていない……と信じたい。
しかし佑は、一生自分を許せる気がしなかった。
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